犬になりたい凡人凡夫
目々
自己決定権及び愚行権
昨日の夜はあれですね、帰り際に寄ったコンビニで煙草買うついでに適当な弁当とレモンサワー買ったんですよ。そんで家帰って食って、配信に見たかった血の気多めのホラーが来てたんでそれ流して、日付変わるあたりで寝る前の一本吸ってから寝ました。
だからちゃんと食えてるし遊んでるし寝てんですよ、何回同じこと聞くんです。何なら吸った煙草の銘柄まで──そうですよマルボロです。知ってますよね、毎度サークル棟んとこの喫煙所で顔合わせてるわけですから。
怒ってるかどうかったら、まあ。程度としては寸前って感じですね。いきなり頭の医者みたいなことを延々と聞かれたらね、普通の人は怒るんですよ。だって鬱陶しいもの。先輩そういうところ気をつけた方がいいと思いますよ、俺より繊細で面倒なやつなんてごろごろいるんですから、そういうやつに同じことやったら刺されるまでありますからね。先輩そういう顛末似合うじゃないですか、なんかこう、気配が。何ですかね、泣きぼくろとかのせいですかね。押せば無茶が通せそうな感じ。
……別に先輩と話すのがどうこうってのじゃないですよ。だったら最初にあんたがサークル室入ってきた時点で逃げてますから。嫌いなやつと一対一で平気でいられるほど、俺って人間できてませんし。
分かってはいますよ、先輩がどっちかっていうと俺んこと──心配? してくれてんのは。ただそうされる理由がよく分かんなくて困ってたところに、迂遠な世間話っぽい質問をだらだらぶん投げられるからかっとなっただけで。
なんですか、そんなに俺分かりやすく顔色とか悪いんですか。血色悪いのはあれですよ、元からです。一族郎党生っ
つうわけで見た目ほど不健康じゃないんですよ、申し訳ないですけど。酒は飲みますけど酔いがなかなか来ないから面白くなくって頻度も量も控えめですし、煙草は先輩も知ってるでしょう。常識的な喫煙量でしょうし、直ちに生活に影響を及ぼすようなもんでもない。
こういうこというと精神の問題、みたいなこと言い出されるんですけどね。あれでしょ、健全で安定した精神を保つために、趣味っつうか依存先を複数持ちましょうみたいな。趣味がないのも問題だけど、一つっきりでのめり込むのもあんまりよくないみたいな注文の多いやつ。
俺ちゃんと趣味ありますよ。映画もそこそこ見ますし、本も気が向いたら週に二冊ぐらいは読みます。あとはまあ、最近は心霊スポット巡りもしてます。インドアとアウトドアでバランスが取れてる。
何ですかその顔。俺も言い間違ってないですし、先輩も聞き間違ってないですよ。趣味で心霊スポット巡りしてるんです。月二ぐらいの頻度で。
巡りっていうとあれですね、フットワーク軽めで範囲広めみたいな印象になりそうですけど、そんなに大それたことはしてないです。そもそもそこまで遠出とかしませんよ、何だかんだで学生ですし、バイトもしてますし。近所、遠くても電車で日帰りできるくらいのやつをメインにしてます。だから運動量としても大したもんじゃないし、あれですね、散歩の強化版ぐらいのもんです。
ていうか巡ってる先もそこまでご立派な心霊スポットじゃないんですよ。そうですね、大学の最寄り駅、そこの北口から少し歩いたとこにある公園とか。先輩も分かりますよね? あそこの公衆トイレ、男性用の個室で首吊りがあったんですよ。あったところの個室はすぐ分かります、ドア外したままになって便器も外されてるから。
あとはそうだな、俺んちの近くだとコンビニ手前の交差点、あそこでバイクがこけて轢かれて死人が出てるんですよね。現場近くにカーブミラーあるんですけど、そこの根元に花供えてあるんですよ。こう、支柱のところにワンカップみたいなのが括りつけてあって、仏壇とか墓でよく見る系の花がある。枯れてんの見たことないんで、誰かしらがまめに変えてるんでしょうね。
ちょっとだけ本格的なのも一応ありますよ。ぱっとみ地味目の一軒家で、ちょっと玄関のガラスがばかっと右半分欠け割れてて窓のカーテンがないし、裏庭の一角に三輪車とか布団みたいなごみが山積みにされてる、息子が親殺して自分も死に損なったみたいな噂の廃屋とか……これはね、ちょっと遠出したんです。駅名とか路線は内緒ですけど、普通の住宅街の中にあるんですよね。
そんなとこ行って何してるんだったら、まあ、大それたことはしてないですよ。首吊りトイレは夜になると首が切り分けたピザのチーズみたいに伸びた男が出るっていうから個室入って写真と動画撮って、事故現場のところは酒持って通りかかると足を掴まれたり噛まれたりってことだったんでコンビニで缶とボトルにカップ買って袋提げたまま十分ぐらい突っ立って知り合いと通話して、廃屋はとにかく近寄るだけでアウトって雑な感じだったから裏庭回ってから鍵がダメになってる裏口から土足で上がって居間っぽいところで読んだら死ぬ詩を朗読してきたとか、そんな感じです。大したこと……ああ、まあ、廃屋だけちょっと引かれるやつではありますね。不法侵入で土足ですから。内緒ですよ、先輩。別に話したきゃ好きにしてくれていいですけど、一応。よくないことしてますから、世間的に。
