第4話 春④
部活が続けられなくなった―――。
目の前の私が告げた事実に沈黙が流れる。彼女は中学の時から学校生活の多くを占めていたものを失ったのだ。それはどれほどに辛いことだったのだろう。
「それから私は勉強に打ち込んだんだ。」
何かに全力でいないと乗り越えられなかったから、そういって彼女は力なく笑った。
「それで、あんたは事故もなく健やかに高校生活を送っている私ってことでいいの?」
「そうだよ。毎日華と二人でと学校に行って部活をする毎日を送ってた。」
華の名前を出すと、もう一人の私の顔がわずかに曇る。
「華も部活を続けているんだ。」
「そっちの華は辞めちゃったの?」
「うん、あんなことがあったから。」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。話題を変えようかと思ったが、引っかかったのは華のことだった。
「ねえ、これって華も分身してたりしないかな。」
「確かに。突然分身したのが私だけとは限らないね。」
二人で相談した結果、一度彼女に電話してみることにした。昼に別れてから初めて華の声を聴くことになるドキドキは、今自分に降りかかっている異常事態にかき消されてしまいそれどころではなかった。
コール音が数回なった後、華は通話に応じてくれた。
「もしもし、双葉どうしたの?」
華の声は電話越しでも可愛い。
「もしもし。変なこと聞くけど、身の回りで変わったことが起きたりしてない?こう、人が増えた!みたいな。」
スピーカーモードになっているスマホに私は話しかける。
「え?なに?怖い話?ちょっとやめてよ~」
華の様子に不審な点はない。どうやら華のドッペルゲンガーは現れていないようだ。
「ごめんごめん、冗談!冗談!」
私は努めて明るく笑い飛ばす。華が分身していないとなると、気になるのは電話の向こうにいる華が私が事故にあったことを知っているかどうかだ。目の前で聞いている私に目配せをし、意を決して問いかける。
「そうだ、去年の春コンビニの近くの道路であったこと覚えてる?」
「コンビニ近くの道路?なにかあったっけ?」
華は事故の事を知らなかった。つまり、勉強机に向かっていた私の方が突然現れた私ということになる。
「いや、なんでもないよ。じゃあまた明日学校でね。」
「うん?また明日ね。」
華がそう言い終えると私は通話終了ボタンを押した。
「そうか...突然現れたのは私の方だったのか...」
目の前の私はどこか遠い目をしていた。無理もないだろう。普段通りの日常を過ごしていたらいきなりお前は元々この世界にいなかったと言われたようなものなのだから。
「大丈夫?」
「ちょっと部屋で一人にさせて。いや、あれはあんたの部屋か。」
やはり相当ショックを受けている。私としても目の前で自分が落ち込んでいる姿を見せられるのは居心地が悪い。
「いいよ。あんたが落ち着くまでは譲ってあげる。」
空の弁当パックを持って立ち上がると私はそう言った。
「ありがと。私って意外と優しいんだね。」
そう言い残して、もう一人の私は階段の上へと消えていった。
その後何人かの友達に電話をしてみたが、みんな口をそろえて事故の事なんて知らないと言っていた。どうやら本当に彼女がもともとこの世界に存在しなかった私みたいだ。
今起きていることは現実なんだろうか。彼女が突然現れたみたいに、このまま私の部屋のドアを開けたらもういなくなっていたということはないだろうか。そう思った私は一度扉をノックしてみることにした。
コンコン―。
「ごめん、もう少しだけ一人にさせて。」
部屋の中から私の声がする。
「こっちこそごめん。あんまり思いつめないでね。」
「うん。ありがと。」
そんな会話が、彼女の存在がどうしようもなく現実のものであることを実感させる。もう一人の自分のことを案じつつ、私は部屋の前を後にするのだった。
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