おしどり
「あらクロム、久しぶり……ってどうしたの!?その腕!?」
それから予定通り、この村を囲う防壁唯一の入り口に向かったのは良いのだが……
「えっ!ど、どうしよ!イシャルに伝えるのが先?それとも療養所に連れてくのが先!?あーもー!なんでこんな時に限って居ないのよ!アイツは!」
全身をぺたぺた、ぺたぺたと。
俺は門番の女に身体中をまさぐられていた。
他にケガをしていないか確認してくれているのだろうが……正直うっとうしい。
そんなわけで、俺は一先ず静止を掛けることにした。
「もう、よく見てよクロース姉ちゃん。もう血も止まってるでしょ、すこし前の傷だよ?これ。それにお母さんももう知ってるし。」
そういうと、それは盲点だったとでも言わんばかりに女は目を丸くして……
「あ、あら?ごめんなさい。そうよね。じゃないとイラールを背負ってここまで来たりしないわよね。」
今度は、そう一人納得するようにつぶやき始めたのだった。
それに俺はあくまで子供の様に尋ねる。
「もう入っていい?僕もうくたくたになっちゃった」
「え、えぇ。ごめんなさいね、クロム。今度は私がお休みの時にでもまた、ゆっくりと」
優し気な笑みを受かべてそう言うと、女は人が出入りする用の小さな戸を開け、俺たちを中に入れてくれたのだった。
今のはサッタルテ・クロース。
この村を守る警備団の一人で……うわぁ……歪んでんなぁこの人。
クロムの脳内アルバムを捲っていた俺は思わず顔がひきつったのを感じた。
幸いと言うべきか、純粋だったクロムには分からなかった様だがこれは……
いや、あのクソ婆とだったら比べるまでもなく純粋なのだが、これは見てて悲しくなるし、虚しくなるし……これ以上見てられないからこれはパスで。
けどまぁ、それはそれとして、そんな形で愛を向けられるのは絶対に御免だからイラールはともかく俺は近付かないでおこう。
そう決意を固めつつ、俺は戸をくぐったのだった。
スルーするには重すぎるものを拾い上げてしまったとは思うのだがそこは頑張ってスルーするしかないだろう。
どちらにせよ悪人で無いことは確かなのだから。
「よーし、着いたよイラール」
精一杯屈み、イラールが安全に降りられるようにしてからそう伝える。
そう伝えられた本人はと言うと……
「ありがとう!」
そう言って、イルは僕の左側に降りるのだった。
……かわいいな。
ふと感じた前の世界じゃ絶対に考えられないような感想を内心呟きつつ、俺はイラールの手をとって二人歩き始めた。
「ねぇ、イラール。お母さんはなにを買ってきてって言ってたの?」
「んっとねー」
そう言うと、もたもたとかごからメモを引っ張り出すイラール。やっぱり一々動きが可愛いんだよなぁ。
そんな感想を抱いてからふと俺は気付いた。
おかしいな。昔はこんなチンタラしてたら不安しか覚えなかった筈なのに……これもクロムの脳のお陰だろうか。
やっぱり俺が彼の生活を奪ってしまったのだろうか。それならこれ以上ないほどに申し訳なくはあるのだが……まぁ、どちらにせよ。
「考えても仕方ないか」
そんな諦めの言葉を口にすると同時に、イラールは誇らしげに籠から取り出した白いメモを僕に手渡してきた。
「ありがとう、イル」
「にへへ」
うーん、やっぱり可愛い。
じゃなくて、取り敢えず中身はーっと。
そんな複雑な気持ちになる笑顔に振り回されつつ、俺は受け取った白い紙に目を通す。
そこには懇切丁寧に書かれた文字で……
『今日の晩御飯にします。お肉を500モル分買ってきてね。頑張って!!イル!!』』
あぁ、なるほど。
最後には可愛らしい笑顔のイラスト付きのそのメモを見て俺は遅まきながら理解した。
これはあくまでイルに課した物なのだ。
だから出ていくときにも「イラールの面倒を見て」としか言われなかったのだと。
……いけない。
この程度のことにすら今まで疑問すら覚えなかったなんて。
これは子供の脳だからだろうか。
それにしたってそれだけを言い訳には出来ないとは自覚してはいるが……不便だな。若返るってのは。
そんな年寄りが聞いたら怒りで卒倒しそうな悩みを抱きつつ、俺はイラールにこう尋ねた。
「ねぇ、イル。場所は分かってる?」
「うん!だいじょうぶ!」
そう言ってイルは俺の手を引いてルンルンと歩き出した。
そのポテポテと歩く様があまりにも可愛いからか、俺は気付けばこんなことを口走っていた。
「イル、歩きで大丈夫?また肩車する?」
そう口にした瞬間、俺は後悔した。
肩車?あんな危ない行為をまたするのか?
さっきは落とさなかったから良かったものの、もしイラールがずり落ちてしまったらどうする?
