第2話

自室のピアノに座る。赤いキーカバーを取る。見慣れた88の鍵盤。この部屋にピアノが置かれた当時は、とても嬉しくてそれを数えた。跳ねるようなメロディー。弾けるのが楽しくてをもっと!もっと!と夢中で練習した。今のユイには、最近何もかも遠く思える。


鍵盤を叩く。初めからテンポ良く、白雪姫の小鳥が行進するように。忙しない音が最後まで続く。

曲決めの時、ユイちゃんならできるわ。と言ってくれた先生。去年の発表会では一つ下のほのかが、少し地味な紺色のワンピースに身を包み、きっちり編んだ髪に薄いアンティークなオレンジ色のラナンキュラスを挿していて、とても素敵だった。どこかの美術館のポスターのようだった。出で立ちのせいか、ピアノも芸術的に感情たっぷり。しかし繊細に動く指。完璧だった。他の親や縁故の観客も演奏が終わると拍手喝采をスタンディングオベーションで讃えた。


余計なことを思い出した。まぶたが熱くなる。


泣きそうな自分に、大丈夫か自分と思わず嘲笑する。


不意になにか、生ぬるいものが足に触った

鳥肌が立つ


反射で下を見る。

目が合った。


女の子が自分を下から覗き込んでいる。

ユイの両膝に手を置いて。


いつも同じところで間違えるのね。

そう言ってとても心配そうに悲しそうな顔をした。

その後、信じられない口の大きさでニィっとソレは微笑んだ。ダイジョウブだよ。

叫んだ。

飛び上がるように椅子から立ち上がり、震える全身で走る。

階段を手摺に頼って踏み外しそうになりながら降りる。あーあーと口から声が漏れる。自分の声ではないような声。


バンッ!!!!!

自室のドアが突然大きな音をたてて開く


階段の終わり3段目ほどで驚いて転げ落ちた。

恐る恐る部屋を見上げる。ドアは開け放たれていて、肌寒い夕方の風が顔に触る。ビュービューと風音もしている。サイレントで弾いていたのだ。帰り道心地よい風だったので、窓を開けて練習していた。

風でドアが開いたのだ。少し冷静になる。

アレが追いかけて来たわけではない。


何なんだ。突然の恐怖とワケのわからなさで

瞬時に腹が立っていた。

なぜアレにそんな顔で同情されなきゃいけないんだ。

来る日も来る日も練習して、レッスン室から出ると、ほのかに優越感たっぷりの顔をされ、、、


気がつくと大声で叫んでいた。なんだ!馬鹿にしてるのか。あの妖怪のような女が、勝手に家に入ってきてピアノ下の隙間で笑っている。ほのかと重なる!!

何がダイジョウブなんだ。何がわかるんだ!






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ピアノ下ピア子 @sasetu

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