第2話『セシル宅』


 アルスはセシルとともに夕食を食べる。

 彼女は独りでここに暮らしている。もとよりここはそういう村なのだ。

 王国の西の端にあるはぐれ村。地図にも載っておらず、ここにいる人たちは何かワケアリの人が多い。

 

「どう? おいしい?」

「うん、とっても」

「そう、よかった。あなたずっと顔が暗いんだもん」 


 セシルは穏やかな笑みを浮かべてアルスを撫でる。

 母親の記憶はアルスにないが、母親に撫でられるのはきっとこんな感じなのだろうと思った。


「ほんとにジャンはバカなんだから。ちょっと変わったジョブだからってあんなひどいことすることないのに」

「ジャンはきっと昔から僕のことが嫌いだったんだよ」

「そんなことないわよ。あなたたちずっと一緒だったじゃない。いつも二人とも笑っていたわ」

「どうかな……。そうだといいけど」


 言葉とは裏腹にアルスの瞳に絶望の色がある。


「僕もみんなみたいにいいスキルやジョブがあったらよかったのに……」

「きっとなんとかなるわよ。アルスがおっきくなって王都に行けばえら~い神官に『無能者』からジョブを変えてもらえるかもしれないし」

「きっとお金がいっぱいいるよ……」

「ふふーん」


 彼女の声に顔を上げるとそこには得意げな笑みを浮かべたセシルがいた。

 彼女は「ちょっと待ってて」というと別室に行き、大きな袋を手に戻ってくる。それを机の上に置くと金属音がガチャガチャなった。


「これ、上げるよ」

「す、すごい……。金貨がいっぱいだ……!」


 ざっと見ただけでもかなりの大金である。

 一人でこれを稼いだのだろうか。こんな村に割りのいい仕事なんかあるはずないのに。アルスは思考をめぐらすがすぐに分からなくなって投げ出す。


「全部ってわけじゃないけどね。でも何かが何とかなりそうなくらいのお金はあるよ」


 セシルが朗らかな笑みを浮かべる。あまりのまぶしさにアルスは頬が熱くなるのを感じた。


「でも、なんで僕に……」

「いろいろ理由はあるんだけど、アルスが一番この村で好きだからかな」

「えっ」


 突然の告白にアルスは腰から尻を浮かべる。

 まだ10歳だが色恋に興味はある。


「好きっていっても弟として好きってことよ?」

「あ、あぁ。そうだよね。そうと決まってた。それでもうれしいけど」

「ふふ、勘違いしちゃって。可愛いね」


 頬をツンと突かれる。

 完全にからかわれていたようだ。これが大人なんだなぁとアルスは思った。


「でもさ、アルスが大きくなって凄い人になったらさ私を迎えに来てくれると嬉しいな」

「え……」

「アルスはここを出ていくべきだよ。私はあった時から知ってる。あなたはきっととてつもなく凄いことを成し遂げる人だって」

「でも僕のジョブじゃあ……」

「関係ない関係ない! 判明するまでずっと生き生きしてたじゃん! アルスはただの文字に振り回されるの?」

「でも……」


 その文字に世界と人生は左右される。

 自信ありげな笑みを浮かべる彼女の前で、その言葉は出なかった。


 ──ドンドンドンッ!


 その時、扉が乱暴に叩かれた。


「おい、セシル! 入るぞ!」

 

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無能者は自ら在る ~魔力0、レベル1固定、スキル獲得不可能、ジョブ『無能者』の少年、最強冒険者に鍛えられ、世界を救う~ ミツメ@物書き @huzikawa369

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