忘れない! 嫌な接客!

崔 梨遙(再)

1話完結:2000字

 30代。大阪の広告代理店(採用コンサルティングのベンチャー企業)に勤めていた時のこと。夜、事務所で1人で仕事をしていたら、ウチの社長のお客様の三田社長が突然入って来た。ウチの社長と三田社長はとても仲が良く親しい。三田社長は好きなときにウチの社長を呼び出したり、ウチの事務所に乱入することが多かった。


「三田社長、ウチの社長はまだ戻りません。遅くなるのですが、どうなさいますか? 外で時間を潰しますか?」

「うーん、崔君、スーツを買いに行こう!」

「え! スーツは何着もありますよ。今日は外回りが無くて、デスクワークだから安いスーツを着ているだけです。これ、汚れ仕事の時に着てるスーツです」

「スーツは何着持っていてもええやろ? 行こう! 行きつけの店があるねん」


 断ろうとしたが、押し切られてしまった。タクシーで店まで。こじんまりとした

店だった。オーダーメイド・スーツ専門と書いてあった。


「小さい店ですけど、何店舗か展開しているんですか?」

「いや、ここだけ。この店に、俺が口説きたい女性スタッフがいるんや」


 なんやそれ? 僕はますます気が進まなくなった。中に入ると、三田社長が仕切り始めた。


「この男に似合うスーツを」

「では、採寸しますので、こちらへ来てください」

「この女性なんだよ、僕のお気に入りは」


 “知らんわ!”三田社長が気に入ってるという女性は30代後半、美人と言われれば美人なのかもしれないが、抜群にキレイというわけではなかった。この程度の美人であれば、街へ行けばいくらでも歩いているだろう。


「スーツ作るの難しいですね、左肩が下がってるし」


 と、そのお姉さんに言われた。理由はわかっていた。僕は当時、右手で営業カバンを持つことが出来なかった。交通事故の後遺症で、右手に力が入らなかったからだ。だからずっと左手で営業カバンを持っていた。すると、左肩が下がったのだ。正直、左肩が下がっていることは大声で指摘してほしくなかった。


「いや、左肩が下がっているのは、僕が右手で営業カバンを持てなかったからで、あんまりそういうこと言われたくないんですけど」

「いや、理由はどうでもいいんで」


 “なんやねん! なんやこの接客?”僕は一刻も早く帰りたかった。三田社長お気に入りの女性スタッフに腹が立って仕方が無かった。


「崔君には、この色は合わんなぁ、こっちの方が似合ってるよね」

「そうですねぇ、こんな色もありますよ」


 三田社長とお姉さんが2人で話をすすめていく。僕のことなのに、僕の意見は求められなかった。


「これ、いいんじゃないか? 崔君」

「もう、どうでもいいです。なんでもいいです」

「でも、オーダーメイドで作りにくい体型なんですよね-! 左肩が下がってるし」


 “僕の左肩のことは、もうええやろ”、不快だ、実に不快だった。


「もう1着どうですか?」

「2着買ったら安くなるとか、あるんですか?」

「そういうサービスは無いです」


 “なんや、このお姉さん。人の体型に文句を言っておいて、何のサービスも無しに2着目を売るんかい!”僕は開いた口が塞がらなかった。


「せっかくやから、2着目、見てください」

「崔君、2着買おうよ」

「もう好きにしてください、どうでもいいです」

「こんな色はどうですか?」

「もうどうでもいいんで、お好きなように」


 勝手に2着目を決められて会計。クレジット払い。2着で10万ほど。割りに合わない。お姉さんはずっと笑みが無い。普通、これだけ買ったら愛想笑いくらいするのではないか? 気に入らない。接客サービス業だったら愛想、コミュニケーション能力が必要なはず。“どういうことやねん?”。元々、三田社長はウチの社長のお客様であって、僕のお客様ではない。ウチの社長が世話になっているから断れないだけだ。


 そこへ、遅れながらウチの社長が店に入ってきた。ようやく解放される。僕はホッとした。


「社長、バトンタッチです。三田社長をお願いします」


 僕は店から出て電車で帰った。駅まで行く道中、ウチの社長から着信があった。


「崔、2着買ったらしいけど、ええんか?」

「いいわけないじゃないですか、僕、いつもタケ〇・キ〇チかバー〇リーですよ、ちょっとこだわりがあって。後はZA〇A、今日は外回りが無くて誰にも見られないから安いスーツを着てただけです」

「そうか、それならキャンセルしとくわ」

「そんなこと出来るんですか?」

「出来る! 出来る! キャンセルしとくわ。崔はもう帰ってええぞ」

「まだデスクワークが残っていますので、会社に戻ります。それでは、キャンセルお願いします」


 “三田社長、あのお姉さんとは結ばれないな”と思った。お姉さんが三田社長を大事に思っていたら、三田社長にも僕にも愛想が良くなるはずだ。お姉さんは、三田社長に対してもクールで笑顔を見せなかった。



 とにかく不快な接客だった。不快で今もおぼえている。っていうか、接客であんな態度でいいのだろうか? 上司に叱られないのか? 気楽な職場だなー!







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忘れない! 嫌な接客! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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