茜色の街で何を思うか

ハナビシトモエ

大阪

 地下鉄は出勤ラッシュでぎゅうぎゅうだった。両手は上げるから、バランスは取りにくいけど、肉の壁が僕を立たせてくれている。


 息苦しくて、このままこの肉に埋もれてしまうのではなかろうかと僕は少し不安になる。大きな駅で電車を勢いよく嘔吐するかのように乗客を吐き出す。僕もその波にすくわれそうになるけど、目的の駅はあと二つ向こうだった。


 肉の波にさらわれるのを両足で踏ん張ると嫌な視線を感じた。出口扉と出口扉の真ん中に僕はいて、それは大阪の作法にはよくないものだったようだ。


 朝の御堂筋線というやつはかなり厄介らしい。御堂筋だけではなく、環状線も大変。新大阪の一個前、東淀川のホテルに泊まった前夜は大阪駅の方角を見て、とてもきれいな街だと思った。


 同僚はなぜ出張先の近くに宿を取らないのかと忠告をしてきたが、気になっている経理の真中さんにいい顔をするために安めのホテルを取ったのだ。



「大阪は暑いから気をつけてください。山本さんが無事に帰ってくるのを待っています」



 くびを少しかしげて、優しく微笑んだ真中さんに目を奪われそうになった。



 山本啓二。二十五歳童貞、彼女は無しにとっては十分すぎるほどの応援だった。


 それにしては失敗だった。

 会社は東京都にあるものの観光資源の少ない地方で広告収入を得る商材の提供と連携を模索する営業だった。とは言え飛び込みではなく、事前に部長が時間を約束してくれている。いい時間に着いたので、トイレに行き身だしなみを整えた。


「よし啓二。頑張れ」

 商談は上手くいって会社にはいい報告が出来るという未来は跡形もなく消えてしまった。約束していないと言われたのだ。無下に扱われ、用意した商材に目を通すことも無く、担当者は商談コーナーから去って行った。

 どこでもそうで約束はしていない。そんな話は知らない。担当者によっては席を外しているとも言われた。


 最後に行った企業はきれいなオフィスだった。もしかして自分は何かに化かされてここに来たのだろうと思った。何度か電話して出ても部長はアポイントは取ったと言い張る。説明の仕方が悪いのではないかとこちらを疑う始末だ。


 商材を間違えたのかと思って、僕は資料を見直した。配布資料はやはり広告商材と連携に関してだ。


「こんにちは」

 ここの企業は先ほど連絡をしておいた。いちおう、見てみたいと言ってくださったのだ。部長はまたアポイントを取っていないらしい。


「お忙しいところ申し訳ありません。私A商事の山本と申します」


「私は営業の担当ではありません。ただの年金受給者になりたくないだけの身分です。こちらへどうぞ」


 交わされた名刺は専務とあった。部長はとんでもない人を釣り上げたらしい。


 通された会議室で僕は用意のしてあるプロジェクターを設定し、パソコンを立ち上げた。会議室にはその専務だけ、順調にことは進み、外で聞かれているであろう説明には熱が入った。

 ここでの営業で来年の業績は大きく変わる。黒にするのだ。そして真中さんにお付き合いを申し込む。来年からは主任だ。



「お見事。熱のこもった名営業」


「お褒めの言葉恐縮です」


「それで採用するかしないかは一度検討する。なので、今日は帰りなさい」


「そのご無礼な事を」


「君の熱意には感動した。うちで雇いたいくらいだ」


「そんなそれほどでも」


「それにしても君はどこから来たんだね」

 名刺を見れば分かるだろうに、ちゃんと名刺にも書いているはずだ。


「東京都A市から参りました」


「うん、名刺通りだ」

 何を確認されているのだ。


「申し訳ない。人の話を聞くのが好きなのだ。今日は誰も来ないが、新幹線の時間が大丈夫なら少し付き合ってくれないか。酒は苦手なんだ」

 僕も酒煙草は嫌いで、しかも好感触なところが嬉しかった。


 僕は生まれ育った東京都での研究からとある東北の観光資源を学生時代に発掘し、それを元に起業しようとしたら、うちの会社で働かないかと今の会社に誘われた話をした。


 専務はうちの課の事を話す時に何度も深くうなずいた。


「申し訳ない。私は少し性格が悪いようだ。君は前もここに来なかったかい?」

 うちの会社から大阪に来たのは僕が初めてだった。もしかしたら前任の担当者がいたのか。


「引き継ぎの管理が出来ておらず」

 そう正直に言うと、いいよいいよと答えてくださった。


「今日のプレゼンの映像を撮っておいたから帰りの新幹線で見てみなさい。今後のいい参考になるよ」


 なんだったのだろうか。宿泊先のホテルに戻り、帰る準備を進めた。明日の朝までゆっくりしながらさっきの映像を見てみるか。


 専務は勘違いしているようだ。こんな会社員がいるなんて驚きだ。髪はぼさぼさで髭はマスクからはみ出ている。これはこんな風になるなよという有難い訓示なのだろう。明日の新幹線は新大阪から出るのぞみだ。


 京都名古屋新横浜品川東京。ゆっくりグリーン車で帰ろう。


 朝、きちんと身だしなみを整えて、僕は新大阪に戻った。

 僕は東京に帰る為、新大阪のホームから東京に帰る特急くろしおに乗った。

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茜色の街で何を思うか ハナビシトモエ @sikasann

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