何でそんな罰当たりそうな真似するかったら、罰当たりたいからですよ。
ふざけてはないですよ。なんですけど、どう喋ってもこうなっちゃうっていうか……嘘言ってないんですけど、俺の頭とセンスのせいでこう言うしかないみたいなやつです。あれですね、言語化が下手? って話だと思うんですよ。よく言われますよね最近。可視化のことは見える化とか抜かすくせに言語化はいつまでも言語化なの、何でだろうって思ってますよ俺は。なんかバランス悪いじゃないですか、なんかしらの。
そうですねえ、あー……俺このまんま生きてても精々酔っ払って階段落ちるとか普通に病気して死ぬとかのつまんない終わり方ぐらいしかできそうにないんで、そんなんだったらもうちょっと有意義かつ派手めな使い潰し方をしたい、んですよね、多分。
ん、まあ、そうすね。意味分かんないっていうか何って言われんのはその通りだと思います。そういうお題目で何馬鹿やってんだったら本当にそうですし。バチが当たって無残に死ぬのと、平均的かつ一般的な人生であっけなく終わるのと何が違うって聞かれるのも分かります。あー……馬鹿が足りなくて味気ないとかそういうんじゃなくて、なんて言やいいのかな、悪ふざけがしたいってわけじゃないっていうか、悪ふざけは手段だって説明すれば少しは通りますかね。
要は能動的なやつなんですよ、きっと。つまんなくてありふれた終わり方にしてもせめて自分の因果を差し込みたいみたいな。そういう動機があるわけですよきっと根っこに。多分。今思いついたんで喋ってますけど。
意味のない人生の参加賞で受動的にくたばるよりかそれっぽい因果応報で死にたいわけですよ要は。
あれですね、最低限生き物って死ぬじゃないですか。哲学とかじゃなくて、事実として。で、その死に方ってのは色々あるわけですよ。老衰とか病死とか餓死とか失血死とか、死に至るまでの過程でちょっとしたアレンジがつく。基本的には誰が悪いとかなくって、死ぬのって運とか巡り合わせとかそういう類のやつになりがちじゃないですか。それこそ寿命とか、そういうやつ。そういう大多数にある死に方だとつまんないな、みたいな感じです──ざっくり言うとめちゃくちゃ馬鹿ですね、主張が。細かく喋っても馬鹿ですけど。うわごとの彩度を上げても気色悪いばっかりだ。
つまり死に至るまでの過程に何かしらドラマティックな類のおまけが欲しいな、だったらバチとか恨みみたいなものだと濃度があって嬉しいよなってのが俺の動機です。
そんでどうせバチが当たって死ぬなら、そのバチを選んだのは自分でいたい、みたいな。分かります?
例えばですね、刃物が喉に刺さって死ぬとするじゃないですか、俺が。この基本パーツは固定だったとしても、その刃物が俺の喉にぶっ刺さった理由が単なる事故と祟りと誰かしらの感情に基づく一撃の三種類から選べるとしたら、単なる事故だとつまんな過ぎて嫌んなるねって話です。
俺、めちゃくちゃ普通じゃないですか。大学も一流とか三流とかの枠にすら振れない中間点、顔もすれ違って五秒覚えてられたら奇跡みたいな地味具合、突き抜けて駄目なわけでもずば抜けて面白いわけでもないみたいな中途半端のつまんない人間。そういう人間って、恨まれたりとか祟られたりみたいな因果の因を貰う機会がそもそもないんですよ。何ていうか、黙ってたらただただ余り物とか無料配布のティッシュみたいなつまんないものしか貰えない。誰かの人生に傷を残すとか、忘れ難い仇敵になるとか、そういう立場はどうあがいても回ってこないわけです。精々レアいのが貰えたとして、人違いのとばっちりで一巻の終わり、みたいな。
それはちょっと嫌だから、だったら積極的に因果を獲得して、ちゃんと名実ともに理由のある祟りでくたばってみようっていう、試みですね、きっと。全部俺理論なんで正当性とか微妙なとこですけど、そういうやつです。平凡で平穏に地味なご臨終より、意外性のある犬死にがいいっていう、ね。
それで何で人間相手じゃなくて心霊スポットでちょっかい出すのかってのも、それなりに理由っぽいものはありますよ。
何て言やいいのかな、他人に、つうか生きてる人間にそういう──関係? みたいなのを頼むのって、重いじゃないですか。
