武内明の報告書 ——破損の事後処理ほど面倒なことは無い編——

氷雨ハレ

前編 ―—部長って面倒事押し付けられるから嫌なんだよ―—

某日、金曜日。

「————で、大区民シリーズの夏季限定焼き西瓜ムースケーキ事件の犯人は————」

「うわぁ、ネタバレされちゃったぁ〜っ。本当に武内たけうちは推理小説が好きだよねぇ」

「まーね。推理小説は俺の人生の九十パーセントを占めるのさ。古舘ふるたちも読むのをおすすめするよ」

「えー、私はいいかなぁ。ん、なんか部室から甘い匂いしない? また大野おおのがお菓子食べているのかな?」

いつも通りの談笑、部室である第三理科室への道中、貫くような叫び声が廊下に響いた。

「端子が折れた!!!!!」





「どうしたどうした。何があったんだ?」

クイズ研究部部長の武内たけうち明と、同部副部長の古舘ふるたちゆずりはが部室に到着した時、部室の中には殺伐とした空気が漂っていた。

「あー部長、おはよう」

そう言ったのは会計の稲葉いなば陽介ようすけだった。

「今は十六時過ぎだがな。状況は?」

「早稲田式早押し機の本体に繋ぐスイッチカウンターの端子が折れたんだよ。ほら、この細長い金属棒」

そう言って稲葉はスイッチカウンターの端子を二人に見せた。確かに端っこが無くなっている。

「でも、スイッチカウンターが壊れても何とかなるんじゃない? 所詮は便利グッズだし……」

古舘ふるたちの言う通り、スイッチカウンターは本体と電源コードの間に付ける便利グッズである。本体が出来ない電源のオンオフや、限問を数えるなどの機能がついている。

「そうだけど、問題はそこじゃなくてね。電源コード側に折れた端子が詰まっちゃったんだよ」

「てことは、端子は接続中に折れたってこと?」

「多分ね」

「それじゃあクイズ出来ないじゃん!」

はぁ、と武内たけうちは溜息を吐いた。一つしかないコードが使い物にならなくなった為、クイズが出来なくなってしまったのだ。備品を買うにしても、報告書を書かねばならない。

「報告書に書く内容は、『壊れた物品』『壊れた日時』『壊れた原因』、それと『壊した人』だね」

「あぁ、部長としていつも思うよ。このクソみたいな慣習、どうにかならないかってね。別に壊した人を書いたところで何も起きないというのに。そこの欄のせいで部長の仕事が増えるんだ。全部会計に丸投げしたい」

「まーまー武内たけうち、ここは落ち着いて。これ、武内たけうちの好きな状況じゃない?」

「くっくっく、古舘ふるたち、よく分かってるじゃないか。そう、これはミステリーだ! 俺の人生最大の好物だ。最高じゃないか。さぁ、この謎を解いてみようじゃないか!」

高らかに宣言する武内たけうちに、唖然とする稲葉いなば。推理関連はいつもこうなんだから、と面倒そうに見る古舘ふるたち

「私、帰ってもいい?」

「なわけ、お前も強制参加だ」

武内たけうち覇道はどう先生は今日も五時半に帰るから、それまでに解決しないとね。報告は任せたよ」

「えぇー」

武内たけうち覇道はどう先生への報告を嫌がるのには理由があった。覇道はどう先生、フルネームは覇道はどう一平いっぺいと言うその人は、一児の父である。生まれて九ヶ月の娘を溺愛しているが、娘の夜泣きにはウンザリしているそう。その為か、学校では不機嫌な様子が多々見られる。

