1.平穏の崩壊

小国ディアン。世襲制を採用しており、近隣の国との戦争などとも無縁のこの国はそれなりに豊かな国だ。

そんな国の辺境にあるスラト村にアステル・ロウは住んでいる。身も蓋もない表現をして仕舞えば田舎の国の中の田舎だがアステルはそれをとても気に入っていた。確かに魔物も星獣も出るそれなりの危険な土地ではあったが、幼い頃から剣技を鍛えられていたお陰でどちらを倒すのにもそう苦労はしなかった。寧ろ村人達に魔物の肉を分け与えるのが少しの楽しみにもなっている。


今日も魔物の中を稼いで村人達に振る舞おうと森の中をアステルは一人歩いていた。

足跡を消し、気配を殺して静かに森の中を歩き回っていると猪のようなシルエットが見えた。

「あれは…脂も乗ってそうだし大きさも丁度いいな」

今日の獲物はこれにしよう。獲物を決めた後のアステルの動きは早い。罠の設置、誘導、普段から使っている片手剣の準備をこなし獲物が罠にかかるのを待つ。

この緊張感がアステルは好きだ。精神を保ちながら少し待っていると猪は罠にかかり動きを封じられる。そこを狙って飛び出しアステルは猪の心臓部に向けて剣を突き刺した。猪の悲鳴が少しの間響いた後沈黙が訪れる。

よかった、今日も上手く行った。

安堵しながら猪を背負いアステルは村へと戻った。


「あ!アステル、おかえりなさい!」

「ただいま、リリィ」

「今日は猪を捕まえたのね!また豪華なご飯になりそうだわ」

どうこれを調理してやろうかとリリィ-アステルの幼馴染-は一人でペラペラと喋っている。

「皆で分けて食べるから独り占めは駄目だぞ」

「わかってるわよ!でもやっぱりこんな大きな肉を見ると、ねえ?」

しょうがないやつだなとため息をつきアステルは一の自宅へと戻る。どうせこのままリリィと話していても延々と食事の話が続くからだ。初めは真面目に聴いていたがあまりにも長い時間マシンガントークを続けるので適当に相手にすることにしたというのが主な理由でもある。

自宅に戻るといつも通り簡素なレイアウトの部屋が自分を出迎えてくれる。小さなキッチン、色んなものが詰められた箪笥、少し古びたベッド、たまに軋む音の鳴る机とソファ。買い替えもしようと思えば出来るのだが、アステルは自分の身の回りに対する関心が薄いのでそんな発想には至らなかったのである。

荷物を適当に地面に放ってからベットに沈み込む。そのベッドも近くの街で適当に安く購入したものなので寝心地がいいとは言い難いがそれなりに疲れた体を癒す程度の効果はある。

「あー……なんか結構疲れたな」

毎日のルーティーンをこなすだけでこんなに疲れるものだっただろうか。

アステルの中の疑問は解けないまま意識は微睡んでいった。



目を覚ましたのは聴き慣れた女の声でだった。

慌ただしく叫んでおり、寝起きのボケた頭でも流石に意識がはっきりしてくる。

「なんだよリリィ、そんなに騒いで。まだ夕方だぜ?」

「そんな事言ってる場合じゃないわよ!早くここから逃げないと!」

状況がまるでわからない、なんて考えつつ自分の肩をゆするリリィから目線を外し窓を見ると炎の影が見えた。

「………村が、燃えてる?」

「そう!早く逃げないと私達、星神教団に捕まってしまうわ!」

星神教団、最近名前を聞くようになった新興宗教団体の名前だ。曰く星神の再臨を以って世界を破壊し再生するなんて思想を掲げた集団だとは聞いていたがまさか自分の村に被害を及ぼすなんて思っていなかった。

認識が追いつかずぼんやりしているアステルの肩をリリィが叩き意識を明瞭にさせると今度は立ち上がらせて手を引く。

「いいから早く逃げましょ。あなたは絶対ここから逃げなきゃダメなんだから」

「それって、どういう…」

「説明は後!いいから早く出るのよ!」

言われるがままにリリィに連れられる。念の為普段使っている剣と鞄だけは持って外に出ると惨状が広がっていた。長閑な村だったはずのそこは今や悲鳴と血に塗れ、見慣れた顔馴染み達の遺体が転がっている。

