第一章7 『聖妃と聖弾使い』

 コンコンコン。


「校長。お時間よろしいですか?」


「ああ。どうぞ」


 ルシルとスカーレットが初めて訪れる校長室は、華美な調度品のない素朴な一室だった。もっときらびやかな空間を想像していたルシルは面食らった。唯一、この空間を彩っていたのは卓上の花瓶に活けられた花々だけだった。


「アドルフ君。と……何やら面白いメンバーだね」


「でしょうね、俺もそう思いましたよ」


 普段から寮長会議などでアモルと話し慣れている様子のアドルフは毅然きぜんとした言行をしていた。その背後にはアドルフの弟子であるルシル、ヴェロニカ、コーネリア、彼女たちの弟子であるスカーレットの四名がいる。


「単刀直入に言います。……俺からはアストベリーを」


「私とヴェロニカからはスカーレットを」


『古代魔法の封印作戦、その参加を推薦します』


 それを聞いたアモルは緩やかに口角を上げ、頷いた。


「うん、いいよ」


「少なくともこいつの命の保証は────え、いいんですか?」


 アモルがあまりにもあっさりと了承したため、アドルフは素っ頓狂な声を上げた。


「君たちが特訓してくれたんだろう? ルシル君はストックタイプを習得しているし、スカーレット君は以前よりも多くの魔法を使いこなせるようになっている…………今の君たちなら、古代魔法を打倒できるだろう」


『やっ……たー!』


 アモルからも太鼓判を押されたルシルとスカーレットは手を取り、感激のあまりその場で跳ね上がった。却下されることも想定していた二人からしてみれば、あの特訓が報われた何よりの証左だ。


 そこへ────。


「アモル校長、失礼いたします。おや……? お取込み中でしたか」


 ルシルたちの担任であり、古代魔法学を専攻しているバーグマンが現れた。彼は入室してすぐ目の前に生徒たちがいたため、少し驚いた顔で言った。


「いいえ、むしろちょうどいいところでしたよ。こちらのカイ先生も、今回の封印作戦に参加していただくことになってね。カイ先生、私の推薦したヴェロニカ君とコーネリア君に加えて、ルシル君とスカーレット君も参加してくれることになりました。……二人に関しては私よりも、カイ先生の方がお詳しいですよね」


「……そうですか。アモル校長が仰るのでしたら、問題はないのでしょう」


 何か言いたげなバーグマンはその言葉を呑んで承諾した。それを見、アモルが困ったように眉を下げて微笑んだ。


「さて、こちらの布陣は確定した。カイ先生、みんなへ古代魔法ネリヤについて授業をしていただけますか? 相手のことは知っておかなければいけませんから」


「ええ、もちろんです。日程は……明日の放課後は空いているかね?」


 バーグマンの問いに、ヴェロニカはそれぞれを見やり、問題がないことを確かめてから代表して「大丈夫です」と答えた。


「ならば、古代魔法ネリヤについて私が知っている限りのことを教えよう。場所は第二講義室で」


『はい!』


 そして解散の運びとなりアドルフが退出するとき、「そうそう」とアモルを振り返った。


「校長が俺に預けたラヴィルですが……あいつはもう大丈夫です。さすがにあなたの後継者とまでは、まだ呼べませんけどね」


「…………そうか。ありがとう、アドルフ君」


 アドルフがしてやったりという表情でにやりと笑い、校長室を跡にした。


「……ルシル君、スカーレット君。これから何か用事はあるかな?」


「いえ、特に何も……」


「それはよかった。ちょっと頼みがあってね────リンドレミルド中立国家へ同行してほしいんだ」


『え?』


 今度はルシルたちが素っ頓狂な声を上げることになった。



 * * * * *



 リンドレミルド中立国家。


 それは四つの国に区分されたイウラ大陸の大部分を占める広大な国土を持ち、永久凍土となっている地域があるほどの極寒の国だ。年がら年中雪が降り積もり、その地に埋め込まれた天候操作魔法によって辛うじて人間の住める土地になっている。


 さらに特筆すべきは宗教的な壁が薄いことだ。対立する天使と悪魔の力を分け隔てなく借りているこの国では、魔法使いを追放することも悪魔と関係のある者を迫害することもない。


「前にネリヤを封印するために協力要請をしに行ったことがあってね。私が一人で出向いたら、何故かスキャンダルとして取り上げられてしまって……」


「あー……校長先生も大変ですね……」


 スカーレットが事情を察して同情した。


 無償で世界規模の大結界を展開しているアモルは、権力者たちからしてみれば目の上のこぶでしかない。命の安全は確保したいが、生かすも殺すもアモル次第という現状に不満があるのだろう。あわよくば大結界の仕組みを解析し、我が物とすることが彼らの思惑といったところか。


「かといってヴェロニカ君たちにお願いするのも考えものだったから、君たちが作戦に志願してくれて助かったよ」


 字面だけ見ると彼女たちを問題児扱いしているようだが、アモルの声には厄介事よりも心配事の色が濃く表れていた。


「いやぁ、あれには腹抱えて笑ったぜ。こじつけにも程があんだろ」


 アモルの肩口から姿を見せたそれはネズミのような丸い耳をした、小脇に抱えられるほどのサイズの生き物だった。


「……校長先生、えっと……その、ネズミ? 魔獣? みたいなのは……」


「おいおい、俺をあんな下等生物と一緒にしてもらっちゃあ困る! こんなにもキュートな俺を!」


「キュート……?」


 スカーレットが首を傾げる。すると、彼は「俺はかわいい! 異論は認めない!」と食ってかかった。


「彼は特別顧問のアルだ。これから顔を合わせることもあるだろうから、ぜひ仲良くしてあげて」


「存分に愛でるがいい!」


「特別顧問? ろくなアドバイスしなさそうですけど」


 アルが「何!?」と牙を剥いてスカーレットに対し威嚇の体勢を取るなか、ルシルが彼女を「まあまあ……」と抑えた。


「それじゃあ、アル。留守番は任せたよ」


 アルは気ままに浮遊しながら、「おうよー」と男らしい返事とは真逆の、愛嬌のある短い片足を上げてアモルたちを送り出した。


「さ、出発しようか」


「でも、どうやってリンドレミルドまで……?」


 このフォルト島はイウラ大陸の南方に位置する。大陸との距離はそれほど離れているわけではないが、移動には船を使わなければならない。魔力切れを考慮せずに飛行魔法を発動させられたとしても数日はかかってしまう。


「ルシル、相手はあの校長先生だよ? ということは……?」


「ま、まさか……」


「転移魔法でひとっ飛びさ。領域魔法に引っかからないよう、事前に通行許可証はもらっているから安心して」


 そう言って、アモルは流れるような筆記体のサインと、リンドレミルド中立国家の印章が押された通行許可証を見せた。


 他国へおもむく際には、必ずこの通行許可証が要る。旅行・観光等の目的を明らかにしたうえで、危険性がないと判断されたときのみ、発行されるものだ。この通行許可証がなければ、国境で見えざる壁に衝突することになる。国境が侵犯されないのは魔法具に込められた領域魔法が常時展開されているからであり、その基礎は同じくしているものの、各国が何重にも複数の魔法をかけ合わせ、複雑化させることで簡単に突破できないものとなっているのだ。


「……『此方こなたから送りて、彼の地へ届け。まじろぎのうちに羽ばたけ』」


 アミィが詠唱することのなかったその呪文は転移魔法のものだろう。独特な浮遊感に目を閉じて再びまぶたを開けると、そこは豪奢ごうしゃな宮殿の入口だった。何度味わっても、この不思議な違和感は慣れない。


 雨風に晒されているはずの真白の外壁には汚れがなく、部分的に塗られた青がよく映えている。玉ねぎのようなクーポルと呼ばれる屋根は陽光に照らされ、黄金に輝いていた。それはさながら建設当時の美しさを保ち続けているようだった。


「ちょっと肌寒いかな……」


 ルシルは腕をさすって言う。


「太陽は暖かいけど、風がどうしてもね。ま、人が住めるだけマシじゃないかな」


 スカーレットは平然としているが、よくよく見るとその手足には鳥肌が立っていた。いきなり極寒の洗礼を受ける二人だったが、アモルは平然としていた。防寒魔法でも使っているのだろうか。その魔法はクラスDではあるものの、使う機会のなかったルシルたちは覚えていなかった。


 そのとき、前方の宮殿から、風に崩されることのない栗色の強いくせ毛の青年がせかせかとアルスターコートをなびかせ、階段を駆け下りて来た。


「世界で数十人しか使えないクラスSの魔法をホイホイと……!? お元気そうで何よりです、アモル校長!」


 そう満面の笑みを浮かべて、アモルへ尊敬のこもった挨拶を投げかけた。


「アデルバート君。君も元気そうだね。どうかな、仕事には慣れた?」


「いやいや、まだ二週間ですよ……? まあ、毎日バタバタで泥のように眠ってます。見てください、この隈ひとつない目を!」


「学生時代の君に隈のない日はなかったからね、よかったじゃないか」


 見知った間柄らしく、アモルと談笑する青年の顔は懐かしむような穏やかな微笑に彩られていた。


「スカーレット君、ルシル君。彼はアデルバート君。君たちの先輩で、元教え子なんだ」


「エンヴィディア魔法学校卒業生のアデルバート・アルデンヌでっす。今は派遣魔法使いでこちらに来てます!」


「一年生のルシル・アストベリーです」


「同じく、スカーレット・エヴァンズです」


「二人ともどこ寮? スペルイドだったりしない?」


「いえ……アヴェリード寮です」


「そっかー。じゃあ、アドルフのことは知らないか……」


「えっ、ルクセンブルク先輩ですか?」


 ルシルがそう尋ねると、アデルバートは水縹みなはだ色の瞳をきらきらと輝かせて「知ってる!? あいつ元気してる!?」と矢継ぎ早に訊く。スカーレットはしばらく怪訝な表情を浮かべていたが、「あ、あの人か」と自力で思い当たったようだった。


「はい、ルクセンブルク先輩にはお世話になりました!」


 ルシルが大型犬を思い起こしながらそう返答すると、彼は安心したように快活な笑い声を上げた。


「あいつがちゃんと後輩に教えてる……! 成長したんだな……!」


 アデルバートは感極まった様子で目頭を押さえ、手を離したときには真剣な顔つきになってアモルへ向き直っていた。


「では、行きましょうか。聖妃様のもとへ」


 聖妃。


 この二文字を耳に入れた瞬間、ルシルたちは驚きのあまり硬直した。


「あの、校長先生? いま、『聖妃様』と……」


 スカーレットですら顔を引きらせながら言うと、アモルは「うん? あぁ、そうだよ」と何の気なしに答える。


「今から会うのはリンドレミルド中立国家の統治者────七大天使ミカエルから『祝福』を授かった聖妃クランリール・ベルツォルフォ妃その人だよ」


『は……はいー!?』


 二人は声を大にして驚き、おののいた。そんな雲の上の存在と気安く会えてしまうとは思いもしなかった。それに失言してしまった場合、下手をすれば死罪なのではないだろうか。


「……ルシル、もし私に何かあれば、家族によろしく伝えておいて」


「嫌な腹のくくり方しないで!?」


「そんなに怖い人じゃないけどなぁ」


 案内を務めているアデルバートが率直な思いのにじんだ声音で言った。母国の君主にすら謁見えっけんしたことがないルシルたちからすれば、他国の最高権力者と相見るなどプレッシャー以外の何物でもなかった。


 さしものスカーレットも緊張で少し動きがぎこちない。ルシルも同じ気持ちだったが、あえて気を紛らわせるために長い長い廊下へ目を向けた。


 外観と同様に白と青を基調とした内装には高価な金が惜しみなく使われていた。しかしながら限度を考慮しているためか、目に痛いと感じることはない。この宮殿は外交の際にも用いられる場所らしく、財力や権力を示す必要があるのだろう。


 その空間に調和する色を選び抜いて配置された壁掛けの燭台や足元に敷かれたふかふかの赤絨毯じゅうたんに至るまで、どこを切り取ってもまばゆい品々が映る。どこにでもいる庶民でしかないルシルの憧れであったこんな光景を、もっと静穏な心持ちで観賞したかったと残念に思った。


 そしてアデルバートは華奢な装飾の施された両開きの扉を叩いて「聖妃様、お連れいたしました」とよく通る声で言う。対して、室内からは「どうぞ」と威厳がありながらも温もりの感じられる返答があった。


「失礼いたします。エンヴィディア魔法学校のアモル校長ご一行、到着いたしました」


「……お久しぶりですわね、アモル校長」


 ゆったりと来訪者を待っていたのはオリーブの葉をかたどった冠をクリーム色の長髪に載せ、柔らかな眼差しでこちらを見つめる高貴な品格のある女性だ。重厚な椅子に腰かけたその様だけで絵になるほどの美しさ。この宮殿は彼女の美を引き立てるためだけに建てられたといっても過言ではないと、ルシルは息を呑んだ。


 新聞や投映魔法で見た通りの、クランリール・ベルツォルフォ妃がそこにいた。


「ええ、継承式以来です」


「あらまあ。今回はちゃんとお連れの方も一緒ですのね」


 アモルの後方に控えていたルシルとスカーレットを見やり、彼女はそのアーモンドの形をしたとび色の瞳を緩めて微笑んだ。


「ははは。おばあさまにはご迷惑をおかけしてしまいましたから」


「ええええ、それはもう。あのときの祖母はかんかんだったと、母上がわたくしに百回は話されましたわ」


 そう言って、アモルとクランリールが笑い出した。いま笑い話にできているからいいものの、よく入国禁止にならなかったものだ。


 ……誰も疑問を口にしなかったが、アモルが年齢詐称をしていることはもはや確定事項となっている。


「さて。立ち話はここまでにして、どうぞこちらへ」


 クランリールが執務机の隣に、向き合う形で設けられた質の良い二台のソファへ誘導する。それを受けてアモルが先に着座し、引き続いてスカーレット、ルシルの順で座った。その瞬間、ふかふかの座り心地を体感したルシルは、これは長時間座っていても痛くならないだろうと感激した。


 着座してすぐに、姿を消していたアデルバートが金属製のトレーに茶器を載せて入室した。洗練された所作でティーカップを配膳し、「それでは、ごゆっくりと」と会釈をして退室した。


「今日は風が冷たいから紅茶を淹れていただいたの。お口に合うといいのだけれど」


 そううながされるまま、その赤茶色の液体を口にしたとき、想像以上に飲みやすい甘さが口腔こうくうさらっていった。そういえば、こちらの国では紅茶に酒やジャムを入れるのだった。寒さに耐えるべく、少しでもエネルギーを摂取するための工夫なのだろう。おかげで紅茶をたしなむほど大人びた舌を持たないルシルには好ましい味だった。


「美味しい……!」


 初めて経験する味に、ルシルの口から思わず感嘆の声が零れ出た。あっ、と気がついて口に手を当てるが、ルシルの慌てぶりを気に留めることなくクランリールは安堵の溜息を吐いた。その様子は年相応の────二十四歳という若さにして『聖妃』の位を受け継いだ統治者ではなく、友人との茶会をただ楽しみにしていたかのような、そんなごく普通の光景に見えた。


 青と金のシンプルなデザインながらも気品溢れるカップを、ソーサーへ音を立てずに置いたアモルは「では、本題に入りましょうか」と剣呑な雰囲気に転じて言う。


「先日、うちの学校が襲撃に遭いまして。その襲撃者が使っていたのが……」


「……古代魔法ネリヤでしたのね。五十年前、封印できたはずだったのに……」


 クランリールも表情を一転させ、表情を曇らせた。


「ええ、その通りです」


 それだけ因縁があるのだろう、二人の口は重くなり、アモルは再び紅茶を飲んだ。


「……すみません、一つお聞きしてもよろしいですか?」


「ええ。そうかしこまらなくても大丈夫ですわよ。何でも聞いてください」


 恐る恐る手を上げて発言の許可を求めたスカーレットに対し、柔和にゅうわな態度でクランリールは応じた。彼女が国を治める者として、国民から絶大な信頼を寄せられている理由が垣間見える。


「以前、古代魔法ネリヤはどうやって封印されたのでしょうか?」


 スカーレットも死罪だけは避けたいことが、いつにも増して慎重な言葉遣いから伝わってきた。


「あのときは『聖弾使い』に封印してもらったんだ。聖弾使いは……二人とも知らなそうだね」


 その疑問にアモルが答えたが、ルシルとスカーレットが未だに語句を飲み込めていないようだったため、さらに補足する。


「聖弾使いというのは、天使から授かった祝福の聖弾を使いこなせる者のことだ。天使が与える祝福の中でも『聖遺物』の一種に属するね」


「なるほど……。天使が使う奇蹟をさらに人間に分け与えたものが『祝福』……ということですか?」


「ああ。他にも『聖遺物』は色々あるんだけど……教会学校ならともかく、魔法学校生徒きみたちにはあまり関係はないか」


 興味があれば調べてごらん、とアモルは魔法以外に関心のない────というより、魔法こそが至上と言わんばかりのスカーレットとルシルの性質を見抜いたかのような的確な受け答えをし、二人からクランリールへ視線を戻した。


「すみません、貴重なお時間を……」


「ああ、いえ、そうではないんですの。ただ……人類最強とうたわれるほどのアモル校長でも、生徒の前では教師なんですのね」


 堪えきれないと言わんばかりに笑みをこぼすクランリールを見、三人は仲良く顔を見交わした。「はて、人類最強とは?」と首を傾げる二人と、苦笑いのアモル。その様子を見て、クランリールはさらに笑みを深めている。


「ええと、それで聖弾使いでしたわよね」


 ひとしきり笑い終えたクランリールが思い出したように言った。


「聖弾使いも世代交代いたしましたの。まだ先代ほどの腕はありませんけれど、きちんと封印の奇蹟は起こせますわよ。けれど、なぜ封印が解かれたのか……それがわからなければ同じことかしら……」


「『聖遺物』に込められた奇蹟が打ち砕けるとは思えません。破れるとすれば……悪魔との契約か……。どちらにせよ、その絡繰りを解き明かすためにも聖弾使いをお借りしたいのです」


「ええ、そういうことでしたら。彼らが封印を解いたのなら、次に狙われるのは我が国でしょうから……」


 先ほどまで明るく笑っていたのが嘘のように、その表情はかげった。だが、すぐさま今までと変わらない穏やかな表情になり、「一つ、条件がありますわ」と両手を合わせた。


「条件?」


「条件と言っても、簡単なことですわ。────私の宝物を、あなたが愛する生徒と同等に守っていただきたいんですの」


 それは、彼女の初めて見る表情だった。ただひたすらに、愛する者の安寧と平穏を祈る。すべての人々が、そうであるように────そうであるべきように。



 そうであれば、いいように。



「はい。私の命に代えても」


「あなたが言うと冗談に聞こえませんわ」


 冗談ではないですからね、と口では笑っているが、アモルの目は笑っていない。真剣そのものだ。


「その確約があれば安心ですわね。……ルース、来てちょうだい」


 クランリールが顔の横で二度、手を叩いた。すると────。


「はぁーい! ここに!!」


 シュタッ、という効果音が聞こえてくるほどにスタイリッシュに参上した、ルシルよりも小柄な少女は頭上から現れてひざまずいた。


 ……頭上?


 生じた疑問を解決すべく、見上げた先には美しい模様の彫られた天井があった。しかし、その一部に切れ目が入っており、天井裏の暗闇と望まぬ顔合わせを果たした。


「この私が! 今代の聖弾使いであり! クラン様ご自慢の懐刀!! ルースでございますとも!!」


 信じたくない現実が、ハイテンションでやってきた。

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