あの時一緒に過ごした思い出を今度は星々の瞬く下で

武 頼庵(藤谷 K介)

あの時一緒に過ごした思い出を今度は星々の瞬く下で



遺伝というか刷り込みというか……。子供の頃に誰かに教えられたことや、一緒に楽しい時間を過ごした事をずっと思い出として残っている事ってあると思うんだ。高校生になった俺、降谷恒星ふるやこうせいにとってのソレは、父さんや母さんと幾度も一緒に見上げた満点の星空。


父さんは小さい頃から宇宙というか夜空に見える星に興味があり、大学に進んだのもその道の研究者になるためだったと、とある秋の日のキャンプにて星空を一緒に眺めながら語ってくれた。


 母さんはそんな父が研究に没頭するあまりにだらしない生活をしていた事で、生活習慣や自活できるようにと手を貸していた様だけど、色々と世話をしている内に父さんに対して母性に目覚めてしまったと、同じように焚火の揺らめく灯に負けないくらい、顔を赤くしながら笑っていたのを覚えている。


 こんな風に俺達家族が季節を気にすることなく、野外にてキャンプをしつつ星空を見あげるという事が『いつもの』休日の過ごし方となっていた。



「恒星」

「何?」

 学校から戻って来て、着替えを終えリビングで夕食までの少し空いた時間に、母さんを手伝いながら過ごしていると、料理の盛り付けを終えて皿をテーブルに運びながら母さんが話しかけて来た。因みに今母さんが運んでいたのは俺の大好物である『とり南蛮』である。とある理由から訪れたお店、町の食堂『耀家食堂』で食べた時からその味の虜にされてしまったのだ。それ以降何かあると母さんに頼んで家での食事のメニューに加えてもらっている。


「そろそろ文化祭じゃない?」

「そうだけど、その前に体育祭もあるんだよ……」

「あぁ、だからそんなに憂鬱そうな顔をしているのね?」

「まぁね。俺は父さんのDNAをしっかりと受け継いでいるみたいだからさ」

 母さんがそれを聞いてうふふと笑う。


「そうねぇ。お父さんは空の事には人一倍詳しいけど、残念ながら運動神経はどこかにおいて来ちゃったみたいだからね」

「父さんも同じこと言ってたよ」

「あら? うふふふ」

 母さんと一緒に俺も笑う。


「それで? 恒星のクラスはなにをするの?」

「クラスでは喫茶店みたいなものをするみたいだよ」

「クラスでは? 恒星は参加しないの?」

「するけど、俺は同好会の方でも色々と準備しないといけないからさ」

「あぁ、部員が2たりしかいない同好会ね」

「それを言わないでくれる?」

 そんな他愛もない話をしていると、リビングの中へと仕事から帰ってきた父さんが姿を現した。


「おかえりなさい」

「ただいま。お? 今日はとり南蛮か」

「そう!! 恒星のリクエストでね」

「夕食が先でいいの?」

「温かいうちに食べたいな」

「じゃぁこのままご飯にしちゃいましょうか」

 父さんが着ていたスーツの上着をリビングのソファーにかけて、そのまま食事の用意されているテーブルの椅子へと腰を下ろした。

 俺も自分がしていた手伝いを終わらせて、自分の定位置へと腰を下ろす。母さんがご飯を盛りつけた茶碗を人数分持ってきて、それぞれの前において腰を下ろして、俺達家族の普段の夕食が開始された。








「先輩!!」

「ん? おう日向ひむかいどうした?」

 一日の授業が終わり、所属している天文観測クラブ――今は部員が二人しかいないので部活と認められていない――へ割り当てられている教室へと移動していると、後ろから声を掛けられて振り向く。声掛けの主は今年入学してきた一年生の日向星羅せいらで、後方から廊下を走りつつ向かってきていた。


