第6話 夏①
嵐のような春はあっという間に過ぎていた。もう手を伸ばせば夏に届きそうだ。もう一人の私は新しい環境でも楽しくやっているようだ。友達関係に1年間のブランクがあるようなものなのに、さすが私だ。
今日は私が登校する番なので、身支度を整えて玄関を出る。そこにはいつも通り華が待っていた。他愛のないない話の中で昨日の私が何していたかを適当に探りつつ登校するのもすっかり日常になっていた。華との仲は今まで通りのままだ。つまり、進展はしていないがお互いに一番の友達だと思っている状態のまま。ここからどう距離を詰めていったらいいのかは高校2年生の私にはまだよくわからないままだ。
「双葉~、たすけて~、数学全然わかんない~」
昼休み、お弁当を食べながら華から助けを求められた。もう一人の私が現れてからというもの以前よりも勉強も頑張るようになったため、一応私でも華の相談に乗れるくらいにはなった。
「いいよ、食べ終わったら見てあげる。」
まあ、もう一人の私には敵わないんだけど。それでも華から頼りにされているのはやはりうれしい。
「そうだ、もうすぐテストだし週末に勉強会しようよ。」
突然の華からの提案。
「え、いいけど。華の家で?」
「もちろん。双葉がうちに来るのってなんだかんだ中学以来?」
当然華の家に行ったことはあるし、部屋で一緒に受験勉強もした。でもそれはまだ彼女を親友としてしか見ていなかった頃の話なわけで。
「わかった。じゃあ週末ね。言っとくけど遊びに行くわけじゃないからね。」
何とか平常心を装いながらそう返す。声、上ずったりしてないよね?
「うん、楽しみにしてるね。」
そう返す華の笑顔が私には何よりも眩しく映った。
部活を終えて家に帰ると夕食の支度が終わるころだった。もう一人の私と家事の分担ができるようになってから時間に余裕が持てるようになった。そういう意味ではこいつに感謝はしている。
「おかえり、もうご飯できるよ。」
「ありがと、着替えてくる。」
全く気を使う必要がないため自分自身との同居は気が楽でいい。非現実的な日常に不安はあったが今のところ上手くやれていると思う。
着替えを済ませてリビングへ向かうと、既に二人分のカレーが用意されていた。
「で、今日の学校はどうだった?」
夕食時に学校での出来事を報告するのは二人で決めたルールだ。その甲斐あって学校生活は順調そのものだ。誰とどんな話をしたかを朝から思い出していく。昼休みの話に差し掛かったところで、突然もう一人の私が話をさえぎってきた。
「まって、あんた週末に華の家へ行くの?」
「そうだけど。」
「それ、私が行ってもいい?」
確かに華に勉強を教えるならもう一人の私の方が適任だ。華からの誘いに舞い上がってそこまで考えていなかった。
「今回は勉強会だから。できない同士で教えあった方がいいと思う。だから私が行く。」
どうしても華の部屋へ行きたい私は必死に反論する。
「いや、テストが近いんだし私が教えた方が華のためになると思う。だから私に行かせて。」
どうやら目の前の私も譲る気はないようだ。でも譲りたくないのはこっちも同じだ。折角の距離を縮めるチャンスなのだ、なんとしてでも私が行きたい。
「いや、約束したのはこっちだから私が行くから。」
「いやいや、私が二人に勉強教えた方が間違いないと思うよ。こっちには1年分の積み重ねがあるんだから。ほら、華のためにもここは私に譲りなって。」
華のため、痛いところを突いてくるな。しばらく言い争ったがどっちが行くかは一向に決まらない。
「「わかった、もうじゃんけんで決めよう。」」
同じタイミング、同じ声、同じ言葉で絶対に負けられないじゃんけんが始まる。
「「じゃんけん、ぽん!」」
私の渾身のパーはもう一人の私が出したチョキの前に敗れた。
「やったー!はい、この話はここまで!じゃあ、報告の続き聞かせて。」
うなだれる私と対照的に彼女は今にも小躍りしそうだ。
もう一人の私が行った方が華のためになるって頭では理解している。けれど、華に向かうこの気持ちはそう簡単には割り切れない。失意の中で食べたカレーの味はいつもよりも薄いような気がした。
次の更新予定
3日ごと 00:00 予定は変更される可能性があります
春の風と異邦人 綾瀬 雅 @sess_gla
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。春の風と異邦人の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます