第一章8 『古郷ヤマトノクニ』

「盗み聞きしているだろうとは思っていましたけれど……さすがに天井裏とは……」


 組んだ腕の片方を頬に当て、呆れ果てているクランリール。


「大丈夫です、元通りにできますから!」


 凛とした声音で「天使様の御力をみだりに使わないように」とクランリールに注意され、ルースは反省した様子で頷く。


「はい……すみませんです……」


「もう……話を戻します。あなたには彼らとともにエンヴィディア魔法学校へ向かい、古代魔法ネリヤを封印していただきたいのです」


「ええ、ええ。クラン様のご用命とあら────魔法学校?」


 途中まで調子良くすんなりと受け入れていたルースは『魔法学校』と聞いた途端、苦虫を噛み潰したような表情になった。


「どうしてわざわざ悪魔どもの巣窟に!?」


「再びその地を襲撃するとの予告があったそうですわ。それよりも……」


 クランリールはおもむろにルースの頬をつまみ、軽く引っ張った。


「いはははっ! いはいれすー!」


「天使も、悪魔も、人と手を取り合う。それが、我がリンドレミルド中立国家の"約束"でしょう?」


「ひゃい……」


 さらに反省したルースが項垂うなだれ、「行ってくれますわね?」と半ば強制的に首を縦に振らせた。


「では、これからルースに諸々の手続きをさせてから向かわせます。明日の正午までには到着できるように手配いたしますわ」


「ありがとうございます。……次こそは、ネリヤを完全に封印しましょう」


 アモルとクランリールが握手を交わし、二度目の共闘がここに成った。


 敵は同じ。しかし、こちらは異なる布陣。


 ルシルたちに不安がないといえば嘘になる。


 "はじまりの魔法使い"カフカが世界へ喧伝した、いわゆる現代魔法とは人間が使用することを前提としている。そんな前提が通用しないのが古代魔法であり、ルシルたちは相手のことをまだ何ひとつ知らない。


 だが、ルシルにとっては自分の魔法が引けを取らないものかどうか確かめる機会なのだ。今までスカーレットとともに錬磨してきた魔法が、魔法学校へ進学したこの選択が、正しかったのだと過去の自分へ証明するために。


 スカーレットにとっては敗北を上塗りするための戦いだ。ルシルの信じている誰にも負けることのない幼馴染である自分を、そして何よりもルシルを守るために、スカーレットは己の信条をかなぐり捨て、成長アップデートしたのだ。



 * * * * *



 それはエンヴィディア魔法学校へ戻った数時間後、月が地上へ微笑んでいるときのことだった。


 なかなか眠りにつけなかったスカーレットはキッチンでコップに水を注ぎ、娯楽室の窓辺でぼんやりと外を眺めていた。対して、ルシルはすうすうと規則的な寝息を立てており、普段とは正反対だった。


 ……まあ、ルシルは昔から腹さえくくってしまえば、迷わずに目的地へ走っていけるけれども。


 今より遠い記憶へ意識が向きかけていたが、こちらへ近づく足音に気づき、それを引き戻した。


「……あれ、スカーレットか。こんな夜更けにどうした?」


「寮長。……いえ、少し眠れなかったもので」


 緩めていた姿勢を正し、スカーレットは見慣れない寝間着のリモへそう答える。


「無理もない、いつ襲撃されるかわかったものじゃないし」


 それ以降、沈黙する二人の間にどことなく気まずい空気が流れ──そう思っているのはスカーレットだけかもしれないが──スカーレットは目線を彷徨さまよわせた。


「……そうだ。ルシルから、寮長が教えるのは難しいと仰っていたと聞きました」


「うん、残念ながらね」


「ですが────『特異魔法』なら、何か知っているのではないですか?」


「……勘が良いね。君のような後輩がいると安心するよ」


 次期寮長に推薦しちゃおうかな、と冗談めかして言うリモ。


「……次期寮長はヴァレリア先輩では?」


「あぁ、あれね。あの子が自分で言ってるだけだから、気にしない気にしない」


 リモは顔の前で煙を払うような仕草をして笑う。『自称』次期寮長だったというわけだ。


「で、特異魔法か。アレは自身を擬似的な特異点とし、世界へ干渉するものだよ。己を媒介とするだけあって、自分以外には扱えないけど」


「擬似的な特異点……?」


 珍しく何でも煙に巻かずに答えてくれそうな勢いのリモに身を任せ、スカーレットは質問をぶつけた。


「本物の特異点は発現した時点からあまねく先の世界を変えるが…………擬似特異点はその一瞬に全てを収束させる。ただの人間にはそれが限界だということだろうねぇ」


 淡々と、教科書に載せられた文章を読むように、スカーレットが知らなかった特異魔法の全貌が明らかになる。が、解説されればされるほど、スカーレットには扱いきれないものに思えた。