「ねーねー稲葉いなば古舘ふるたち、解決しなかったらみんなで報告しようぜ」

「「嫌だ」」

ガックリと肩を落とす武内たけうち、その間にも時間は進む。現在四時二十分、タイムリミットまで残り一時間十分。





「みんなー注目! 端子が折れたこと知ってる人ー! 誰か何か教えてー」

部室内の黒板前、武内たけうちが大声でみんなに呼び掛けた。しかし、誰も反応することなく、辺りは沈黙に支配された。

「じゃあ私から」

そう言って右手を少し挙げたのは西野にしのかなうだった。

「私と青井あおいさんは、今日掃除が無かったから、三時四十分に部室に来て、準備をしていたの。その時は端子は折れていなかったはずよ」

青井あおい、そうなのか?」

そう武内たけうち青井あおい春奈はるなに聞くと、青井あおいはコクリと頷いた。

「となると事件は三時四十分から四時までの二十分間にあったんじゃない?」

「そうだな。事件発覚は誰が?」

「それは俺が」

そう言って手を挙げたのは稲葉いなばだった。

「クイズを始めようとしたけど、電源が入らなくてね。もしかしたらコードが刺さってないんじゃないかと思って抜いてみたら折れてたんだ。その時点では今居るメンバーは全員居たよ」

「途中で帰った人は?」

「それは居ないわ。少なくとも私達が来てからは部室から出ていった人はいない」

それを聞いて古舘ふるたちは、推理小説で使い古された名言を大声で叫んだ。

「つまり……犯人はこの中にいる……ってコト!?」





それから十分。クイズが出来ないので各々が好きにしている中、武内たけうちは犯人を考えていた。

「僕は青井あおい西野にしの、あとは稲葉いなばが怪しいと思うね。三人を問い詰めてみたら?」

そう言ったのは宮島みやじま尚人なおとだった。目線は手元のタブレットに向けたまま、話を続ける。

「現状、あの二十分であれに触ったのは三人だけだ。一番怪しいのは白証明が出来ない稲葉いなばだが、実は青井あおい西野にしのが結託して庇っている可能性がある。僕達はクイズをしに来ているんだ。早く犯人を見つけて、覇道はどう先生に言って替えを貰ってくれよ」

「お前なぁ。本当にクイズをしたいならそのタブレットゲームを止めて推理をすればいいじゃないか」

「やだね。今スコアを競っているので」

宮島みやじまと、彼の隣に座る萱吹かやぶきさきは二人そろってゲームをしていた。二のN乗の数同士をタイルの間を糸を縫うように移動させ、くっつけることでその数を大きくしていくゲームである。

「あーあ、マスが埋まってゲームオーバーだ。武内たけうちのせいだ」

「……私の勝ち」

小さく喜ぶ萱吹かやぶき。負けた宮島みやぶきはコーラのペットボトルを手に掛け、開けた。シュッとした音と共に甘い匂いが広がる。

「最初に開けた時の炭酸って勢いいいよね。メントスどう?」

横からメントスを差し出してきたのは大野おおのひろしだった。

「いらない。てか、今日も沢山のお菓子持ってきたな」

「沢山じゃないよ。今日はメントスと、プリッツ、後はポテチの大袋。これだけさ。『今日も』というなら、君もコーラは毎日のように飲んでいるじゃないか」

そう言って大野おおのはポテチの袋を開けた。のり塩だった。

「なあ、大野おおの、この事件で何か知っていることはないか?」

「無いね。僕はお菓子とゲームがあればそれでいい」

そう言って大野おおのはスマホを取り出しゲームを始めた。武内たけうちは溜息を吐くことしかできなかった。

「迷宮入りしそうだし、私、帰っていいかな?」

「ダメだ古舘ふるたち、お前はいつもそうだ。部活動紹介PVの件、まだ反省していないのか?」

「分かってるって。でも何の進展もないよ。そこで麻雀をやってる岡田おかだも知らないって言ってる」

岡田おかだ悠太ゆうたまで知らないとなるともう迷宮入りは間近だった。現在、この空間にいる青井あおい稲葉いなば大野おおの岡田おかだ萱吹かやぶき西野にしの宮島みやじま、そして武内たけうち古館ふるたちの中に犯人がいるとして、一体誰が犯人なのか全く見当が付かなかった。