左手だけで取り落とさないという確証は無い。
それならまだ高度の低い抱っこの方が幾分かマシだ。
改めてそう判断しつつも、俺はもし是と答えられたらどうするかの改善案を考えていたのだが……
「だいじょうぶ」
イルはこちらを見向きもせずにそういったのだった。
……それはそれでなんか寂しい様な。
じゃなくて。
何のリスクも無いならそれで良いじゃないか。
めんどくさい奴じゃ無いんだから全く……
そんな初めて見る自分の新たな面に困惑しつつも、俺はイルに連れられ、肉屋へと向かうのだった。
それから少しして。
「おんやまぁ!いつの間にこんなにおっきくなってぇ!」
「……」
「えへへへへ」
俺とイラールは軒先の椅子に座った肉屋老夫婦の膝の上で撫で回されていた。
いやー、ここまで早かったね。
出会って二秒で即撫で回しだ。
さっきのクロースといい、この世界の人間は撫で回しがスキンシップだったりするのか?
……いや、クロムの記憶でそうでないことは知ってはいるのだが。
とはいえ、この老夫婦には邪な物は何も無いようだった。
イラールも。実を言えば俺の体も安心しているし、取り敢えず危険は無いだろう。
逆に言えば、この甘い拘束を振りほどける理由がないと言うことでもあるのだが……
「それでぇ?今日は何しに村まで来たんだい?」
「えっとねー……はい!」
イラールにニコニコとそう尋ねる老婆。
それを受けて、イラールはイシャルに渡されたメモを老婆に渡した。
それを遠ざけたり、近付けたりしながら老婆はこう言う。
「なになに~?お肉500モル分?あー!なるほど!今日はお使いに来たんだねぇ。んー!!かしこいねぇ」
「きゃー!!」
髪をぐしゃぐしゃと撫でられ、そう声を上げて喜ぶイラール。
そうして老婆は一通りイルで楽しんだかと思うと……
「ほら、じいちゃん。今の聞いてたろ、仕事だよ」
そう俺を膝に乗せた老爺に話を振るのだった。
「それは構わんが……お前は何すんだ」
俺を乗せたまま、そう睨み付けるようにして老婆に尋ねる老爺。
それに老婆は一切悪びれる様子もなく……
「私はこの子らの相手で忙しいもんでね。無愛想な爺は血みどろの作業場に引っ込んでろってんだい」
「はっ!ほざけ婆。お前こそまな板の上の方がお似合いなんでねぇのか。結婚してからぶくぶく太りおってからに」
「ほぉ~、言ったね爺さん」
「あぁ、言ったとも、婆さん」
そうしてすこしの間睨みあったかと思うと……
「へっ!」「けっ!」
老爺は悪態を吐き、老婆は勝ち誇った様に笑う。
何が基準かは一切わからないのだが、これで彼らの中では勝敗がついた様だった。
……とまぁ、他人に理解はしずらいのだが、こんな感じにここの老夫婦はとても仲が良いのだ。
まぁ、それを誰が指摘しようがその様な事実はどちらも決して認めようとはしないのだが。
「っとと。ごめんなぁ、あんな骨ばった爺の膝の上じゃ坊の尻も痛かったろう」
僕を乗せていた爺さんが、悔しそうに厨房に戻っていった後のこと。
老婆は、そういってイラールを片膝に移すと、もう片方の膝に僕を誘った。
確かにこの老婆が言う通り、あの老爺の膝は骨ばってはいたのだが……
「ううん、僕好きだよ。おじちゃんの膝の上。」
それにあくまで子供を装って答える。
とは言ってみたものの、この言葉自体はあまり偽りでも無かったりする。
というのも、座っている時に感じたあの香りは、俺にとってはあまりになじみ深い物だったからだ。
どこかふんわりとしたお日様の香りに、昼寝好きな爺さんらしく、ほんの少し漂う青草の香り。
そして何より、だいぶ薄くなってはいるものの、こびりついた血の香り。
人と獣ではどうやらにおいは違うようだが、おおよそは鼻になじむ。
加えて、ここにクロムの脳から伝わったであろうクロムの好みも合わさって今の俺の言葉が出たという訳だった。
あ、ちなみにクロムが好きなのはお昼寝の布団のにおいに、イラールの頭のてっぺんのにおいらしい。前者はともかく……大丈夫か?クロム君。
という訳で、若いうちから常ならん扉への取っ手に手をかけかけていたクロム君を心配しつつ、俺は婆さんの膝の上に座ったのだった。
「そうかい?それなら良いんだけどねぇ。」
そういって微笑みながら俺の頭をなでる老婆。
それは一見、先ほどからイラールや俺に向けられているものと同じなのだが、俺にはどこかそれが少し違った喜びを孕んだもののように思えたのだった。
「まったく、幸せモンだねぇ。あの偏屈爺は」
ラブ~愛欲の産みし業~ かわくや @kawakuya
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