「世界へ干渉する…………自分が世界へどんな影響を与えたいか、それが魔法として形成されるんでしょうか……?」


「おお、いい表現だ。イメージとしてはそうなんだろうね。自分がいだく世界への印象、象徴…………"想い"が、世界を変えるんだろう」


 そう語りかけるリモはそこにいるはずなのに、何処かとおいところからこちらへ声を届けている、そんな様子だった。


 そこにいるのに、いないような────そう、まるで幽霊だ。


「君も無意識ではあるだろうが、もう擬似特異点へ至っているはずだ。あとは"鍵"さえあれば、未来を切り拓ける君はいつでもどこからでもそこへ到達できるだろう」


 鍵。


 スカーレットは先ほど引き戻した意識を、再び遠い記憶へ送った。そう、どこかで聞いた……見たことがあったような気がした。


「…………『鍵の在り処を示す詩。それは心に、魂に刻まれた言の葉』……」


 背表紙が擦り減り、頁の端がぼろぼろになっても繰り返し読み続けている『カフカの魔導書』。そこに『鍵詩かぎうた』というものが記されていた。カフカは吟遊詩人だったという噂があり、単に詩を閃いたから書き留めていただけかと思っていたが、これこそがスカーレットが追い求めていた特異魔法を完成させるための最後の欠片ピースだったのだ。


「そうそう、それ。その詩が、擬似特異点への扉を開く"鍵"になる……」


 気がつくと、スカーレットは自室のベッドで横になっていた。


 あれは夢だったのだろうか。だとすれば、どこからどこまでが?


「…………」


 考えても詮無いことだ。それよりも、いま考えるべきことは。


「鍵詩と────特異魔法の名前か」



 * * * * *



 明くる日のルシルとスカーレットがいつも通りの授業を受けている、封印作戦のことがなければ平々凡々な日常。その昼休みのこと。


『一年A組ルシル・アストベリー君、スカーレット・エヴァンズ君。至急校長室へ来るように』


 校舎内に広められた拡声魔法では、二人の名が挙げられた。


「……なにやらかしたの、レティ……」


 揃って互いの顔を見、ルシルが先んじて疑いの目に変化した。


「やってないよ。絶対に、確実に。というか、ほぼ一緒に行動してるルーシーが一番知ってるだろうに」


 ともかく行ってみればわかるだろうと、食後の運動がてら二人は足早に校長室へ向かった。


「……おや、二人とも早かったね」


「いえ、遅いくらいです。お得意の魔法でぴょぴょいと来ればいいものを」


 室内の中心に対面するように置かれたソファふたつのうち、片側にアモルが、もう片方には教会学校の黒と白のみで構成された制服を纏ったルースが腰かけていた。


 昨日の子犬のようなうるうるとした瞳はどこへやら、タンポポの綿毛のようなサーモンピンク色のふわふわとした髪の持ち主であるルースは入室した二人を睨むとともに一瞥いちべつした。


「……君、あのハイテンションはどうした?」


「クラン様がいないのにテンションなんて上がりません。しかも、こんな悪魔がのうのうと闊歩かっぽしているようなところに……あー、おぞましい」


「大体下級だけどね」


 生徒の中には悪魔と契約している者も多くいるが、それは名も知られていない下級悪魔だ。彼らと契約することで魔力効率が良くなったり、魔導書にない魔法を伝授してもらったり、様々なメリットがあり、その対価もさほどハードルの高いものではない。主に、悪魔が依代とするための動物の死骸を求められるという。


