斧と防壁
「ねーねー、おにいちゃん」
それからしばらくして。
辺りを木々に囲まれた村までの道を歩いていると、突然イルが服の裾を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
そう声を掛けると、イルは
「おんぶ」
そう言ったのだった。
おんぶ……うーん、おんぶかぁ。
だっこよりおんぶを選んだのはイルなりの気遣いなのだろう。
その気遣いに応えてやりたいのは山々ではあるのだが……
右肩に目を遣れば、辛うじてピョコピョコと動くものの、肘にすら満たない右腕。
左腕が有るので一応、おんぶ自体は出来るのだが……流石に五歳児とは言え、人間を片腕で長時間支えるのは無理があるだろう。
そう判断し、何か折衷案を探そうと思ったのだが。
あ、そうか。アレなら行けるじゃん。
「ねー、イル。ちょっと足開ける?」
「足?……こう?」
そうして大の字の様に足を広げるイル。
「うん、そうそう。じゃあじっとしててね」
そうして俺は右足と左腕で体を支え、左足を最大限後ろに伸ばすと……
「わぁ!」
イルの股下から顔を覗かせた。
「いい?イル、ちゃんと掴まってるんだよ」
「うん!」
そう元気に返したかと思うと、むんずと言わんばかりに、俺の髪が握られた。
……髪を掴むのか。
まぁ、良いけども。
まさかこの程度で将来ハゲたりしないよな。
そんな早すぎる懸念を抱きつつも、俺は足を揃えて立ち上がった。
そう、俺が何をしようとしているかは言うまでもなく……
「かたぐるまだー!」
そうキャッキャッと喜び、籠を振り回すイル。
左腕しか無い分、多少安定感には欠けるが、そこはなんとかイルに頑張ってもらうしかないだろう。
「よし。じゃあ、行くよ?ちゃんと掴まっててね?」
「うん!」
ガンガンと、顔にあたる籠を気にしないよう努めつつ、俺は再び村への道を歩き始めたのだった。
それからしばらくして。
「ほら、着いたよイル」
俺たちは村を囲う、巨大な木の柵を見上げていた。
辺りの巨大な木ほども有るその柵は、所々では鉄で補強もされており、見るものにかなり重厚な印象を与えていた。
こんな辺境でここまでの防壁は中々お目にかかれないのでは無かろうか。
……まぁ、ここまで大きくせざるを得なかったと言う方が正しいのだが。
そんなことを考えつつ、入り口に向かおうと三歩ほど歩いた時だった。
「おいコラガキ共!まーた勝手に抜け出したのか!」
そんなドスの効いた声と共に、背後の森の中から……
俺の身長ほどの両刃斧が飛んできた。
それは凄まじい勢いで回転を繰り返し、俺から1m程はなれた木の幹の中程まで突き刺さると、かなりの裂け目を作ってようやく止まる。
とんでもない威力だ。
「さぁて、今回は誰だぁ?サーミか?それともタイラーか?どちらにせよ、この時期に外に出るってことは……分かってるんだろうなぁ!」
その斧の後を追う様に、やぶから筋骨隆々の大男が叫びながら現れた。
何も知らずに出くわせば、斧が飛んできた時点でひっくり返って気絶しそうな物だが、俺はそうはならなかった。
つまるところ……
「こんにちは、アステールおじさん」
この大男は俺の……いや、クロムの知り合いなのだ。
「っておぉ!なーんだ、クロムか!」
ハイラーストラ・アステール
村一番の力持ちにして、クロムの父、オズワルド率いる警備隊の一員だ。
見た目はこんなな上に、村をこっそり抜け出して遊びに行く子供の取り締まりなんかをしているから、子供達には恐れられているのだが、その本性は、ただの人の良いおっさんだったりする。
……ってか本当に今更だが、クロムの記憶なんかも共有されてるんだな。
いや、俺要素の一ミリもないこの体に俺の自我と記憶がある方が異常だってのはよーく分かっちゃいるのだが。
そんなことを考えていると、斧を回収したアステールが、ドシドシと近付いてきた。
「ひっさしぶりだなー。元気してたか?……っと、そうだったな」
そう呟くように言うと、俺の右腕を眺めるアステール。
「オズに聞いたよ。いやなに、あんま気にすんなよ。腕なんざ無くても案外人生どうにかなるもんさ」
そうニッと笑いながら左腕を掲げるアステール。
そこには、鈍く輝く金属製の左腕があった。
そう、実はこの男。
だいぶ昔……今の俺より二、三歳ほど大きくなったくらいに左腕を無くしているのだった。
なんでも、狩ろうとした熊に吹き飛ばされたって話だが、その際に助けてくれたのがクロムの父親、オズワルドらしい。
そう考えたら奇妙な縁だな。
クロムの父親には隻腕と何かしらの縁でもあるのだろうか。
……まぁ、本人の目の前じゃ、自害でも
あぁ、ところで……
そう言うと、アステールはイラールの頭をなでながらこう続けた。
「今日はどうしたんだ?お子様二人で来るなんて珍しいじゃねえか」
「ちょっとお使い。お母さんに頼まれたの」
「ほぉー、えらいじゃねえか。手助けは居るか?」
「ううん、大した量じゃないから大丈夫」
「そうか。必要になったらいつでも言えよ?」
「うん、ありがとう、おじさん」
今更ながら、あまりクロムの個人的な評価に頼るのはまずいと思い、俺自身で他人を見極めようと見ていたのだが、やはりクロムの気の良いおっさんという評価は間違ってはいなかったようだ。
この話し方に、この表情。
これまでクロムが会ってきた人間に比べたら蟲の様な奴らをたくさん見てきたからよく分かる。
このおっさんは俺から見てもしっかり気の良いおっさんだった。
……というか、少し前から思っていたことなのだが、いい人間が多すぎないか?この世界。どんな暮らしをすればこんなに人が人を思いやれるような世界になるんだろうか。
まったく……こっちが疑うのすら馬鹿らしくなってくるよ。
内心、そんな愚痴を漏らしていると、アステールはこう言った。
「おっと、こんなに
そういうと、アステールは斧を担ぎ、のっしのっしと森へ戻って行ってしまった。
「なんか……一気に静かになったな」
「?」
「あぁ、いや。なんでもないよ。それよりほら。早く入ろうか」
首を傾げるイルにそう言うと、俺は再び、防壁の入り口に向けて歩き始めたのだった。
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