七部ななべは? あいつは今回無関係?」

七部ななべは……多分無関係じゃないかな。あいつが最後に来たのは昨日だろう。その時にはコードが折れていなかったんだから、犯人ではないな。第一、あいつが折ったら正直に言うだろうし」

七部ななべこうはクイ研の副部長である。しかし、音楽部と兼部しているので部活に顔を出す時間は短い。来ても六時、というのが基本だ。時間は四時四十五分、タイムリミットまでは四十五分だった。




武内たけうち古舘ふるたちも黙り込むしかなかった。犯人候補はいるものの、明確な根拠がなく、何も言い出せなかった。そこで口を開いたのは、さっきまで麻雀をしていた岡田おかだだった。

「なぁ、さっき宮島みやじまが言ってた通り、やっぱり吐くまで問い詰めた方がいいぜ。オレは稲葉いなばより青井あおい達が怪しいと思ってる。どうなんだ、青井あおい、何か言えよ」

部活が始まって五十分、しびれを切らせた岡田おかだ青井あおいに憎悪を向けた。青井あおいは黙ることしか出来ないようだった。

「ちょっと、どうして責めるのよ。青井あおいさんは何もしていないじゃない!」

「うっせえ、西野にしのは黙ってろ。オレは青井あおいに聞いているんだ。なあ、どうなんだ。何か言えよ」

それを見ていた武内たけうち古舘ふるたちに小声で話しかけた。

「不味いな」

「何が? 家に帰れないこと?」

「そうじゃなくて……あのままだと、青井あおいが虚偽の自白をするかもしれない」

「? どういうこと?」

岡田おかだ青井あおいのことを尋問しているだろ? それで青井あおいが嫌になって、虚偽の自白をして自分が犯人と認めることで尋問から逃げる可能性がある」

「自白すればいいじゃん。そうすればみんなハッピーだし、私も家に帰れるしね」

「あのなぁ、ちょっとは青井あおいが可哀想とは思わないのか? まぁ、いい。とにかく、それは俺の流儀に反する。真実は嘘でできていてはいけないからな」

そう言うと、武内たけうち青井あおいの方へ歩いて行った。

青井あおい、お前が部室に来て、準備をする間にあったこと、気付いたこと、何でもいい、何かないか? 話してくれ」

「おい! 今、オレが……」

「ちょっと黙ってて。私の帰宅が懸かっているの。黙れないなら顔面蹴るよ?」

「ハイ」

古舘ふるたちの鶴の一声に岡田おかだは黙るしかなかった。それで落ち着きを取り戻したのか、まだ目に涙を溜めているようだったが、青井あおいは話を始めた。

「私、早くに来て、かなうちゃんと準備した。戸棚から出して、落とさず机の上に運んだ。それだけ」

「何か変だったことはある?」

「変……? そう言えば、来た時逆側の戸棚が空いてた。いつもは使わないのに」

本体とコード、子機は全て戸棚の左側に入っている。しかし、普段使わない右側が空いていたのだという。

「分かった。情報ありがとう。西野にしのは何かある?」

「私は……あ、そうだ。本体を置く机の場所がベタベタしていたんだよね。そのせいで私が拭き掃除をする羽目になったんだよね。多分、大野おおの君じゃないかな。いつもお菓子持ってくるし」

大野おおの、昨日お菓子落とした? 問読みの席で」

「落としてないよ。昨日の問読みは宮島みやじまだったじゃないか」

あれ? と首を傾げる武内たけうち。謎が一つ増えてしまった。古舘ふるたちはそれを理解し、帰る時間が更に遅くなることを察し、機嫌が悪くなった。

戸棚の右側といえば部誌が入っている。歴代十年分の部誌である。それ以外には何もない。それ目当てだとしても、第三理科室という学校の中でも辺鄙なところに来るのは、余程の物好きかクイ研くらいである。

