第5話 春⑤
朝日がまぶたを射す。朝に気づいた私は眠い頭のスイッチを入れようと起き上がり、凝り固まった体を伸ばす。昨晩はもう一人の私に部屋を部屋を占拠されていたので、仕方なくリビングのソファで眠りについたのだった。昨日は本当に色々なことがあった。私がもう一人現れるなんて、やっぱり夢だったんじゃないだろうか。
顔を洗った私は学校の支度をするために自室へ行くことにした。ノックをして扉を開けると、そこにはベッドで気持ちよさそうに眠っている私がいる。
「おはよう。よく眠れた?」
ベッドに腰かけるともう一人の私に話しかける。ゆっくりとまぶたが開き、視線が合う。やっぱりこいつも朝が弱いのか、まあ私だから当然なんだけど。
「おはよう。やっぱり夢じゃなかったんだ。」
あくびを噛み殺した声で彼女が返す。
「どうやら本当に二人になっちゃったみたいだね。」
「あれ、まだこんな時間?そっか、あんたは朝練があるもんね。」
時計を見たもう一人の私が少し寂しそうにつぶやいた。ここで私はある問題に気づく。
「そういえば、あんた学校はどうするの?」
事を大きくしたくない私は彼女と二人登校するわけにはいかない。そもそも制服も一着しか持ってないし。
「そのことなんだけどさ...」
もう一人の私は改まったように向き直るとこれからの計画を話し始めた。
「ここはもともとあんたがいた世界で私が突然現れた異物なのは分かった。でも、私も学校は行きたい。一年分の記憶は違うかもだけど友達と話したいし。それに、華にも会いたい。」
もう一人の私は真っ直ぐにこっちを見ながらそう告げる。
「だから、毎日交代で学校へ行こうよ。」
それがこの半日で彼女が出した答えだった。私はそれに、少し間をおいてこう答える。
「いいよ。詳しいことは帰ってから話そう。」
あんなことがあっても彼女は立ち直って前に進もうとしている。さすが私だと少し、誇らしく思った。もちろん、本来なら私が毎日学校に行けてた訳だから思うところもある。でも、彼女の痛みはそれ以上によく分かる。だから私はこの提案を受け入れることにした。
「ありがとう。じゃあ悪いんだけど私が行く日は部活に出られないから、今日先生に伝えておいてほしい。」
「オッケー。家庭の事情ってことで上手く言っておく。」
じゃあまた放課後にと言って私は部屋を後にした。
いつもより少し遅めに家を出ると、いつも通り華が待っていてくれた。
「もう、双葉遅いよ。朝練遅れちゃうよ?」
少し怒ったような声もかわいらしい。
「ごめんごめん。ちょっと準備に時間がかかっちゃって。」
私たちは並んで速足で歩き始めた。
放課後、夕焼けの葉桜並木を歩きながら私は華にこう切り出した。
「ねえ華、ちょっと話さないといけないことがあるんだけど。実は明日から毎日部活行けなくなるっぽいんだ。」
「え!?何かあったの?」
こっちまでびっくりしてしまうような驚きようだ。中学の頃から部活が生きがいみたいな生活を送ってきたから無理もない。
「まあなんか、家庭の、家族の事情みたいな感じで。」
ぼかしつつそう答える。我ながら言い訳が下手くそ過ぎやしないだろうか。
「そうなんだ...なにかあったらいつでも相談に乗るからね!」
華は泳ぐ私の視線を捉えるように言った。
「ありがとう、華。じゃあ明日は朝練に行かないから、悪いけど先に学校に行ってて。」
「むぅ...わかった、けどちょっと寂しい。」
寂しい。華の言葉にこれからの生活へ思いをはせる。毎日華に会えなくなってしまうのか...それはとても、いやかなり寂しいな。でも、華も寂しいと思ってくれているという事実が私は嬉しかった。
その後は、一緒にいられる幸せを噛み締めるようにゆっくり歩いて帰った。二日分の会話をしようと、いつもよりも口数は多めだったように思う。でも、幸せな夢のような時間にはいつか終わりが来てしまう。
「じゃあ、双葉。また明日学校でね。」
「うん、また明日ね。」
明日華に会うのは私だけど私ではない。ちくりと胸を刺す小さな嘘の罪悪感を残したままで、この日は華と別れたのだった。
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