第8話

「この乱世…。私はいつ死ぬかわからぬ。だが私は…死んでもそなたを離すつもりはないからな」











ただ離したくなくて、強く抱きしめて髪を撫でる。











「まぁ…そなたが嫌でなければ、だが」











少しおどけたように、笑う。







すると、積を切ったように嗚咽が混ざりだし、ゆっくりと背中に小さな手を感じた。










「…嫌なわけがありませぬ…。ですが…」











涙に揺れる声に、不謹慎だが愛おしさを感じてしまう。








「ん?」










「その様なお言葉…何の取り柄もない私にはただもったいなく…」










まったく、何を言うかと思えば。








その言葉に少し笑ってしまうが、髪を撫でながら真面目に答える。










「…もったいないも何も…そなたに言わずして、私は誰に言えば良いのだ?」



    






そう言うと、背中にある小さな手の力が少しだけ強くなったのを感じて。








…愛おしくて、堪らなくなる。










あやすようにその柔らかな髪を撫でる。









例え死んでも、貴女を手放せぬ私を許してほしい。










「…亀寿…」




  





名を呼ぶと、亀寿は涙に濡れた顔を遠慮がちに上げる。




  







「例え私が戦で死んだとしても…あの約束は必ず叶える。…だから絶対に忘れないでほしい」








あの約束。






桜の盛の祝言の日に交わした…2つの約束。








亀寿の大きな目が、見開かれる。







だが次第に涙が溜まっていき、瞬きと共に零れ落ちた。









「…忘れるわけがありませぬ…っ」









それが、あまりに美しくて。






その答えが…ただ嬉しくて。






そっと口づけを落とした。









それなら。







涙を拭ってやって、微笑む。















「————————それなら私は、どこで死んでも…寂しくはない」













いつか、そんな日が来るような気がしている。









この島津の名前を背負う限り。


 





この乱世を生き抜く限り。








亀寿を一人にしてしまうかもしれない。








ただ…それだけが心苦しくて。







いつかこの腕で抱き締めることができなくなる日がくるのなら。








何よりも強く交わす約束で、その心を縛り付けていまいたいと願う。








永遠に。












「どうしてそのようなこと…おっしゃるのですか…」










不意に言った亀寿は涙の中、この肩にこつん…と額を預けた。









「…すまない。…ただ、この乱世、故な」




 





この乱世。







確実に男の私の方が死ぬ確率が遥かに高いから。










すると亀寿は小さく呟いた。












「……私の方が先に死ぬかもしれないではないですか」










思わぬ言葉に呆ける。







それがわかったのか、亀寿はその小さな手でこの肩を叩いてくる。









「許しませぬ…」








「え?」








「例え私が先に死んでも…他の方をお迎えになられたら許しませぬ…。久保様の妻は…私だけでございます…」



    







涙の中で落とされた、少し戯けたような言葉の意味を暫く考えて、理解すると思わず笑った。

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