「こら廊下を走るな」

「えへへ。すみません。でも先輩の姿を見かけちゃったから……」

「見かけたからって走っちゃだめだろ?」

「はぁ~い。気を付けまぁ~す」

 ペロッと舌を出しつつ謝る日向だが、こういうやり取りは今に始まった事じゃ無いので、実は俺も日向もあまり気にしたことはない。


 何しろこの日向は中学校からの後輩なのだ。中学生の俺はあまり騒いだりするような性格ではなった事もあり、運動もあまりできないと自覚していたから、運動部には入りたくはなかったのだが、残念ながら俺が通っていた中学校は、名目上は部活に所属することが必須だったことで、仕方なく、本当に仕方なく軟式テニス部へと入部した。


 しかし運動神経の無い俺は当たり前に試合にも出る事が無い、補欠のまた補欠という立場だったので、割とガチ勢のテニス部員たちとは違い楽しい日常を贈ることが出来た。

 

 そんな俺だが、小学生時代からの楽しみとして図書室で天体の事についての本を読むことが好きだったこともあり、図書室へと入り浸っていたのだが、中学生時代も同じ様に空いた時間に図書室で読書にふけっていると、出会ったのがこの日向星羅である。


 当時は図書委員で貸し出しなどの業務をする為に受付に座っている事が多かったので、顔なじみなってしまったのだが、話をするようになって実は女子軟式テニス部へ所属している事も発覚した。


 それからは部活などでも見かけたら話をするようになって、俺が高校へと進学し一旦は離れてしまったわけだけど、今年何故か同じ高校へと進学してきた。そして今は部員が二人しかいない所謂同好会の貴重な部員となっている。





 

「先輩、今年の文化祭では何をするんですか?」

「そうだなぁ……。そろそろ部員も集めないといけないし、しっかりと部活動をしているってアピールしないと来年の存続も危ういから、今年の文化祭は準備をしっかりしないといけないとは思っている」

「それで? 考えがあると?」

「うん。実は考えというかまだ構想段階だけど……」

「なになに? 何ですか!?」

 日向の眼が急にキラキラと輝いて見えた。


「教室を使って、プラネタリウムをしようかと思ってる」

「おぉ~!! いいですね!! プラネタリウム!!」

「だろ?」

「え? でもどうやってやるんですか? そういうのって機器が無いとできませんよね?」

「知ってるだろ? 俺の父さんの事」

「あぁ!! そうでしたそうでした!! 先輩のお父さん、元研究員さん!!」

「そうそう」

 なるほどぉ~っとうんうんと頷く日向。


俺の父さんは、現在とある人から請われて気象予報士として働いているが、実は今も尚天体の研究者としての肩書も持っている。

そして好きが積もり積もって色々な機器をそろえていて、望遠鏡などは本当にものすごい倍率でどでかいものを所有しているし、それを使って星空を見るために、家の屋根を一部改造して天体観測所のような物を作ってしまっているし、先ほども話しに出ていた室内で星座などの鑑賞が出来る小型のプラネタリウム装置なども持っているので、それらを父さんに頼み込んで貸してもらうという話は既についていた。


「実は計画上はもう一つあったんだけど」

「それは何です?」

「実際に屋上で天体観測をしようと思ってたんだよ」

「いいですねそれ!! 星空の元で先輩と……」

 日向はごにょごにょと何かをつぶやきながら、体をくねらせている。


「でも却下された」

「えぇ~!! どうしてですか!! 何でですか!!」

「夜は一般人を学校に入れることができないから」

「あぁ~……」

「まぁそう言われてしまうと、確かにそうだなって思うし、仕方がないよ」

「た、確かに……でももったいないですぅ~」

「もったいない?」

「あ、い、いえ!! 何でもありませんよ!! 本当に何でもないです!!」

「???」

 あせあせと両手をばたつかせる日向。

 

――さてどうしたものかな……。

 何故か焦る日向と共に、俺はどうしようかと思いつつ、同好会の部室となっている教室へと向かい歩いていく。

 遠ざかる俺の姿に気が付いた日向が慌ててまた廊下を走って追ってきていた。





 俺が心配している間にも時間は進んでいくもので。


 俺が苦手としていた体育祭もサクッと3年の先輩のクラスが優勝をして幕を閉じる。俺? 俺はもちろん自分が持てる限りの力を振るったさ!! まぁでも案の定というかあまり役に立つことはなかったかな……。


 さすがに参加した種目で最下位になるという事は避けられたけど、貢献できたかと言われれば、たぶんクラスの皆が俺の事を優しくかばってくれていたという事実をお伝えすれば何があったかは理解してもらえると思う。


 そして俺とすればこちらが本番と言っていい文化祭の当日がやってきた。

 実の所部員が二人きりではさすがに準備するのに時間がかかりすぎてしまって、一時は間に合わないかとも思われたけど、俺のクラスメイト数人が手伝いを申し出てくれたし、日向の友達女子も日替わりで手伝ってくれたおかげで、なんとか初日に間に合わせることが出来た。


 一応の顧問の先生も、遅い時間まで作業していた俺達を心配して、最寄り駅などに送ってくれたりと気を使ってもらったし、実は先生自体がプラネタリウムを行った事も見た事も無いというので楽しみにしてくれていたみたいで、前日に一足早く手伝ってくれた人達を呼んでお披露目をした。

 

 その時には俺たちの説明なども加えることが出来たし、教室一杯に広がる星空を眺めながら流れる音楽を聴いて、ロマンチックな時間を皆が体験し一定の評価を貰えたので、文化祭での自信にモ繋がった。


 実の事を言うと、俺はそこまでこのプラネタリウムが上手くいくとは思って無くて、訪れてくれる人も日に数人程度かな? と予測をしていたのだけど、日向の友達や俺のクラスメイトなどが色々な人に声を掛けてくれたみたいで、密かなデートスポットとして人気になり、日に数人どころか入りきらない人で列が出来るほどの人気になった。


 それが功を奏したのか文化祭の最中ではあるけど、数人の在校生のなかから入部希望者が現れた。

 そして部員の数も確保できたことと、今回の文化祭での出来事を踏まえ、正式に次年度からの部活認定を頂いたのだった。これには俺も日向も思わず抱き合って喜んでしまったのだけど、その後俺が日向にドンと突き飛ばされて壁に頭を打ち付け、どでかいたんこぶが出来てしまったのは今となってはいい思い出となっている。



 

そして――




「恒星」

「ん? どうした?」

 秋の少しばかり冷たい風が吹き込むテラスに座る俺に声がかかる。


「風が冷たくなってきたから毛布を持ってきたよ」

「ありがとう……」

 そう言って俺の隣に空いていた椅子へと腰を下ろす。

 俺達は今、父さんの知り合いから譲り受けたとある街の山にあるログハウスへと足を運び、秋の星空を二人で見上げている。


「まさかこうして本当の星空を見れる日が来るなんてな」

「そう? 私は何となくだけど、そんな予感がしてたよ?」

「いつから?」

「え? 中学生の時からかな?」

「そんな前から!?」


 あの文化祭から既に8年が経ち、今もこうして俺と俺の妻となった星羅は共に一緒にいる。


 俺は父さんと同じ道へは進むことをしなかった。あの文化祭の前の日に、隣で一緒に見上げた星空がとても印象的で、しかも皆に喜んでもらえた事がきっかけで、俺はその綺麗な一瞬を皆に見てもらう事の方を選んだ。


「まさかこんなことになるなんてね」

「嫌だった?」

「まさかぁ!! 毎日冒険してるみたいで楽しいよ!!」

「そうか。それは良かった」


俺は手に持っていたカメラを、星羅へと向けシャッターを押した。



 星空の写真家として、今では少し名前が広がり始めた俺だけど、写真集や展示会をするその最後のページや、展示スペースにはいつも冒険を共にする妻の写真が載っている。

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