第3話 迷子の聖女候補

「もう、どうしてこんなことに……!」


ビタリナは焦って走りながら、額に滲んだ汗を手の甲でぬぐった。彼女は今、王都バイタリアの街中で迷子になっていた。


聖女試験の日だというのに、こんな大切な日に遅れるなんて……! 手元の地図をぐしゃぐしゃに握りしめながら、ビタリナは頭をフル回転させる。けれど、王都の広大な街並みは、彼女の小さな村とは比べものにならないほど複雑だった。


「えーっと……確か、ここを右に曲がって……それとも、左だったかな……?」


周囲をキョロキョロと見渡しながら、ビタリナは自分の位置を確認しようとするが、見慣れない建物や人々の群れに完全に飲み込まれていた。王都は活気に満ち、行き交う人々はまるでビタリナの困惑など気にすることなく、次々に彼女を追い抜いていく。


「だ、誰か……! 道を教えてくれないかな……」


小さな声で呟くが、誰も彼女に気を留める様子はない。焦る気持ちとは裏腹に、時間はどんどん過ぎていく。


「試験、始まっちゃう……!」


ビタリナは足を止め、途方に暮れて空を仰いだ。青空が広がり、陽射しは眩しい。だが、彼女の心は不安でいっぱいだ。足元で小さな石ころが「カツン」と音を立て、転がるのが聞こえた。


「どうしよう……」


そこでふと、彼女は自分の足元に目を向けた。すると、道端に小さな女の子がしゃがみ込んで、何かを拾っているのが見えた。


「ねえ、君、ちょっといい?」


ビタリナはその子に声をかけた。小さな女の子は大きな瞳でビタリナを見上げると、にっこりと笑った。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


「えっと……私、道に迷っちゃって……この地図を見て、聖女試験の会場に行きたいんだけど、どこかわかる?」


ビタリナは手に握っていたぐちゃぐちゃの地図を女の子に見せた。女の子は一瞬、地図をじっと見つめた後、ビタリナに向かって元気よく答える。


「うん! わかるよ! お姉ちゃん、ここからだと、まっすぐ進んで、次の角を右に曲がるの!」


「本当!? ありがとう、助かったわ!」


ビタリナはほっとした顔で礼を言うと、急いで走り出した。しかし、女の子はまだ笑顔のままで、手を振っている。


「でもね、お姉ちゃん! その道、途中で屋台がいっぱいだから、急いで行かないと試験に遅れちゃうよ!」


「えええっ!?」


ビタリナの心臓が一瞬、音を立てて跳ねた。走りながら、焦りが体中を駆け巡る。


「急がなきゃ、急がなきゃ……!」


彼女は、まだ整備されていない砂利道を「ダダダッ」と音を立てて駆け抜ける。道端には屋台が立ち並び、焼き菓子の香ばしい匂いや、果物を売る呼び声が賑やかに響いていたが、そんな誘惑に目を向けている余裕はなかった。


「どうして、こうなるのよーっ!」


街並みがどんどん変わり、次々に目に入る新しい風景にビタリナの不安は増していく。道を間違えないよう、女の子に言われた通りに進むが、屋台の混雑が思ったよりもひどい。


「おっと、失礼!」


屋台の人々にぶつからないように、何度も避けながら進むビタリナ。果物のカゴを積んだおじさんが「気をつけて!」と声をかけてきたが、彼女は申し訳なく「すみません!」と叫びながら走り続けた。


「あともう少し……!」


視界の先に、ようやく聖女試験の会場である大聖堂が見え始めた。息を切らしながら、ビタリナは必死に足を動かし続ける。


しかし、その時――。


「うわっ!」


急に何かに引っかかったような感覚が足元に走り、ビタリナはその場でバランスを崩した。咄嗟に腕を伸ばして地面に倒れそうになるのを支えようとするが、勢いがついて体が前に飛び出す。


「キャーッ!」


ビタリナの叫び声が響いた。しかし、予想外のことが起こる。次の瞬間、彼女の体はふわりと宙に浮いたように感じた。


「え……?」


気づけば、ビタリナの周囲を薄い光が包んでいた。彼女が何かを意図したわけではないのに、体がふわりと持ち上がり、まるで風が彼女を優しく支えているかのように。


「……これって、もしかして……?」


その瞬間、彼女は自分のランダムスキルが発動していることに気づいた。聖女としての力が意図せずに引き出され、転びそうな彼女を助けてくれたのだ。


「な、なんで今発動するのよ……!」


驚きつつも、ビタリナは再び足を動かし、大聖堂に向かって走り出す。あともう少しで試験が始まる。間に合うかどうかは、彼女の運と、奇跡の力にかかっていた。

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2024年9月24日 22:00
2024年9月25日 22:00

ガチャみたいな能力の偽聖女ですが、運だけで世界を救います! さとこよ @koyosan

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