未知の感覚

「すまない………すまないクロム!私が……私がもっと速くに気付けていればッ……」

「あぁ、本当に……本当にごめんなさい可愛いクロム……」

「(泣き声)」



………………どうしてこうなった。



 ふと俺が目を覚ますと、辺りには悲しみに暮れた泣き声が響いていた。


 どうやら藁に布一枚掛けただけの簡易的なベッドに横たわった俺を、見知らぬ三人が覗き込んでいるようだ。

 この泣き声も、恐らくこの三人のものだろう。

 声質的に、大人の男女が一人ずつ、女児が一人だろうか。


 むぅ、やはり聴覚だけに頼るのは不安が残るな……え?じゃあなぜ目を開けて確認しないのか、だって?

 いやだって……あれじゃん?

 寝てると思って覗き込んでるのに目が合ったら気まずいだろ……とまぁ半分冗談はさておき……だ。



いったい俺はどうなった?



 穴から落ちたのだから、落ちた先でこの家族に救われたと見るべきなのだろうが……それだけだと泣いてる理由に説明がつかない。

 それに彼らが口にしているクロムと言う名前と、この悲しみよう。


 彼らの言動から察するに、どうやらその人物が落命の危機に瀕しているようだが……そういうのって当人に向かって言うのが普通だよな?

 だったら…………いや、いかんせん見て無いので断言は出来ないのだが、



 どうして俺の顔を覗き込みながらその名前を呼ぶんだ?



 いや、何度も繰り返すようだが、俺は見ていないので確信は無い。

 無いのだが………どうにも俺に哀悼の意が向けられている気がしてならないのだ。


 まさか俺がクロムだったなんてことは無いだろうし……

 可能性が有るとすれば、俺とその少年(?)がそっくりだという可能性くらいか。

 世の中には似た人が三人居るらしいし、あり得るのでは………いや、有り得ねぇか。

 数億分の三ってどんな奇跡だよ。 

 はぁー、もういっそ_____




「!いま胸が動かなかった!?」




  目を開けちまおうかなぁ。



 そんな心にもないことを内心呟こうとするも、それはこんな大声に遮られた。


 やべぇ………やべぇよ!

 溜め息なんかつくんじゃなかった!

 ってかわざわざへこまないように呼吸してたのに気付いてんじゃねぇよ!


 そんな理不尽なツッコミをいれていると、今度は女がこういった。


「……止めてくださいオズ。クロムは……クロムはもう………」


 どうやら女の方は既にお通夜モードらしく、男が都合の良い思い込みをしていると見なしたようだ。

 俺としてはそのまま説得してくれると大いに助かるところだが……

 

「いいや、まだだよイシャル」


 男はその程度じゃ折れないようだった。


 そう言うと男は、俺の胸に……ちょうど心臓の辺りに片手を置いた。


「……ごめんクロム」


心底申し訳なさそうに……だが確固たる意思を込めて男はそう呟く。


え、何を……


 幸か不幸か、思わずそれを口に出してしまう前に口を飛び出したのは違う言葉だった。


「い”っ!!」


 男の手から走る電流に思わず声が漏れる。

 身体中をチクチクと刺されて痒いような感覚と、熱に身体の内側から焼かれる感覚と、痺れてビクビクと痙攣する感覚と。


 そんなモノに苛まれ、気付けば俺は身体をくの字に折り曲げ、荒い息を吐いていた。


 痛いし痒いし痺れるし………うーわ、視界も歪んでらぁ………

 正直二度と味わいたくない感覚だ。

 とにかくバレてしまっては仕方ない。取り敢えず立ち上が…………え?


 そのまま手を着いて立ち上がろうとすると、俺の右腕はベッドを突き抜け、かける筈だった体重はそのままベッドへと伝わった。



「……え?」



 生涯感じたことの無い未知の感覚に思わず困惑する。


 あれ?……いやいや、有り得ないだろ。

 なんだこれ。


 一回、二回、三回。

 何度も同じことを繰り返す様は蘇生の喜びより哀れを誘うモノだったのか、女が涙を流しながら俺を抱き締めてきた。


「ごめんなさい……ごめんなさいクロム」


 それを無視して俺は腕を振り続ける。


四回、五回、六回。


 どうしてこんなことを繰り返しているのだろう。


 我ながらそんなことを思いもしたのだが、不思議と腕は止まらなかった。


 これは何かの間違いだ、そうに決まっている。と。

 無意識に何かを否定し続けるように。


 男は言う。


「すまないクロム……私たちがそれに気付けていればお前が命の危機に陥ることも、こんなことになることも無かった。」


7回。


「お前はちゃんと言ってくれていたのに、私たちはそれを聞き入れなかった。」

 

8回。

 


「そのせいでお前の腕を………将来を奪ってしまったこと。本当に申し訳なく思っている。」



 そこで初めて自分の右肩を見た。


 そこには布でグルグルに巻かれた右肩。

 そこから続く筈のソレが、俺の肩には繋がっていなかったのだ。

 それを見ると、不思議と目尻から涙が零れ始めた。


 それを見て尚一層力強く抱き締める女。

 それを見て女と一緒に俺を抱き締める男。

 その間、ずっと女児は泣いたままだった。


 俺はそれを他人事の様に眺めながら涙を流していた。


 まぁ………あれだ。

 結局俺はクロムらしい。

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