後編 ——やっぱり部長はファンタスティック——
時刻は五時十分、タイムリミットまでは後二十分の時、武内は黒板前に立ち、みんなの注目を惹きつけた。
「この事件の、犯人が分かった」
そう武内が宣言をすると、場の空気が一瞬で変わった。元から暇していた大野は勿論、タブレットでゲームをしていた宮島と萱吹までもが武内に注目した。
「まず、犯人が誰かという説明の前に、端子について説明しようと思う」
そう言うと、武内は右手でスイッチカウンターを持ち、みんなに見せるように掲げた。
「このスイッチカウンターは、今から一、二ヶ月前に開けた新品だ。そこそこ値が張ったらしい。見てわかる通り、埃一つ付いていない。————さて、この端子を折るには何をすればいいだろうか」
「手で折ればいいんじゃないの?」
「ああ、古舘の言う通りだ。最も簡単に折る方法は、手で折ることだ。他にも方法はあるが、現実的ではない。だが、それでも問題はある」
そう言うと武内は折れた端子の断面を触り始めた。
「手で折るのは最も簡単だが、それでも難しい。仮に稲葉を犯人として、稲葉が二十分の間に手で折ったとしても、おそらく長い時間が掛かるだろう。誰も見ていない方がオカシイって訳だ」
「ってことは」
「ああ、稲葉は犯人でない。そう断言出来る。同様に青井と西野も犯人じゃない」
「やったね春奈ちゃん、叶ちゃん、潔白が証明されたよ! …………あれ? じゃた犯人は?」
「まぁ焦るな。それは今から説明する。だが、その前に、一つ前提が間違っていたことを言わなければならない」
武内が自身の頭上にある時計を指す。
「犯行は、昨日の部活終了後から今日の部活開始前の間に行われた」
「え? どういうこと? てか、まぁそうなるしかないのかな?」
「まず、端子は『接続中に折れた』と考えられていた。だが、本当にそうだろうか。————予め折った端子を、詰めただけだったら」
「じゃあ、岡田と咲ちゃんが犯人ってこと?」
「待て古舘、二人は犯人じゃない。二人が部誌を取りに行った際、時間的余裕は無かったはずだ。戸棚を開けっぱなしにするくらいにはな。それに、悠長に折っていたらバレるだろう」
「そっかぁ、犯人じゃないんだね。————あれ? 容疑者が居なくなったけど……」
「いいや、犯人は居る。しかも、この空間にな。犯人は————
————お前だ。宮島尚人」
「僕が? 一体何故、どうやって」
「じゃあ順序立てて説明しよう。お前は昨日、みんなが帰った後、一人で片付けをした。『片付け押し付けデスゲーム』に負けたからな。あれは全員が上がると問読みが片付けをすることになっている。昨日の問読みはお前だ」
「じゃあなんだ。僕が負けた腹いせで折ったとでも言うのか」
「いいや違う。お前は片付け中にミスをした————コーラ、溢しただろう。スイッチカウンターの上に」
「それって部室に行く途中に感じたあの甘い匂いのこと?」
「そうだ古舘。おかしいと思わなかったか? 甘い匂いがしたのに、大野のお菓子はスナック系だった。メントスもそこまで匂いは出さない。じゃあ何が匂いを出したんだ? ————あるじゃないか。昨日も誰かが持って来て、溢し、机の上に残してしまったものが。それがコーラだ」
「もしかして、叶ちゃんが言ってた『机のベタベタ』ってコーラのこと?」
「御名答。たまには古舘もやるんだな。————それで、だ。宮島、お前はコーラを溢した時思ったんだろう。『誰かに罪を擦りつけないと』ってな。だから折ったんだ。わざと端子を折り、壊れた原因をコーラでなく、端子にあるように見せ、そして発見を遅らせる為に」
武内は端子を発見時そうであったように元に戻した。電源から一直線に本体まで繋がるコードは、それが既に壊れていることを感じさせないように見えた。
