推しよ、来い。

夕緋

推しよ、来い。

 え、失敗?

 始発で出発して、慣れない大都会を彷徨い歩いて、お店の前で1人開店まで待つのを道行く人にチラチラ見られて、ようやく箱買いしたのに?

 なんで推し来ないの? 主人公なんだけど? この箱どうなってるの? 推しだけ抜いてあるの? 主人公なのに?

 もう開けていないのは一つしか残っていない。ここで出なかったら交通費も箱買いした分のお金も無駄だったことになる。

 祈るように缶バッジを取り出す。きらりと輝く銀色のクリップ。頼む、来てくれ。君さえ来てくれればあとは何もいらない。ほんとにいらない。この14個の開封済みバッジどうしよって本気で悩んでる。

 恐る恐る裏返すと──いた。

 私の推しがラメでキラキラしていた。

 思わず拳を突き上げたら隣の席の人がギョッとした目で私を見た。「すみません」と慌てて謝ったけれど正直口角が上がりっぱなしだった気がする。

 良かった、始発で来たのは無駄ではなかったのだ……いや、始発で来なくてもたぶん余っていたのだけれど。グッズが出たのが奇跡なレベルのマイナーコンテンツだからそんなに心配しなくても良かったのだけど。

 でも確実に推しが欲しかったのだ。こんな機会でもないと推しを手に入れることは出来なかっただろうから。

 気持ちは晴れやかだ。さて、これから何をしよう?

 ……本当に何をしよう。

 グッズのことしか考えてなかったからこの有り余る時間をどうすれば良いのか分からない。わざわざここまで来たんだ。すぐ帰るのも惜しい。

 ……もう1箱買っちゃう?

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