ケッツ
遠藤
第1話
ケッツ同士の争いが日を追うごとに大きなものになっていた。
このままでは大変な問題になると危惧した私は、猫のみいちゃんと一緒に話し合いの場を設けることにしたのだった。
私はさっそく右ケッツに問いかけた。
「それで今回のケンカの原因は何がきっかけだったのかな?」
右ケッツが答えた。
「いやー左がさ気づくとどんどん肛門に寄ってきてたから注意したんだ」
それに左ケッツがすぐに反応する。
「全然寄ってねえし。勝手に決めるな」
右ケッツは負けずに言う。
「ダラリとだらしなくどんどん肛門に寄ってきたじゃないか。勝手に入ってくるな」
左ケッツは言い返す。
「だらしなくなんかなってないわ!それに肛門に寄ろうがお前に関係ないじゃん!」
右ケッツは断言した。
「肛門は俺の領域だ!」
左ケッツは驚きつつ怒りを込めて言った。
「勝手に決めるな!いつからお前のものになったんだ」
「だらしない体の者に主張する権利など無い」
プリンとしながら右のケッツが誇らしげに言う。
微かだがみーちゃんがピクッと反応した。
左ケッツがイラっとしながら言う。
「そのプリンとするの止めろよムカツクから!」
右ケッツが見下すように言った。
「悔しかったらお前も鍛えてみろよ」
ついに左ケッツがキレた。
「うるせえんだよ。気持ち悪いから喋るな!」
右ケッツも怒りを込めた。
「情けない体して。お前はケッツとしての資格はない。さっさと消えてしまえ」
左ケッツの我慢の限界に達した。
「・・・この野郎!」
右ケッツが煽る。
「なんだ文句あるのか?とにかく肛門から離れてもらえる?だらしないのがうつるから」
左ケッツはついに決断した。
「ああ!!もう腹立つ!もうこんな奴の横に居れるかよ。出て行ってやる」
私は驚いて急いで止めに入った。
「おいおいおい。ちょっと待って左ケッツ。もう少し話し合って・・・」
左ケッツはスポンと体から離れボヨンボヨンと跳ねながら行ってしまった。
「うわうわうわ!ちょっ待って!俺のお尻が!お尻がーーー!」
(シャー!!)
みーちゃんもびっくりして毛を逆立てながら威嚇する。
右ケッツはソッポを向きながら言った。
「ふん!あんな奴どっか行けばいいんだよ。これでやっと静かに過ごせるわ。なんであんな奴がずっと隣にいたのか本当に不思議だったんだよ。だらしない体してさ」
プリンプリンと揺れながら喋る右ケッツを見ていたみーちゃんの野生本能に、ついに火がついた。
みーちゃんの強烈な猫パンチが右ケッツに飛んだ。
「ニャーーーーー!!」
パチン!
「痛てっ!」
右ケッツがダメージを受けた。
「痛てっ!」
そして私もダメージを受ける。
(プリンプリンむかつくにゃ~!)
みーちゃんは叩いた手をペロペロと舐める。
私は右ケッツを手で押さえながら言った。
「と、とにかく左ケッツを探しに行こう」
日没が近づく中歩いて左ケッツを探すことにした。
しかし、左のケッツが無い分歩きにくくてしょうがなかった。
するとみーちゃんが左ケッツの代わりを持ってきた。
(お前にはこれで十分にゃ~!)
ボコッと左ケッツ代わりに装着されたのは小さな子供が遊ぶゴムボールだった。
せっかく持ってきてくれたのは嬉しいがやっぱりバランスは悪いままだった。
映画に出てきそうなゾンビ歩きで左ケッツを探した。
「おーい!左ケッツー戻っておいでー」
周りの人達は奇妙な眼差しを向ける。
左ケッツを探しながら私は反省していた。
どうも体の癖というか、右ケッツばかり負荷をかけるような生き方だった。
そのため右ケッツばかり鍛えられ左ケッツはだらけてしまった。
自分のバランスの悪さが今回の喧嘩の原因を生み出したと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
小1時間ばかり探しても見つからない事にだんだん不安になってきた。
もしかして野良犬に食われたりしてないだろうか?
用水路に落ちて流されたりしていないだろうか?
無事で居てほしいと願いながら探し続けた。
夕暮れの河川敷をゾンビ歩きしながら探していると、みーちゃんが叫んだ。
(居た!お前のケッツ居たにゃ~!!)
みーちゃんの示すその先には、夕日に染まる左ケッツがポツンと河川敷に佇んでいた。
寂しそうな哀愁漂うその姿に私は涙が溢れそうになった。
必死に涙を堪えながらそっと左ケッツに寄り添うと、一緒に夕日を見つめた。
今日という日を全力で生きた太陽が沈んでいく。
沈むギリギリまで燃やし続けるその姿は一見悲しく切ないものと思っていたが、こうしてあらためて見てみると実は満足感一杯の顔だったと知るのだった。
何ら悔やむことない真っすぐなその姿を見ていると、私の口から自然と言葉が溢れていた。
「対をなすものって沢山あるよね。俺ら人間の体にもたくさんそれがある。どちらか一方だけでも生きてはいけるだろうけど、やっぱりスムーズではないね。常にその二つがバランスを取り合うことで何とか生きていける。こうやって見えている世界もそう、昼もあれば夜もある。いい事もあれば悪いこともある。喧嘩もすれば仲直りもする。一見相反するように思えるこの対は実は同じものなんじゃないかと思うんだ。どちらもそれは丸い玉の中にあってちょっとした刺激で左が選ばれたり、右が選ばれたり。でもその玉の中に二つがあるからこんなにも豊かに生きていけるんだと思うんだよ」
左ケッツは話の途中から私の言っている事がわからなくなっているようだった。
何故なら言っている本人もわからなくなっていたのだから。
みーちゃんはあきれ顔だった。
(だめだこにゃ~!)
私はめげずに左ケッツを抱きしめ言った。
「まあ、とにかく左ケッツがいないと俺が困るということさ。右ケッツだって本当は困っているんだよ。ずっと右ケッツ頼みで歩いていたから今ヘトヘトになっているよ。これからは両方意識しながら生きていくからさ。さあ、帰っておいで」
左ケッツはちょっぴり恥ずかしそうな顔をしたが、素直にうなずくとお尻に戻った。
それをぐったりしながら見ていた右ケッツが言った。
「お、お前探すのに俺がどれだけ頑張ったかわかって・・・」
(うるさいにゃ~!)
みーちゃんの強烈な猫パンチが右ケッツに飛んだ。
「ニャーーーーー!!」
パチン!
「痛てっ!」
右ケッツがダメージを受けた。
「痛てっ!」
そして私もダメージを受ける。
それを見た左ケッツは笑っていた。
「さあ!帰ろう!」
すっかり暗くなった帰り道、夜空には真ん丸の月が浮かんでいた。
そしてみーちゃんの目も真ん丸になっていたのだった。
ケッツ 遠藤 @endoTomorrow
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