そして遠くから聞こえる声がアステルの恐怖心を更に増幅させる。

「金髪に夜色の目を待つ男を探せ!そいつさえ捕まえられるなら他は皆殺しにしてもいい!」

「お、おい。今のって…」

「そう、教団の狙いはあなた。だからここから一刻も早く逃げなきゃいけないのよ」

「………わかった」

本当はそこら中に倒れている村人達に手を差し伸べたかったが、そんな時間も管理も今はなかった。この惨い現状の中心が自分なら早く逃げなければならない。

アステルは長い気持ちを噛み締めながらリリィに連れられ、昔使っていた森の中の秘密の小道を走って行った。


幾ら走っただろうか。悲鳴も燃える音も遠くなって、追手の歩く音も聴こえなくなってきた頃、ようやく息を吐く。

「……一旦、大丈夫か?」

「わからない。でももう少し歩いて森を抜ければ街があるわ。そこまで行けば流石の教団も手は出さないと思う」

「じゃあそこまで走らないとな…よし、休憩は終わりだ。走る、ぞ……-」

アステルが隣で休んでいたリリィを見ると、リリィの胸は黒い槍で貫かれていた。

「なっ…!?」

「逃げるのに夢中で人の気配に気付かなかったようだな。獣の魂の所有者と聞いていたから期待していたがそこらの一般人と同じか」

槍を引き抜いて黒い装束に身を包んだ男はため息を吐いた。

何が何だかわからない。どうなってるんだ。リリィが何故俺より先に死なないといけないんだ。溢れ出る疑問と怒り、自分の無力感にアステルの頭の中がごちゃごちゃになる。

「お前が獣の魂なのだな?我ら教団と共に来てもらおう。純粋な世界を作る為に」

「……幼馴染の女を殺すような奴に従う気はないな!」

震えた声で啖呵を切るが相手には虚勢が察されているのか男はまたため息を吐く。

「ならば無理矢理にでも連れて行く。それが我らが教祖の願いなのだからな」

男の手がアステルに伸びて触れようとした瞬間、閃光が走る。

「なっ…!?これは、太陽神の光!?」

「その子連れていかれちゃうと困るんだよなあ。だから君には少し変えてもらおうかな!太陽を司る神よ!彼の者をここから引き剥がし給え!」

知らない声が詠唱を終えると閃光が止むと同時に黒装束の男は消えていた。

光も収まりアステルは慌ててリリィを見る。

「リリィ!」

「あ、アステル……私、ちょっとだめかも…」

「そんなこと言うな!お前、俺より年上なのに俺より先に逝くなんて許さないからな!」

だがリリィの言葉が事実なのは目に見えてわかってしまう。槍で貫かれた部位がどんどん赤黒く変色し、全身にまで侵食していたからだ。

それを見ていた、聴き慣れない声の男はリリィの体に軽く触れた。

「強力な月の魔力による呪いだね。これは流石に専門家がいないと治せないし、そもそもここまで来ると浄化も間に合わない」

「そんな、助からないのか!?あんたはなんか事情知ってそうなのに、これはどうしようもないのか!?」

男は無言で首を横に振り長い顔を見せた。彼もまた、助けられない命に悔しい思いをしているのだと察してアステルは黙る。

「……そいや、あんた名前は。俺はアステル」

「ケイアスだよ、よろしく」

ケイアスは名を名乗るとかけていた眼鏡の位置を調整してから立ち上がる。

「この子はもう助からない、数分も経たずに死んでしまう。でも敵からは逃れられたからこの森を抜けたら埋葬してあげよう」

「………わかった」

毎日顔を合わせていた人間の命がこんなにも容易く消えるなんて想像していなかった頭が嘘だと叫ぶがアステルは事実を受け入れ、ケイアスの後をついていった。


森を抜けると平原と、少し遠くに見慣れた街が見えた。ケイアスは周囲を確認し安全だと確信すると適当な場所を見つけて魔法で地面に穴を開けた。

「ここに、彼女の亡骸を」

「うん…ありがとう」

真っ黒になった遺体を穴に入れるとまたケイアスが魔法で穴を埋める。あまりにもあっという間な命の終わりに呆気を取られながらも現状を知りたい気持ちが抑えられずアステルはケイアスに向き合う。

「なあ、なんで俺が狙われたからって知ってるか?それと、獣の魂がどうとかって」

「それについては僕が答えられる範囲で答えるよ。歩きながらにしようか。街に着く頃までにわかるようにね。


歩きながら聞いた話をまとめるとこうだ。

アステルは教団が長年追い求めていた「星色の金髪に夜色の目を待つ人間」で、教団はどうしてもその要素が揃った人間が必要だという事らしい。そしてそれが達成できるのであればこちらの心情なぞ無視して破壊活動でも殺戮でも何でもする集団であるという事だった。

それらの説明を受けた時、アステルの中に出てきた感情は絶望だった。捨て子で、行き場のなかった自分を暖かく迎え入れて村人の一人として様々な事を教えてくれた人々は自分が理由で殺されたのだ。

「ショックを受けるのも無理はないよ。君一人の為にまさか連中があそこまで動けるのは僕も正直予想外だった。君が一人で背負う必要は無い」

「……だけど、俺がいなかったら村の人達は死なずに済んだ筈なんだ…リリィも、あんな姿にならなかった」

普通の人の姿のまま死ねなかった幼馴染の笑顔を思い出すとなおさらアステルの中に苦痛が増していく。それを見ながらケイアスは話を続ける。

「今の君に今後を聞くのは酷だとはわかってるけど、君はこれからどうしたい?君に意志さえあるなら僕が安全なところまで連れて行って君を保護するよう上司に頼もうと思うけど」

「……」

自分だけがそんなに都合よく助かっていいのだろうか、などと考えていると思考が後ろ向きになっていくが、ふと浮かんだリリィの笑顔と言葉が思考の流れを切り替える。

「…俺を、あんたの上司のところまで連れて行って欲しい。自分だけ助かるのは嫌だけど、俺の為に死んでしまった人達の死を無駄にしたくない」

「わかったよ、そしたら道中で僕の用事をこなしながら上司ののところまで連れていくね。よろしく、アステル」

「ああ、こちらこそ」

軽い握手を交わすと二人は街まで歩き始めた。

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ステラ・テイル @Yushel217

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