いつの間にかのシングルマザー

白川津 中々

◾️

カズミの朝は多忙であった。


5時に起きて朝食と弁当を作りつつ洗濯を回し細かな掃除を行いながら6時30分になったらタクヤを起こして朝食。洗い物をしたら歯を磨き、洗濯物を干してから仕事のための身嗜みを整える。これを10年続けているが「もう慣れたよ」と言わんばかりの風格。女は強い。




「ねぇ」




化粧をするカズミにタクヤが呼び掛ける。




「どうしたの」


「明日さ、遅くなるから」


「なんかあるの?」


「うん、まぁ……」


「好きな子と遊びにでもいくの?」


「そんなんじゃないよ」


「うそ。顔赤くなってるもん」




タクヤは俯き、小さく「うん」と頷いた。




「あんまり遅くならないようにね」


「うん、分かった!」


「いい返事。じゃあ、私行くから、家出る時は電気全部消してね」


「分かった。いってらっしゃい」


「……」





カズミは家を出て1人呟く。




「ま、いいんだけどね」




タクヤと結婚して10年。そろそろ潮時かと思いつつも、彼女の中にある情はそれを拒んでいた。しかしそれは恋慕ではない。





「くすぐられるんだよなぁ、母性」




そう口にするカズミの表情は複雑だった。


旦那は産んだ覚えのない長男という言葉があるが、彼女の中にあるタクヤへの情はまさしくそれで、母子の間にあるものと同じであった。




「明日は、飲むかな」




カズミが思い浮かべる酒は第3のビールである。稼ぎは家賃とライフラインとタクヤへの小遣いでカツカツ。あまりに、あまりに健気だ。




いつの間にかのシングルマザー。

彼女のためにできる事は、ただ、「幸せになってくださいと」祈る事のみ……

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