第3話  ケダモノの末路

幌馬車は魔術師の街を前にして盗賊に襲われていた。


商人は買い入れのために集めた金貨を奪われる。貧しい親子は引き剥がされ、まだ若い母親が乱暴に引きずり出されようとしていた。だが、仕方がないのだ。


盗賊にも生きる権利があり家族もいる、生活の為に仕方なく弱者を狙い、襲い、騙し、辱しめ、殺し、奪う。これは正当な行為、彼らも必死なのだ。卑劣な犯罪者の豊かな人生のために、真面目な弱者は黙って餌食となるべきだ。これは襲われる側が負うべき当然の義務だろう。


この仕事が終わったら家族で王都へ旅行に行こう、泣いてる子供を踏みつけながら家族思いの盗賊が旅のプランを練っていると、彼は遠方から信じがたい速さで近付いてくる二匹の獣を見た。


一匹の獣は跳ねるように近づいてくる、あれは鹿だ。

もう一匹は地を這うように、砂埃と煙を巻き上げ……あれはなんだ?



「ありがとう・見て・いられなかったん・です」


「面倒持ち込みやがって!ほんま図々しいなおまえらは!」



人面の鹿とアーカシ姫さまのモフモフが走る。オリビアは後部座席で飛ばされないよう姫さまにしがみつく。朝から人面の鹿に起こされ不機嫌な姫さまの背中は硬く、暖かだった。


モフモフは地を蹴り駆け抜ける、獣どもに、より凶悪な獣をお届けするために。


盗賊は驚く、鹿だと思ったら人の顔を持つ魔獣もそうだが、何より地を這う獣だと思っていたのは人間じゃないか。しかも二人、どちらも女。金髪の方は獰猛な顔つきだ、これは世の為に退治せねば。


アーカシ姫さまは盗賊の手前でモフモフの後輪をロック、横向きに滑らせ盗賊にモフモフごと体当たり。弾き飛ぶ盗賊、飛び降りるお姫さま、幌から飛び出た別の盗賊の頭をかじる人面の鹿。


オリビアは少々魔法の心得はあるが、そんなもの戦闘には向かない。あれは便利な超能力でもなければ神の奇跡でもない。もっと悍ましい深淵の哲学、オカルトの顕現なのだ。


それよりお姫さまを見よ。

残った盗賊は目視で6人、あえてその中心に姫さまは移動する。


相手が女1人、盗賊は男6人、となれば有利な盗賊は武器を使わず取り押さえることを選ぶ、商品は傷がない方が価値があるからだ。


彼らは取り囲み、一斉に飛び掛かる。


どんなに不利に見えても、相手がどう動くかわかっていて、それを検証する時間が無限にあれば、千人相手だって個人で勝てる。勝てないのは、相手も検証してくるからだ。


この場合目先に囚われた盗賊たちは不自然な姫さまの行動に検証をしなかった。


【中国山陽武術:矢真朽拳 不倶千本掌】


要は取り囲む6人を効率よく打撃で倒しただけ。

その状況を何百年も考察し、失敗は死につながる歴史を重ね

最新の最適解を学び、修行する、それが武術。

その結果が今目の前で倒れる盗賊の悶える姿だ。


なお魔法は、その対極に位置する。


アーカシ姫さまは倒れた盗賊に一人ずつ致命的な大怪我を与えて回る。主に腕を引き上げ脇をかかとで踏みつけているのだが、武骨で固いブーツも相まって数週間は身動きが取れないだろう。まあ動ける頃まで生きていればの話だが。


姫さま唯一の誤算は、モフモフに弾かれた盗賊が、案外無事だったことだ。逃げようとする彼を放っておいても問題は無いが、オリビアも役に立ちたい気持ちはある。今なら魔法の一つも使えそうだ。