好きとか嫌いとかそういう、思考を割いてくれ執着を持ってくれみたいに迫るの、鬱陶しいなって。こっちが何にも返せない、っていうか俺がそういうのになるのが絶対嫌なんで、じゃあ尚更人には頼めないみたいな。自分がやられて嫌なこと、他人にやるのって端的に邪悪じゃないですか。そういうのはいけないと思うんですよ、こう、道理がないみたいな。倫理に反するっていうか、行儀が悪いっていうか、そういうやつです。少なくとも俺にとってはね。自分ができないことを他人に強いるの、野蛮じゃないですか。無法ですよ。すごくよくない。
だから心霊スポットに頼るんですよ、だって相手が人間じゃないから。
お化けがいるかどうかってのはさておいて、とりあえず何かいるにしても、そいつは人間としては死んだものじゃないですか。じゃあ、生きてる人間相手の気遣いみたいなものは要らないかなって。だって俺とあいつら、別のものですから。そいつら相手になら何頼んでも別にいいかなって判断したわけです。死人に口なしみたいな? ──微妙に使いどころが違う感じしますね、このことわざ。
罰は当たったのかったら、まだなんじゃないですか。だってさっきも言ったじゃないですか、食べれてるし、遊べてるし、寝れてるんですよ。つまり全然健全で、元気ってことじゃないですか。
バチほどじゃない変なことっていうなら、そりゃちょっとはありますけどね。
たまに夜中に目が覚めたときに部屋のどこかで溜息っぽい音が聞こえたりとか、朝に洗面所で顔洗ってて視線を上げた一瞬鏡の端に細長いもんが引っ込んでいくのが見えたりとか、ベランダで煙草吸ってたら空いてる左手の小指にじわじわ握られてる感触っぽいものがあったりとか、そういうの。でも、そんだけなんで、別に。びっくりはしますけど、それ以上はないっていうか。頑張れば気のせいにできなくもない程度なんで、じゃあやっぱり無風ですよ。意味ない。価値が全然足りない。
やっぱまだ、足りないんだと思いますよ。そりゃそうだ、俺みたいなもんでも生きてるわけですから、それの存在に干渉してもらえるだけの因縁を作るの、時間と手間がかかって当然でしょ。人間関係だって基本は長い時間と深い交流で培われるもんでしょうし。カップ麺にお湯注ぐみたいに手軽にはいきませんよ、お化け相手だって。
だからまだ色んなとこ行こうと思ってます。自分でも調べてますし、知り合いにも色々話聞いたりとか。結構ね、知ってるもんですよみんな。飲み会の帰りに電車待ってたら、いきなり「ここ飛び込みの現場なんだよね」って教えてくれた人もいますし──誰だって、サークルの石川先輩ですけど。ですよね、あの人酒飲めないからめっちゃ素面だったと思います。変な人ですよね。でもそういう人だから普通にしてても変な話を勝手に教えてくれるんでありがたいですよ。最近もちょっといい感じの曰くつきスポットみたいなの教えてもらったんで、候補に入れてたりします。位置的に歩いていけそうなのがいいんですよね、そこ。内容的には不審死が連続したコインランドリー跡地みたいな、地味めに嫌なやつなんですけどね。
行くのかったら、そりゃあ──え?
先輩は連れて行けませんよ。当たり前じゃないですか。
話聞いてましたか、そんなのに他人を、っていうか生きてる人間を巻き込んだら、あれだ、失礼でしょう。俺がやりたくてやってることに、先輩を巻き添えにするのはよくないじゃないですか。先輩が本心から興味を持ってくれたってんならまた話は違いますけど、そういう訳じゃないでしょうし。先輩そもそもお化けとか怖いの苦手じゃないですか。春先に俺と映画観に行ったとき、ちょっと血が多めに出るホラーの予告で顔覆ってたでしょう。ずっと動かないから外出ますって聞いたら、チケット代分は頑張るって言ったじゃないですか。予告編ってチケットに含まれんのかなって思ったから覚えてますよ。
あれですよね、心配してくれてるんでしょ? それだって俺みたいなもんには勿体ないやつですよ。興味の位置がズレてんのに無理矢理合わせると、めちゃくちゃつらいことになるんじゃないですかね。やめといた方がいいですよ、そういうの。不健全ですよ。
だから、俺はこれでいいんです。先輩もこれ以上どうこうしようとか考えなくって大丈夫なやつですし──そうだな、精々こうやって話聞いてくれるってだけで十分ですよ。先輩いい人だなって、それは本当に思ってますから、俺。つうかこんな訳分かんない妄想みたいな話をまともに聞こうとしてくれてる時点で、あんた相当えらいと思いますよ。それこそ医者、向いてるんじゃないですか? もしくは坊主とかそういうの。
最初に言ったじゃないですか、先輩のこと、嫌いじゃないって。そんで、そんくらいがお互いちょうどいいところでしょう、色々。
犬になりたい凡人凡夫 目々 @meme2mason
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます