大学一年生の君と

ミマル

プロローグ

六回目の四月が来た。

今年の四月十五日は木曜日で、君と出会った金曜のあの授業からはどんどん離れていく。

まだ先のその日を、散りきった桜とともに思いを馳せて、瞳を閉じた。


君の口癖は「自分しか自分を救えないから」だった。そして僕は、いつも口をとがらせて「それでも君を救いたい」と言った。

見つめられた大きな黒い瞳に自信がなくて地面に目を逸らすと、はらりと降りてきた花弁1枚が、古くなって傷だらけで、茶色く色褪せていた。

「そうだね、君を頼りたい」と笑った君が、どれだけ気を使っていたか、僕は想像もできなかったんだ。


桜の写真を床に広げて、眺めるのが四月の過ごし方。外の桜はもう散っているが、彼女が撮った桜の写真はどんな季節でも満開で美しい。そんな写真を1枚1枚並べれば、何かわかるような気がしていた。

「ねぇ、撮らないで、消してよ」

彼女にカメラを向けてシャッターを切ろうとすれば、とても嫌がられた。僕が撮る写真に1枚も君は映っていなくて、君の撮る写真には1枚も僕が映っていないものはなかった。

君のInstagramにも、サークルのSNSにも、友達の投稿にも、大学のパンフレットにも――色々なところに君の写真は載っているのに、僕にだけは撮らせてくれなかった。理由は「君の手が汚れるから」らしい。

そんなのはきっとウソだったんだろうと、今ならわかる気がした。

君が残したアルバムには、僕の写真が飽きてしまうほどに溢れていた。写真の中の僕はいつも笑っていて、幸せそうな顔をしていて、きっと今のような生活は想像もしていなかったと思う。


「やっぱり、写真広げてる」

家族にいきなり背後から声をかけられても、驚かなくなった。少しずつ、この状況に慣れてきている自分に恐怖を感じる。

「いいじゃん」

「ゴミだらけの部屋で広げたら、写真が汚れちゃうんじゃないの?」

「それでもいいんだよ」

「まだ会いたいの?」

「会いたいよ、ずっと、この先も」

「はぁ…こんなこと言いたくないけどね、もう戻ってこないと思うよ」

「いや、いつかきっと会えるよ」

そう言うと、家族は呆れて部屋を出ていく。離れていく足音を聞くと、やはり彼女を鮮明に思い出すものだ。


彼女は言った。

「君が会いたいと思ってくれてる間は、どんなに離れてても、記憶をなくしてしまっても必ず会えるよ」

その言葉を信じて、今日も写真から手がかりを探そうか。

遠く離れたどこかで「救えるのは自分だけ」と切なく笑っている君と、もう一度出会うため。

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次の更新予定

2024年12月20日 10:00

大学一年生の君と ミマル @mimaru0408

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