第9話

…………本当に、可愛いことを言ってくれる。








私の姫は。









「…分かった。約束しよう」










ただ愛おしくてその髪を撫でていると、しばらくして亀寿はそろり、と離れる。







どうした?と思ったら、亀寿は涙を拭って俯いたまま首を横に振った。








「…甘えたことを申しました。申し訳ありません。もしそうなれば島津のお家のため、私のような何の取り柄もない女子ことは忘れて次の方をお迎え…」










あぁ、もう。








黙らせるために、唇を重ねて塞ぐ。










堪らなくなってその頭に手を添え、褥に押し倒す。









「…この私の正室はそなただけだ。亀寿。もしそなたに先立たれても継室は取らない。側室もいらない」








 

月闇の中で自分の言葉を考えながら、褥に広がる美しい黒髪をぼうっと見下ろしていると。










無意識に、呟いていた。
















「…ならばそなたも…





私が死んでも、誰の妻にもなるな」

















頭で考えるよりも、言葉が先に出ていた。  








そんなこと、無理なはずなのに。







この島津の名がある限り…お互い、無理なはずなのに。











「——————許さない。絶対に」










強い言葉で、その心を束縛する。





 



仮に私が先に死んだとして、島津の為にとその身を他の男に奪われたとしても。








————せめて、せめてその心は…永遠に私だけのものであってほしいから。


















「…はい…」









何の迷いもなく落とされた言葉に、はっと意識を戻すと。







亀寿はただ美しく微笑んでいた。










「…例え今生で生き別れてしまっても…






私は…身も心も…ずっと貴方様だけの妻にございます…」











ただの私の身勝手な束縛なのに嬉しそうに笑ってくれた亀寿に、理性など簡単に吹き飛びその帯に手をかける。








片手で荒く帯を解かれることにも抵抗せずに、私に身を任せてくれている。









そんな亀寿が自分以外の誰かの妻になるなど、そして自分以外の誰かに抱かれるなど想像するだけで。








気が狂いそうだと思う。










————————相手を殺していまいたくなる。








やりかねない、と己が恐ろしくなって、それを誤魔化すように亀寿に口づける。








…恋とは恐ろしい。










『-----若。こんな某のことをお笑いになるかもしれませぬが若ももう少し大人になられたら、いつか、女子を恋しいと思う日が来ます。






そしたら、決して離してはなりませぬよ?』










その言葉が頭を過って、振り払うように亀寿の帯を放り投げる。








それが先ほど乱雑に置いた刀の上に絡むように落ちて、滑稽だなと思って小さく笑った。



  







今だけは。







…今だけは。









薩摩島津宗家の当主であることを忘れて。








ただの一人の男として、愛したい。








目の前の、愛しき妻を。











月闇の中でただゆっくりと、愛を確かめ合う。













—————恋路島。



 





その切ない島の名の中にひっそりと眠る、悲恋の物語を語り草に。








今宵は溺れたいと思う。




 



ただ一人の…愛しい妻の肌に。









己も、ただ深い恋路に迷い込んでいる。











そう思って、夢中になって甘い熱を求める。









交わしたその約束を決して忘れぬよう…








———ただ互いの身体に刻み込むように。












                【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玉響の桜・番外編〜恋路島〜 はる @anyomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