おつかい

 てなわけで結論から言ってしまえば………


「おにいちゃん あそんでー」


……異世界転移と言うやつらしい。


 首にぶら下がる命の重みを感じながら、改めて確認する。


「うん、いいよ」


 ここまで話せばお察しの通り、部屋に居た人達はこのクロムという子供の家族のようだ。

 父と母。

 そして一人の妹。

 大した問題の無い幸せな家庭。


 そんな家庭に異変………と言うかクロムが右腕を失くす事故が起きたのは、つい先日のことのようだ。


 ある日遊びから帰ってきたクロムは右腕の違和感を訴えた。

 しかし狩人である父は、先日村に現れた魔獣を追うための準備。

 母もその手伝いに忙しく、なんの外傷も無かったクロムは後回しにされた。


 そんな訳で何度も装備の確認を繰り返した父は次の日の早朝には仲間と共に森へ。

 それを見送った母が家に戻って見た物は、腕から結晶を生やして苦しむ息子の姿だったそうだ。


 母親はすぐさま結晶を砕いたものの、砕けた瞬間から再生を繰り返す結晶はたちどころに侵食範囲を広げていった。

 それを見て、子供の身体まで結晶に侵されることを恐れた母はそのまま______


「………今に至るって訳だ」

「? なぁに?」

「いや、なんでもないよ」


 ……以上が目を覚まし、いつの間にか頭に有ったことの発端だった。


 まぁ、感想としては………あれだ。皆良い人間なんだなって位かな。


 もし仮に、これがウチのババアなら、喜んで俺を山なり海なりに捨てに行くだろうし……まぁ、比較対照が酷すぎるって自覚は有るのだが、それ以外に母親って物を知らないのだから致し方なしだ。


 それにこの妹……イラールのことも有る。

 右腕を失くして生存能力を失くしたクロムのことでもこうして……兄として慕ってくれている。


 血が繋がっていようが所詮は他人。

 弱っていたら喰われるのが常、と言うルールがこの世界には無いのかもしれないが、それでもなんの力もない他人を信じると言うのは難しいこと………だと思う。


 まぁ、そんな毒にも薬にもならない俺の感想はさておきだ。


「こっからどうしようか……」


 花を蹴り散らして遊ぶイラールを見て、またも思う。

 そんな綺麗な家庭に俺なんかを入れちゃいけないと思い、クロムのフリをしているわけだが、これもそう長く続くとは思えない。

 勿論最善は尽くすが、いつかは必ずボロが出るだろう。

 だとすれば死亡を偽装でもしてさっさと旅にでも出た方が良いのかも知れない。


 きっとこの家族は悲しむだろうが、大事な息子の身体が見ず知らずの糞餓鬼に乗っ取られたと悟るよりかは幾分かマシじゃなかろうか。

 ……うん、きっとそれが良い。

 よし、じゃあ早速計画を……


「二人ともー ちょっとおいでー!」


 そこまで考えた所で、家の方から声がした。


「……じゃあイル、家までかけっこしようか」

「うん!」


 俺はキャッキャッとはしゃぐイルを追いかけながら家まで戻った。


 


「いーい?よく聞くのよイラール」


 イルより少し遅れて家に入ると、母親……イシャルはイラールにメモの入った籠を手渡していた。

 用と言うのは、どうやらおつかいのようだ。


「どう?わかった?」

「うん!」

「よーし、いい子ね」


 念を押すように顔を覗き込み、答えれば笑顔で髪を撫でる。

 撫でられたイルは顔を綻ばせて籠を振り回す。

そんな様子を微笑ましく眺めていると、イシャルは俺の方に一度目を伏せて………向き直った。


「それから…………クロム」

「なぁに?」

「その……イルの面倒を見てやってくれないかしら。」

「分かった!」


 それに俺はなるべく子供らしく答えた。

 傷つけ無いように。

 壊さないように。

 

 この家族は良い人の集まりだ。

 そしてきっとそれは前のクロムもその一員だったのだろう。

 ならば自分を助けるために断腸の思いで息子の腕を切った母をきっと恨みはしないのでは無かろうか。


 それなら俺がその意に反することは出来る筈がない……なーんて、いくら綺麗事を並べたって再びこれから息子の死を再び体験させる言い訳にもならないのだが……

 はぁ……気が重い。


「……ありがとう」


 内心苦虫を噛み潰した様な気分になっていると、そんな言葉と共に涙ぐんだ瞳と声のイシャルが抱きついてきた。

 ……きっと、あれから後悔ばっかりしてきたのだろう。

 

「……大丈夫だよ お母さん」


 ふつふつと生じる自己嫌悪の感情からなんとか目をそらして、イシャルの首に自分の首を合わせて、最大限落ち着かせるような声でそう言うと、イシャルは尚一層力強く抱き締めた後、涙ぐんだ鼻声でこういってくれた。


「行ってらっしゃい」

「「いってきま(ー)す」」


 そんな万感の思いが詰まっているであろう声を受けて、イラール一行は村へ繰り出したのだった。

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