「今日、部誌取りに来た人いる?」

そう武内たけうちがみんなに呼びかけると、手が二つ挙がった。岡田おかだ萱吹かやぶきだった。

「それはオレ達だ。今日の昼休みに萱吹かやぶきに頼まれて部誌を取りに行ったんだよ。戸棚の右側が固く閉まっていたもんで、力が必要だったらしい。それで、時間があんまり無かったから戸棚を開きっぱにして帰ったんだ」

「……全て正しい。私がお願いした」

なるほど、と呟き考え込む武内たけうち。戸棚の謎は解決されたが、本題となる折れた端子の謎は未だ不明だった。

「ねぇ部長、このスイッチカウンター新しいんだね。まだ保証期間内だ」

大野おおのがスイッチカウンターの入っていた箱をクルクル回す。どうやらスマホゲーのデイリーミッションは終わったようだった。

「この端子、素材は銅がベースとなっている。確かに金属だし、一、二ヶ月前に開けたやつだからまだ劣化もしていない端子だ。でも、強い力を、それも意図的に掛ければ簡単に折れる」

「意図的に、か。————少し情報を整理したい。古舘ふるたち、付き合え」

「えーっ、お家帰りたい」

「馬鹿言うな。始めるぞ」



「まず昨日の部活の終了時からだ。昨日の部活では端子は正常に作動していた。まぁ、折れてなかったということだな」

「昨日の『片付け押し付けデスゲーム』は誰が負けたんだったけ?」

片付け押し付けデスゲームとは、クイ研の恒例行事である。活動の終わりに限問三十のクイズをし、不正解または最後まで正解出来ずに残った人が片付けをするというものだ。

「昨日の敗者はいなかったはずだ。確か全員が抜けたはず」

「なら問読みが片付けをしたってことだね。ざんね〜ん」

「お前、その先生は教科担任じゃないだろ……まぁ、いい。そこから翌日の昼休みまで、おそらく誰も部室に来ていないだろう」

「どうして来てないって分かるの?」

「部室である第三理科室は教室棟四階にある。俺達の教室から最も遠い場所だ。余程の理由がない限りは来ない」

「で、その『余程の理由』ってのが部誌だね」

「あぁ、そうだ。岡田おかだ萱吹かやぶきの二人が部誌を取りに来たんだ。ま、これは事件と関係ないと思うがな」

「そうなの? まーいいや」

「そこから放課後までは誰も来ていないだろう。理由はさっきと同じだな。そして、放課後になる」

春奈はるなちゃんとかなうちゃんが早く来て準備したんだっけ。で、二人が端子を折ったかもしれないと」

「そうだな。でも、まだ犯人と決めつけるのは早い。その後、問読みになった稲葉いなばが端子を折ったかもしれないからな。発見者もコイツだ」

「じゃあ、やっぱり犯人は春奈はるなちゃん、かなうちゃん、稲葉いなばの中に居るってこと?」

「ま、現状ではそうだな」

「でもここからが絞れないよねぇ」

「そうなんだよなぁ」

溜息を吐く武内たけうち、ふと時計を見ると四時五十分を指していた。

「あれ? 武内たけうち、時計が止まっているように見えるよ」

古舘ふるたち、それはクロノスタシスじゃないか? お前もクイ研なら覚えた方がいい」

「でも本当に止まってるんだって。ほらスマホの時間を見てみて」

そう言って古舘ふるたち武内たけうちにスマホの画面を見せた。時刻は五時過ぎを指していた。

「ま、じ? じゃあ、あの時計は十分前から止まってたってことかよ」

「そうだね。壊れて時間がズレていても、案外気づかないものだね。あ、武内たけうちは知識をひけらかして私を侮辱したことを謝罪してね」

「あのなぁ————ん? 待てよ」


壊れて時間がズレて


端子は折れてたんだ


中に端が入っていて


気づいたのは稲葉いなば


「待てよ」

「どうしたの、武内たけうち

「端子は————既に折れていたのかもしれない」

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