契約
ん?……んん!?
何だ…………何があった?
ふと俺が目を覚ますと、視界は全て黒、黒、黒。
辺りは一面の闇に覆われていた……なーんて見たまんまを言葉にしてみたものの、これ自体は別に大したことではなかったりする。
なんせ寝床が物置なのだ。
窓も電灯もないあの部屋だと、起きて最初に見るのはいつも暗闇だというのは言うまでも無いだろう。
とまぁ、そんなわけで一見すると変わったことの無い俺の日常なのだが、その当の本人……つまるところの俺は、この現状にとんでもない違和感を抱えていたりする。
というのも……
「……何で一つも物がないんだ?」
そう、しつこいようだが、俺の寝床はあくまで『物置』なのだ。
詰まるところ、本来モノでぎっしりなその空間に、俺が無理やり170㎝の体をねじ込んで、余分なスペースなぞあるはずも無い。無いのだが……
「……?……?」
仰向けで両手両足を広げ、車のワイパーのような挙動をしてみるも、指先に何一つ掠りすらしないというのが現状だった。
あれぇ?おっかしいな。
あのアバズレが掃除した?
いやまさか。
今更過ぎるだろ。
しかもあの野郎、用もなければこっちに来ようとすらしないからな。
まず間違いなく違うだろう……というかそもそもここはあの物置なのか?
いつも戸の近くで寝てるから、仮に物が無くなったとしても、さっき足を振ったときに壁に当たらないとおかしい筈なんだが……
そう考えて、再び手足を振ったり転がったり。
「……やっぱおかしいわこれ」
その結果がうつ伏せでこぼしたこのセリフだった。
どれだけ転がろうが、四肢を振ろうが。
壁に触れることはおろか、やはり指先に物が掠ることすらなかったのだ。
ここまでくると、やはりここは物置とは異なるただの真っ暗な空間なのだろう。
そういう体で俺は一先ず考えていくことにした。
えぇ?となると残る可能性はなんだ?
そう考えると、真っ先に思いつくのは夢なんだが……
「……ふん、ひてゃい」
こういう時の定番として、一先ず頬を引っ張ってみるが、感じられたのはジンジンと訴える鈍い痛みだけ。
一先ずは夢で無いと判断していいだろう。
しかしどうしようか。
ここが夢でもないと判断してしまえば、いよいよ手詰まりだ。
こんな際限なく広がってそうな謎空間の正体なんてそう簡単には思いつかないぞ。
こんな中、俺にできることと言えば……そうだな。
とりあえず辺りを探索することくらいか。
そう考えて立ち上がった時だった。
ジ、ジッ、ジジッ、バツッ
そんな電灯が付くような音と共に突然視界に光が戻ったのだ。
「~ッ!マブしッ!」
突然飛び出してきた光に不快感を覚えつつ視界を塞ぎ、何とか慣れようと目を庇いながら下を見て瞬かせる。
どうやら足元は畳のようだが……どうなっている?
そんな好奇心が抑えられなくなった俺は痛みを覚悟で一気に前を向いた。
最初はぼやけていた物の、だんだんと明瞭になっていく視界には、六畳一間程度の部屋。
少し手狭ながらも、部屋にはタンスやちゃぶ台等があり、確かにここで誰かが暮らしているということを示していた。
そして何より……
「やほ」
ちゃぶ台に倒した左腕に頭を乗せながら軽く手を上げる女。
当然の様に挨拶してきているが、無論初対面である。
ただ、この落ち着きようから考えるに、
「あんたが何かしたのか?」
そう訊ねると女は笑って、
「やだなー、そんな怖い顔しちゃってさぁ~あ。まぁ、取り敢えず、」
「座りなよ。お話しようぜ」
ちゃぶ台の正面を指先で叩いて見せたのだった。
「……」
その言葉に俺は従った。
コイツがどういうつもりであれ、情報は少しでもあった方が良い。
そうしてちゃぶ台の前に胡坐をかくと、女はようやく上体を起こしてこういった。
「まー直球で行くんだけどさ、キミ、私の駒になってよ」
……は?
「キミなら色々と条件が良いんだよねぇ~、それに顔も心も私の好みだし。あ、もちろん……」
「待てよ」
突然饒舌になった女を止めるため、と言うのも有ったと思うが、気が付けば俺はそんなことを口にしていた。
「意味がわかんねぇんだけど。お前は何を言ってるんだ?駒?条件が良い?良いかよく聞けよ?俺はお前みたいななんでも縛れると思ってる人間が一番……」
「「嫌い」……なんでしょ?知ってるよ。ずっと見てきたんだから。」
そんな重ねられた言葉に俺は答えない。
否、答えられなかった。
女の目を……覗いてしまったから。
まるですべてがどうでも良いかのような緩い言動とは裏腹に、何か暗い光の宿る瞳。
そんな彼女の瞳の奥から覗く黒は、射殺さんばかりの視線で僕を貫いていた。
「あー、でも事情を説明するってのも大事だよねぇ……だったら、良いよぉ。説明してあげる」
そんな怯んでしまった僕を他所に、にぃ、と女は笑った。
「んとねぇ、先ず私には兄弟みたいなのが居てね?あ、私含めて七人。その私たちを作ったお母さんがいきなり言ってきたんだよ、『私を殺せる人間を連れてこい、そんな人間がいるのなら、今度はソイツが神だ』って。だから私たちは人間を連れて来る。……どう?これなら満足?」
そう言って、かったるげに再びちゃぶ台に突っ伏す女
満足とはとても言えないが、まぁ、若干こいつについては理解は出来た。
コイツと俺はきっと見ている世界が違うのだ。
きっとこちらを対等とも思っていないのだろう。だからこんな雑な説明が出来るのだ。
なれば、コイツに説明させるのはダメだ。聞きたいことは自分で聞かないと教えることすらしないだろう。その上見たまんまの性格だ。なるべく質問は分かり易く、かつ、数を少なく。
そう判断した僕はゆっくりこう口を開いた。
「駒になるってのはどういうことだ?」
そう言うと、女は突っ伏したまま、
「どうもこうも、そのまんまだよ。私の駒になって~、強くなって~、お母さんを殺す。そしたらキミは晴れて自由の身。元居た所に戻ることも出来るけど……まぁ、キミはそうじゃないでしょ」
……なるほど、誰かと争わないといけないというのは気がかりだが、それさえ乗り越えられるのならそう悪くは無いのだろう。
じゃあ次は……
「お前のお母さんってのはどのぐらい強いんだ?」
「うーん、世界そのものって感じ?」
「はぁ……」
その凄いんだろうが、一切の詳細が分からない返事に僕はあいまいな声を漏らした。
世界そのものったって……
「……殺せるのか?それ」
「知らなーい」
……んな無茶な。
そんな雑を極めた様な女から情報を引き出そうと頑張って居たのだが、
「あー、疲れた。もういい?もういいよね。だったら頑張って、ばっはばーい」
「は!?ちょッ‼」
突然放たれたそんな突き放す様な言葉に悪寒を感じて咄嗟に立ち上がろうとしたのだが、
「ヒュッ、」
思わず喉からそんな音が漏れる。
その直後に感じる浮遊感。どうやら僕は……足元に空いた穴に落ちたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます