エピローグ 先輩の好きな体位、教えてください。


 甘く。甘く。甘いキスが続く。


「せんぱぁい。ふへ……ふへへ」


 薄くまぶたを開けると、とろけた顔をしている萌花が映る。


「部室で……こぉんなえっちなキス……ふふ、とても背徳的ですねぇ」

「いらん実況すな」

「ふへへ。それってぇ、つまり、キスに集中しろってことれふかぁ?」


 ちゅぱちゅぱと淫靡いんびな音が部室に、僕らの耳朶に響く。脳が次第に溶けていく感覚に意識を朦朧もうろうとさせながらも、けれど僕らは決して唇を離そうとはせず、無我夢中で互いを求め合う。


「せんふぁぁい」

「……もか」


 興奮していることを伝えてくるように、僕を抱きしめてくる萌花がさらにぎゅぅぅ、と僕のことを強く抱きしめてきた。それに応えるように、僕も萌花を強く抱きしめ返す。


 つい数日前までは想像もつかなかった。まさか、萌花と部室でこれほどまでに熱烈な口づけを交わすことになるとは。


 胸に湧くのは際限のない他好感と感動。そして全身の血液を沸騰させるかのような熱情。


「ちゅるぅぅぅ……せんふぁいの唾液、おいしいれふ」

「もかのも、おいし」

「ふふ……じゃあ、もっと交換しよぉ? ――はぁい、せんぱぁい」

「んっ、ごく、ごくっ」


 絡ませ合う舌はもうどちらのものか分からない。ただ熱く。ただ滑らかだという感触だけが分かる。


 ――あぁ。ダメだ。もう萌花のことしか考えられなくなってる。


 好きを越えて愛情が胸中を埋め尽くす。湧き上がる熱情が眼前の小悪魔をもっと貪りたいと欲望が増幅していく。


「いいれふよ、せんぱい……もっともかのこと、好きにしてくらはい」

「――っ!」


 僕の思考を読み取った――いや、これは萌花が自分の欲求を素直に吐露しているだけだ。現に萌花は僕の舌と唇を貪り続けるのを止めず、それどころかより激しく僕を求めてきている。


「ちゅぅぅぅ……ぱっ。……はぁ、はぁ。もっと、もっと……全然足りません」

「んぐっ……(がっつき過ぎだろこの痴女)」


 どうやら萌花の恋心に気付いてやれなかった期間中に相当フラストレーションを貯めていたようで、恋人になった萌花は一切遠慮がない。まるで枷が外れた猛獣が如く、飢えを満たさんと僕を貪ってくる。


「ごくんっ……せんぱい。だえき、おかわりくらはい」


 喉を鳴らして僕の唾液を飲み込んで、それでもまだ足りないと舌を絡ませて来る。


「んちゅ、んんっ……ちゅぅぅ」

「も、もか……さすがに死ぬぅぅぅ」


 いよいよ呼吸が苦しくなっていき、抱きしめる華奢な身体から腕を離してとんとん、と肩を叩く。


 だんだんと顔を青白くする僕を見て冷静になったのか、萌花は最後に僕の咥内から唾液をすするだけ啜ったあと、名残惜しそうに唇を離していった。


「ぜぇ、ぜぇ……食いつきすぎだ……」

「――ぷっはぁ。えぇ。そういう先輩こそ、萌花のこといっぱい求めてきてたじゃないですかぁ」

「……それはっ。ただ萌花の誠意に応えようとしただけで」

「ふぅん。その割には、たぁくさん萌花の唾液飲みましたねぇ?」

「……うぐ」


 バツが悪くなって視線を逸らすも、抱きしめ合っているせいで互いの距離が近くなっているから萌花のジト目から逃げられない。


「まぁ、先輩が求めてくれれば萌花はどうでもいいんですけどねー」

「……萌花ぁ」

「ふふ」


 ぐりぐりと。

 腰を揺らしていじらしそうに微笑む萌花。


「先輩のここ、すっかり反応しちゃってますねぇ」

「そりゃ、あんだけ激しくキスしたんだから、こうなって当然だろ」


 言い訳じみた僕の言葉に、萌花はしかし拗ねることはなく、それとは対照的な反応、つまり喜悦に口許を緩ませた。


「ちなみに、前回も萌花とキスして元気にしてましたよね?」


 それも当然のことですか? と問い詰めてくる萌花に、僕は冷や汗たっぷりに「そうだよ」と頷いた。


「そうですかそうですか。つまり先輩は萌花とキスしてしまうだけでこんな風になってしまうと……先輩の息子さんはチョロすぎますねぇ」

「悪かったな女性慣れしてなくて!」


 いよいよいたたまれなくなって涙目で叫ぶ僕に、萌花はくすくすと愉快そうに笑った。


「べつに謝るようなことじゃないですよ。それだけ先輩にとって萌花とのキスが最高だったという何よりの証明になってるんですから」

「否定はしない」

「ふふ。素直に認めたらご褒美にキスしてあげます」

「最高だった」


 秒速手のひら返しする僕に萌花は「ちょろ」と笑って、


「はい。ご褒美のちゅうです」

「――ん」


 軽く触れあう程度のキスだけど、それだけでこの胸に途方もない他好感が埋め尽くす。

 唇を離して再び瞼を開けた萌花が、僕を見てくすりと微笑んだ。


「くすっ。先輩の、今、ぴくんて反応しました」

「……しょうがないだろ」

「ふふ。拗ねた先輩も可愛い」


 ちゅ、と今度は頬に唇を押し付けてきて。


「ねぇ、先輩?」

「なに?」


 こつん、と額を当てて僕と視線を交差させる萌花。

 熱を灯して揺れる紫紺の瞳が何かを熱望するように僕のことをジッと見つめてきて。


「私も、身体が疼いてしかたがないんです」

「……一応忠告しておくけど、ここ学校だぞ?」

「知ってます。でもここに立ち寄る生徒がほとんどいないのも知ってます」

「だからって……」

「それじゃあ先輩は我慢できますか? 萌花は我慢できません……いいえ。したくありません」


 訴えて――違う。求めてくる。

 萌花が僕を。


「するならせめて僕の家で……」

「その間に先輩のがえたらどうするんですか」

「それはないと思うけど」

「でもそうならない保証もありませんよね?」


 ぐりぐりと。

 腰を揺らす萌花の動きはまるで求愛行動のようだった。


「萌花は今すぐ先輩としたいです」

「…………」

「先輩はどうですか」


 小悪魔が問いかけてくる。いつもみたく。僕の瞳を真っ直ぐに見つめてきて。


「ここには誰も来ません……ワンチャン来るけど」

「言い切るなら最後までちゃんと言い切ろうぜ」

「保証はないので。でも、声さえ抑えれば済む話です」

「そんなに我慢できないのか?」

「はい。今すぐに先輩が欲しいです。もう萌花の身体、先輩と結ばれたいって心臓も心も叫んで仕方がありません」


 僕をからかうような口調で。いじらしく、愛らしい表情カオで。

 そして今は、僕の欲望を刺激する、メスの顔で。


「ね。先輩」

「はぁ」

「ふふ。ねぇ、先輩?」


 小悪魔が呆れる僕を見て嗤う。嗤って、嬉しそうに双眸を細める。


「いつもみたく、萌花に振り回されてください」

「……全く。こんな小悪魔に付き合えるのは僕だけだな」

「くすっ。先輩にさえ愛してもらえるなら、萌花はそれ以上は何も望みませんよ」

「っ! ……こんな可愛い小悪魔。誰にも渡すつもりないよ」

「えぇ。誰にも渡さないでください。先輩だけの萌花でいさせてくだい」

「そのためにはどうすればいい?」

  

 わざとらしく問いかければ、萌花は「ふふ」と愛らしく、そして妖艶な微笑みを浮かべて、僕に告げた。


「萌花に刻み込んでください。先輩の愛情を。萌花のことを愛してるって、萌花に分からせて?」

「――あぁ。分かったよ。なら、小悪魔の望み通り、その身体に刻み込んでやる」

「ふふ。先輩の愛情、萌花の身体全部にマーキングしてくださいね」


 眼前に映る小悪魔。その小悪魔が僕にだけ魅せる微笑みをしっかりと目に焼き付けながら、僕は甘い誘惑に堕ちていく。


「ふふ。そうだ。初めて記念日は、先輩の好きな体位でしてあげます。だからちゃぁんと萌花に教えてくださいね――せーんぱい」





【あとがき】

小悪魔後輩を最後までお読みいただきありがとうございました。

超積極的でとてもえっ! な小悪魔の破壊力はいかがだったでしょうか。自分は後半から血の涙を流しながら書いていました。


そんなわけでゆのやの久しぶりの新作(短編)。無事完結です! 

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛い小悪魔な後輩の分からせ方 結乃拓也/ゆのや @yunotakuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