「これだけ見たら壊れているなんて思わないだろう。青井も西野もそうだったはずだ。スイッチカウンターの状態は美品だった。不自然な程にな。一、二ヶ月使えばそれなりに汚れがつくのに、綺麗だった。そりゃそうだ。宮島が綺麗になるよう拭いたんだからな。で、だ。宮島、何か反論は?」
「————無いね。僕の負けだ」
「どうしてこんなことをしたんだ?」
「僕の心が弱いからだ。バレたくなかったんだ。ただ、それだけさ」
「————そっか」
その瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。覇道先生だった。時計を見れば、もうすぐ五時半だった。
「お前ら、問題は解決したようだな。先生はもう帰る。この紙に必要事項を書いて明日提出すること。いいな?」
そう言って覇道先生は報告書を二枚、武内に渡した。
「『どうして知っているのか?』とでも思ってそうな顔だな。先生を無礼るなよ。全部聞いていたからな」
「先生の地獄耳……」
「古舘、それも聞こえているからな。発言には気をつけろ」
「ハイ」
「宮島、お前は愚かな行為をした。何か分かるか?」
「部活で使うものを壊したこと————」
「違う。お前は人に頼ることをしなかった。この件はお前の愚かな傲慢さが引き起こしたことだ。よく反省しろ」
「はい」
「明日の部活はないが、会いに来ること。ではサラダバー!」
「……」
「『さらだばー』って先生渾身のギャグかな。それともタイポグリセミア?」
「古舘、聞こえてると思うぞ。————多分そうだな」
「みんな、すまない。僕のせいで、多大な迷惑を掛けてしまった」
「いいんだ宮島。過去は、真実は変えられない。大事なのはこれからどうしたいか、だ。————というわけで、報告書を書こう。さっさと終わらせた方が良いだろ?」
「へー大変だったんだね」
「あぁ、時計の方も書く羽目になったからな。もうクソ慣習はもう懲り懲りだ。後、報告書を書いている途中に古舘が帰りやがった。あの野郎、許さんぞ」
六時半過ぎ。部活終わりの下校時間、武内と七部は共に帰路に就いていた。
「でも、推理は楽しかったろう? 君の人生の九割を占めているそうじゃないか」
「まぁな。でも、いつもは小説の中のはなしなんでな。現実の事件をこうやって推理するのは初めてだ。ま、初めてにしては二重のミスリードを突破したし、良い感じに全貌を明らかに出来たしで上出来だったんじゃね?」
「ふーん…………一応聞くけど、それは君の感想? それととメタ的なそれ?」
「————ノーコメントで」
武内が黙り込む。すると、その沈黙を埋めるかのように武内の腹の虫が鳴いた。苦労知らずの腑抜けた声だった。
「あー、腹減った。帰りにサイゼ行こうぜ」
「良いけど。サイゼには君の人生の残りの一割を占める納豆は置いてないよ? それでも良いなら、君の奢りってことで」
「おい、お前。少しは俺を労う気持ちは無いのか?」
「冗談だよ。さぁ、早く行こう。いい推理小説を買ったんだ」
「まさか、大区民シリーズの新作、冬季限定バター柚ルビーチョコフォンデュ事件か!?」
「御名答。では、どちらが先にトリックを見抜けるか勝負だ」
「いいね! 望む所だ!」
fin
おまけ
大区民シリーズ一覧
春季限定蒸しキウイシュークリーム事件
夏季限定焼き西瓜ムースケーキ事件
秋季限定ペースト梨ブリュレグランドパフェ事件
冬季限定バター柚ルビーチョコフォンデュ事件
命名法則は「季節の果物」+「ベースとなるデザート」に多少の語句を足して不味くしている感じ。内容は自称大区民の主人公が天才的な頭脳と傲慢さをもって事件を豪快に解決していく内容。頭がぶっとんだやつばっか出てくる。元ネタに謝罪しろ
武内明の報告書 ——破損の事後処理ほど面倒なことは無い編—— 氷雨ハレ @hisamehare
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