第20話

 翌朝の理斗は布団の上でぐったりしていた。

 腰がだるく、まだ違和感のある下半身に昨夜のことを思い出さないようにと必死に考えないようにしている。


「うぅ……あんたやりすぎ」

「すまない」


 正直全然すまなさそうに見えない。

 昨夜と違ってすっかり涼やかな雰囲気になった遠伊は、朝起きてから甲斐甲斐しく理斗の世話をしている。

 我慢していたらしい遠伊に、昨夜は満足いくまで貪られた。

 正直声もカッスカスだ。


「はじめてだったんだぞ」

「反省している」


 心なしか少ししゅんとなっている。

 そうなると許したくなってしまう気持ちにいけないと思いながら、差し出されたスプーンを口に入れた。

 冷たいプリンの甘さを感じて美味しいし、つるりと入るので喉も痛くない。

 またもう一口と貰いながら。


「仕事大丈夫なのか?俺の世話なんて気にしなくていいよ」


 目が覚めてからずっとそばにいる遠伊に気になっていたことを聞けば、ふるりと首を振られた。


「仕事は大丈夫。理斗の世話も、私は嬉しいし楽しいからかまわない」

「嬉しい?」


 何がだろうと小首を傾げると、遠伊の目がしんなりと笑んだ。


「理斗に会ってはじめてそんなふうに思った。長く生きてきたのに」


 本当に、嬉しそうに笑う。

 その顔に、くすぐったいものを感じて理斗は肩の力を抜いた。


「それならいいけど。でも本当俺、甘えっぱなしでおじさんが他の人をって気持ちわかるよ」


 理斗の言葉に遠伊が心外とばかりに眉を寄せた。

 あからさまにムッとしている。


「私の花嫁は君だ」

「……うん」


 そう言われるのは最初の頃はとまどいしかなかったのに、今では嬉しくてしょうがない。

 理斗がはにかんで頷くと、遠伊の眉間の皺もなくなった。


「それに、その、さ、いつかは……ちゃんとあんたの全部受け止めたいと思ってるんだからな」

「それは……私のそばで生きてくれるということ?」


 遠伊の目にかすかな歓喜が浮かんだ。

 それにほっとしながら、指先でごまかすように頬をかく。


「う、まだ子供とかちゃんと考えられなくて、意気地なしで駄目だけど」

「かまわない」


 ぐいと手を引かれ遠伊に抱きしめられた。

 その力はいつもよりずっと強い。


「君の決心がつくまで、いくらでも待つ」

「うん……待ってて」


 その日はきっとそんなに遠くないからと心のなかで応えながら、理斗は広い背中に腕をまわした。





「とうとうしちゃったかー」

「声がでかい!」


 休日のカフェの端の席。

 赤裸々なハルの言葉に理斗は慌ててその口にバンと手を当てた。

 隣の席に座っていたハルがもごもごと口を動かすので、ため息をつきながら手を離す。

 すると、むかいに座っていた圭介がフルーツパフェをつつきながら、からりと笑った。


「いやあ、めでたいな。これで狐の一族も安泰だよ」


 ほがらかに笑う圭介に、しかし理斗はバツが悪そうに口角を下げた。


「でもまだ寿命のことも子供のことも決心がついたわけじゃないし……」

「いいんだよそれは。当主に認められたってことが大事なんだから」


 圭介の言葉にハルもそうそうと訳知り顔で頷いた。


「いやあ大人になったかあ」

「ハル!」


 うっかり口を滑らせたのは失敗だった。

 からかうハルに理斗は真っ赤になって声を荒げるけれど、ハルはケラケラと笑うばかりだ。


「そういうハルこそどうなの?」

「どうって?」


 圭介に水を向けられて、不思議そうにハルが目を何度かまばたいた。

 その様子ににやーっと圭介が意地悪げに笑う。


「蛇河原に迫られてるだろ」


 言われた途端にハルの顔が赤くなった。

 その様子はどう見ても肯定していて、理斗は驚いた。


「え!まさか」

「ち、違う!キス!キスしただけだよ!舌も入れたけどキスだけだからな!」


 だいぶテンパッて口を滑らせている。

 ハルの剣幕に理斗は頷くしかできなかった。

 けれど圭介は気にせずなーんだとアイスを口に運ぶ。


「ハルも結局伴侶を好きなんじゃないか」

「うぅ」


 顔を両手で覆って真っ赤になったハルは当分、復活は無理そうだ。

 気の毒になりながら理斗はオレンジジュースをストローで飲んだ。


「まあなんだ、よかったよ」


 ハルのことは無視をすることにしたらしい。

 圭介は理斗に顔を向けてまたパフェを一口食べた。


「鈴花さんも心配してたし」

「あ、今度会ってお礼言いたいんだけど」

「了解、伝えとく」


 圭介が頷いたところで、テーブルから見える入口に遠伊が現われた。

 迎えに来るとスマートフォンに連絡があったので、理斗はオレンジジュースを飲んでしまうと立ち上がった。


「それじゃあ」

「遠伊様によろしくー」


 圭介はほがらかに手を振るが、ハルは力なく片手を上げるだけだった。

 それに苦笑しつつ遠伊のもとへ行くと、すぐに車へエスコートされる。

 車が動き出したことで、理斗はさきほどのハルを思い出してふはっと笑った。

 その頬を遠伊の指先が伸びてきて、くすぐるように撫でる。


「機嫌がいい」

「うん。ハルが伴侶のこと好きって受け入れたみたい。あんなに照れるハルなんて見たのはじめてだ」

「そう」


 そっけない返事だ。

 理斗は遠伊の顔を不思議そうにのぞき込んだ。


「興味ない?」

「理斗の大事な友人の話だけれど、他の男のことを楽しそうに話すのは面白くない」


 遠伊の言葉に理斗はぱちりとひとつまばたいた。

 意外なことを言われてしまった。

 どうやら遠伊は嫉妬をしているらしい。


「ハルだよ?」

「蛇河原の花嫁だから、警戒はしていない」

「どんな理由なのそれ」


 どうやらハルは遠伊のなかで安全な人間にカテゴライズされているらしい。

 それが少しおかしかった。


「今度父が、姉さんも含めて食事をと言ってきた」


 一瞬ぽかんとしてしまった。


「本当に?」


 聞けば、こくりと頷かれる。

 逸平から歩み寄ってくれるつもりらしい。

 じわじわと温かいものが広がって、体がポカポカとしてきそうだった。


「嬉しい」

「よかった」


 遠伊もかすかに笑みを浮かべる。

 あいかわらずあまり表情は変わらないけれど、その瞳は雄弁だ。

 蜂蜜のようにとろりと甘い。


「ねえ、最初のホテルでいきなり部屋に入ってきただろ」


 突然の乱入者のことを思い出し笑いすると、遠伊が気まずげに一瞬視線を泳がせた。

 その頬にそっと手を寄せる。


「ありがとう、俺を見つけてくれて」


 自分の生きる道はもっとずっと暗いと思っていたのに、問答無用で光の方へと引きずりだされた。

 その腕を強引に引っ張った男に微笑めば、遠伊も瞳をしならせた。


「私こそ、そばにいてくれてありがとう」


 ぎゅうと抱きしめられる。

 その背を抱き返しながら、理斗は幸せだと思った。




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【BL】かくりよの花嫁は溺愛される やらぎはら響 @yaragi

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