起き上がろうとする盗賊の唇に、オリビアがそっと人差し指で触れる。



「あなたは羊、山羊の餌、選ばれた贄、鐘がごーん」



ごーん


ごーん


ごーん


ごーん


ごーん


ごーん


ごーん


ごーん

   盗賊が見たのは

ごーん

   唇に触れる山羊の目の少女

ごーん

   体が硬直

ごーん

   生臭い汗

ごーん

   触れてはならない

ごーん

   何かに触れた

ごーん

   妻よ、息子よ、済まない

ごーん

   もう会えない

ごーん



隠れていた最後の一人がアーカシ姫さまの一撃で倒れたのを確認すると、幌馬車から一斉に全員が飛び出し、倒れている盗賊を縛り上げていった。


どうせ全員街で縛り首だろうが、さっきモフモフで弾き飛ばした盗賊が頭を強く打ったのか、舌を出し〇〇を〇〇〇〇〇して、涎を垂らしごーん、ごーんと呟いている。悪いことをしたと反省するお姫さま。そうではないのだけど黙っておこう、それが魔法だから。



◇◇◇



魔導士の街に入ると、幌馬車の乗客と街の衛兵に改めて感謝された。興味なさげにはいはいどーもとお尻をかきながら聞いていたアーカシ姫さまだったが、賞金が出ると聞き態度が豹変、金額から支払方法、場所、時間、をしつこく聞き、挙句の果てに値上げ交渉を始め、無理とわかれば支払金額を決める人の名前、住所、年齢、趣味、友人関係を聞き出そうとして、せっかく集まった人望と尊敬が失われていく様をオリビアはすこし距離を空けて見ていた。


アーカシ姫さまはモフモフに乗るとき以外は髪を束ねない。頭を締め付けるのが嫌だからという。オリビアはせめて服だけでもなんとかしてあげたい、この町でなにか見繕ってあげよう、そう思っているが、当の本人が興味なさげだった。


この街は魔導士が多く、彼らは一様に黒いフードをかぶり性別も年齢も分らない。人種は普通に人間だと言われているが、なぜか口調も独特である。魔導士が使う魔法は、健全で科学的、オリビアが使う魔法とは解釈が違う。


アーカシ姫さまは探し物があるという、そのため魔道具を置いてある店を探していると、いかにもという感じの怪しげな店を見つけ、入ることになった。黒いフードで顔も見えない店主が、かすれるような声で歓迎してくれた。



「いらっしゃい……ませ……」



姫さまは探し物があるといいながらも、ついつい色んなものに目が行ってしまう。普段なんでも興味なさそうにするのは、好奇心旺盛な自分自身を押さえるためなのかもしれない。ごそごそと店の中を漁っていると、気になるものがあったらしい。



「店主、この薬はなんや」


「魔法の……痩せ薬です……必ず……痩せます……」


「おおお!ええやないか!」


「はい……少しでも……太ると……死にます……」



棚に戻す姫さま

横にある液体の瓶も気になるようだ



「これはなんや」


「魔法の……美容薬です……ひと瓶飲めば……お肌がつやつや……」


「ええやないか、中身はなんや」


「油です……」


「魔法関係無いやんけ!」



つやつやと言うよりテカテカになりそうだ



「この魔法の杖、先が曲がってるな」


「背中のかゆみを……止める魔法専用です……」


「孫の手やん」


「水晶玉など……如何でしょう……」


「お、何が見えるんや」


「お年寄りでも……新聞の字が大きく見える魔法……」


「老眼鏡やん」


「ヤモリの……干物など……如何でしょう……」


「魔術の触媒か」


「いえ……酒の……おつまみに……」


「それ買うわ」


「買うん……かーい……!」



結局その日は何も見つからず、アーカシ姫さまはヤモリをかじりながら宿に帰った。




――――――――――――――――――


【中国山陽武術:矢真朽拳 不倶千本掌】

──注釈

山口県はフグの名産地、コリコリとした肉厚で淡泊な身は絶品

ポン酢で食べるのが一般的だが、筆者はわさび醤油で


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危険な令嬢と関西弁のお姫さま! ゆりきっす@黒い安息日 @Black-Sabbath-Snowblind

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