 その一方で、悪魔の中では下級の部類の彼らには契約者に絶大な効果を与えることはできない。そのうえ、下級悪魔は契約者すら騙し、利用するケースが多数報道されている。


 そういったこともあり、ルシルは下級悪魔と契約することは考えていない。スカーレットに至っては下級程度に要はないと考えもしていない。


「せっかくの機会だし、二人ともルース君を校内見学に連れて行ってあげてくれるかい?」


「はい、私たちはいいですけど……」


 スカーレットがちらりとルースを見やると、彼女は心の底から嫌がっている様子だった。


 そんなルースを知ってか知らずか、アモルはにこやかに「よろしく頼むよ」と返した。物理的にも精神的にも強いらしい。


「えっと……ど、どこか行ってみたいところありますか?」


 校長室を出、ルシルは恐る恐るといった塩梅で声をかけた。ルースはここに来てからずっとこの調子で、極めて不機嫌なのである。


「悪魔のいないところで!」


「……お国の方針はどうしたことやら」


 先ほどの皮肉の返報と言わんばかりにスカーレットが鼻で笑う。ルースはむっ、と頬を膨らませた。


「本当なら悪魔の邪な力など借りなくても、天使様の祝福さえあれば……!」


「その祝福たる奇蹟だって、人々の祈りがないと使えないんだろう? そんな不確実なものより、大気に満ちた魔力を使う方がよっぽど堅実じゃないかな?」


「あなたみたいな人がいるから、しゅも天使様もお困りになるんですー! それに、魔力が満ちているのは前人類が失敗したからで……!」


「ま、まあまあ、二人とも……そうだ、植物園! そこなら、あんまり人もいないし、ね!」


 スカーレットとルースの口論がヒートアップしていく予感を察知したルシルは間に入って行き先を提示し、流れを変えることを試みた。


「……ここで言い争うより建設的だね」


「ええ、行きましょう行きましょう!」


 この封印作戦のかなめである彼女と、果たして連携が取れるのだろうか……。


 ルシルはさっそく不安に見舞われていた。





 ルシルが一度訪れたことのある植物園に到着したスカーレットとルースは今しがた口喧嘩をしていたとは思えないほど、息ぴったりでその規模の大きさに感嘆の声を漏らした。が、タイミングが重なったことで顔をしかめた二人はそっぽを向いてしまった。


 ルシルが相性の悪い二人をどうしたらよいのかと弱っているなか、園内で生きる色とりどりの花々を見たルースは飴色の目を輝かせる。エンヴィディア魔法学校に来てから、初めて彼女の表情が明るい方向へ変わった。


「魔法学校の植物園程度と舐めてましたが、中々やりますね!」


「舐めてたのか……。そりゃあ、魔術に使うからその辺の植物園よりは種類も質も良いだろうけど」


 壊れやすいものに触れるように慎重に、優しく花弁を撫でるその仕草は慈しみに溢れていた。悪魔さえ関わらなければ、彼女の態度は素直でどこにでもいる年相応のものになるらしい。


「いやぁ、そう褒めてもらえると植育会も浮かばれるね」


 木陰からひょっこり現れたのは腕をまくり、軍手をめたリモだった。見慣れない姿をしたその手には、木の枝がある。


「寮長! お花のお手入れですか?」


「ううん、今日は剪定せんていをしてたんだ。これもちゃんと杖に加工して無駄なく命を使わせてもらうのさ。……あ、もしかして彼女が聖弾使い?」


「ええ、私がクラン様ご自慢の懐刀、ルースですとも!」


 ふふん、と胸を張るルースは自身の慕う聖妃の話題が出たためか、とても活き活きとしている。


「私はリモ。アヴェリード寮の寮長だ。封印作戦では君のお父様のような活躍を期待しているよ」


「はい、もちろん!」


 リモの差し出した手を屈託ない笑顔で握り返すルース。その姿に違和感を覚えたスカーレットは「あれ」と声を上げる。


「……何ですか?」


「いや……なーんか私たちと比べると、寮長には随分と愛想がいいんだな、と」


「あなたたちと違って悪魔に毒された感じがしないので」


「毒されたって……魔法がなければ人類はここまで発展しなかったと思うけれど?」


「だーかーらー! 喧嘩しないの!」


 喧嘩腰のスカーレットをルースから引き剝がすと、「ちょっと、なんで私だけ」と文句を垂れたが二度目であるため、仏ではないルシルの慈悲はない。


「そういえば……放課後の講義にはルースも参加するのかな?」


「はい、クラン様から申しつけられていますから」


「じゃあ、それまで時間はあるわけか。校長からは何か指示が?」


「いえ。好きなように学校を見て行ってとだけ……。あの、私……放課後までここの植物のお世話をしててもいいですか?」


「君がよければお願いするよ。よろしくね」


「ありがとうございます!」


 元気いっぱいに頷いたルースはまるで別人のようだ。彼女を手懐けられるリモを改めて尊敬したルシルは、鐘の音が一度鳴るのを聞いた。昼休みが終わる五分前の合図だ。


「それじゃあ、また放課後に」



 * * * * *



 第二講義室へ集結した封印作戦参加者である五名は既に着席していた。奥からヴェロニカ、コーネリア、フリージア、リモ、ルースの順だ。


「副寮長も参加していたんですね」


「ええ、うちの可愛い寮生たちがいるから。それに、リモもいるしね」


 フリージアが横目に見た、茶目っ気のあるリモはピースしてそれに応じる。


「暗黒時代以前から存在した魔法体系の終焉を見届けないわけにはいかないからね」


 無事封印できることが確定しているらしく、リモは自信満々に言う。彼女の言葉には並々ならぬ説得力があり、これまで踏んできた場数が如実に表れている。


「にしても封印作戦って言うにはメンバー少なすぎじゃない?」


 頬杖をつきながら、コーネリアは辺りを見回して言う。確かに、相手の戦力が不明なうえ、古代魔法という大物が敵なのだ。味方が何十人いたとしても不安が残る。


「そうね、四月に入ってから三年生は各国に派遣されててバタバタしてるし……イリニティ寮も寮長と副寮長以外は出払ってるでしょ?」


 フリージアがそれに答えると、コーネリアは年功序列をおもんぱかってか、頬杖をやめて腕を組み、思い当たる節があったようで頷く。


「そーですね。言われてみれば」


「あとは校長の判断だろうね。封印作戦には私たちだけで事足りるとね」


 アモルからとんでもない過大評価を受けていたことがリモから明かされ、ルシルは驚きおののいた。いくら特訓を受けたとはいえ、古代魔法を難なく打倒できるほど強くなったとは思ってはいない。むしろ、まだまだ足りないはずだ。


 話の切れ目にルシルたちが真ん中の列の席を陣取ると、タイミングよくバーグマンが教室の扉を開けた。


「……全員、揃っているな。聖弾使い殿も……お越しいただき、ありがとうございます」


「敬称も敬語も不要です。私はまだまだ若輩者ですので」


 バーグマンは微かに、本当に微かに笑い、「であれば、我が校の生徒たちと同様に」とひとつ会釈をし、再び顔を上げたときには真剣な面持ちになっていた。


「それでは……古代魔法ネリヤの講義を開始する」


 厳格なその声には普段通りにも思えたが、注意深く聞き取ると微かに緊張を帯びている。


「まず、ネリヤの起源について。この魔法は五千年ほど前、古郷ヤマトノクニにて悪魔との契約により、もたらされたものだ。それまでの魔法体系とは一線を画するネリヤは閉鎖的なヤマトノクニのみで使われ、決して他国に流出することがなかったという。……そんな背景も相まって、ネリヤは古代魔法へ分類されることとなった」


 バーグマンが黒板に描いた世界地図のイウラ大陸とノース大陸の中間に、古郷ヤマトノクニはある。思い起こしてみると、ヤマトノクニは輸出も輸入もせず、自給自足で成り立っている稀有な国だった。


「古代魔法学の基礎知識ですね。問題は……ネリヤがどうして封印されるかに至ったのか。バーグマン先生はご存知で?」


 リモが怜悧れいりな視線を教壇へ向け、それを受けたバーグマンは一度目を下に逸らして頷いた。その動作は、リモの視線が原因ではないだろう。


「…………ああ。かの魔法は使用者の、魂を蝕むという欠陥──いや、それこそが悪魔の罠だったのだろうな──使えば使うほど、副作用として悪魔に身体ごと乗っ取られ、傀儡かいらいとされる魔法だった。それを危惧したアモル校長が審統機関へ進言したのだ……古代魔法ネリヤの封印を。審統機関あちらも、ネリヤには『魂へ干渉する魔法』があると知り、『禁忌』として執行する予定だったらしく、ぜひ封印をと頼まれたようだ」


「ちょ、ちょっと待ってください。『魂へ干渉する魔法』? いくら古代魔法とはいえ、そんな規格外な魔法……」


 フリージアが信じられないとばかりに挙手して発言する。


 それもそのはずだ。存在するかどうかわからない、不可視のもの。そんな魂を意のままにしてしまうなど、為す術がない。具体的にどんな影響を及ぼすのかすら不明だ。


「その通り。本来、そんな魔法が存在すること自体が間違っている。だが────それが『大罪の悪魔』によるものであれば、我々の常識は通じない。いや、


 その言葉を頭が理解したとき、皆が震撼した。


 大罪の悪魔。彼らは『七つの大罪』を己が性質として、占有している悪魔である。


 人類のことごとくが、彼らの存在を、名を知っている。


 人間を玩具のようにもてあそび殺す、悪魔の中の悪魔である。


「大罪の悪魔が生み出した魔法か……。ですが、一度は封印されたことがあるという話ですよね。解かれた原因は……」


 スカーレットは恐れよりも、そんな魔法と対峙できることの楽しみの方が勝っているような声色で言った。


「おそらくは校長の想定通り、悪魔との契約によって封印を解いてもらった可能性が高い。契約の力は奇蹟や魔法を凌駕りょうがする。が……今回の襲撃者がネリヤを使った様子がなかったことから、せいぜい封印が解かれたのは一人や二人の少数だったのだろう。その予測を基に、ここからは作戦会議を行う」





 五度鳴り響いた帰寮の鐘の音を聞き届け、バーグマンは「そろそろ時間か……」と呟く。


「まだまだ穴のある作戦ではあるが、襲撃まで詰められるだけ詰めることとしよう。今日はここで解散とするが……君はどうするかね?」


 その質問はルースに投げかけられたものだった。


「私ですか? アモル氏はアヴェリード寮の空き部屋を使うように、と……」


「はいはい。校長から聞いていますよ。ルース、案内してあげるからついて来たまえー」


 リモが席を立ち、扉を開けて待ち構えた。ルースが威勢よく「はいっ」と応答して走り寄る。


「私たちも帰ろうか」


「うーん、ちょっと図書室に寄ってもいいかな。……調べたいことがあるんだ」


 ルシルが覗き込んだスカーレットの顔は極めて神妙なものだった。ルシルは無言で頷く。


「古代魔法の本でも探すの?」


「いや……探すのは古郷ヤマトノクニの本だ」


 一階にある図書室にて地理・歴史の項目から該当する書籍を探すべく、ルシルは背表紙を指でなぞる。


「あ、レティ! これかも!」


 ルシルが手に取ったその本は世界の秘境を特集したもののようで、その中の『竜の国・ヤマトノクニ』と銘打たれた頁を指し示した。ヤマトノクニの風景が投影魔法で写されている。


「竜? って、よく伝説に出てくる……」


「火を噴きがちな……。ただ、ヤマトノクニにいる竜は威厳がありそうだね」


 そこに描かれている竜はヘビに酷似した鱗や長い髭が特徴的だった。



 曰く、ヤマトノクニは竜神ニーラ・ニールの座す"楽園"であった。


 "楽園"である彼の地には、豊穣と繁栄が約束されているという────。



「え、情報少なっ」


「秘境だし、簡単には行けないからじゃない?」


 スカーレットが溜息を吐いて「帰ろうか……」と肩を落とす。お目当ての情報ではなかっただろうが、少しでも収穫があったことは前進といえるだろう。


 校舎から出ると太陽の沈みかけている夕焼けの光が横から射し込み、その眩しさに目を細める。そうして、二人は寮へ続く橙のレンガ道を歩いた。


「"楽園"とは、眉唾物にも程があるね。それこそ古代魔法でどうこうしたのかもしれないし……というか今更だけど、どうして古代魔法があるような国が他の魔法大国と肩を並べていないんだろうね……」


 スカーレットが首を傾げて思案するなか、ルシルがはっと閃く。


「逆だ…………


「ルシル……?」


 直感的にルシルはそう呟いていた。何故そんな言葉が飛び出したのか、ルシルすらわからないままに。


「────やっと使ってくれた。もー、魔力探知できない所為せいで待ちぼうけだよ」


 どこからともなく、空気を震わせたその声はとても聞き馴染みのあるものだった。


 声の主を見つけようと、辺りを見回した二人の目はその一点に釘づけになった。


「でもすぐに飛び出してきてよかったー。ようやく…………あなたを殺せるね」


 真っ向からルシルたちと相対する、茜色の空を背負ったは不敵にわらう────スカーレットの隣にいるルシルではない、しかし顔貌かおかたちはルシルそのものの何者かが。

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2024年12月22日 18:00
2024年12月23日 18:00
2024年12月24日 18:00

エンヴィディア魔法学校の償罪。 楪葉夢芽 @yume_yuzuriha

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