言いなり

惣山沙樹

言いなり

 起きると家には誰もいない。当然だ。平日の昼下がり。両親は仕事だし弟の秋人あきとは大学。冷蔵庫の中にはいつも通り秋人手作りのおにぎりが置いてありそれを食べた。

 高校を退学してから何年経ったっけ。

 俺は立派なニートとしてメシ食ってクソして寝るだけの日々を送っていた。

 近頃ではネットを見る気もゲームをする気も起こらない。ベッドに寝転んでただ時間が過ぎ去るのを待つのみ。

 外出なんてできるわけもないので、髪は鬱陶しく肩甲骨辺りまで伸びており、秋人に言われるまでヒゲも剃らない。


 ――秋人、早く帰ってこないかなぁ。


 両親はとうの昔に俺を社会復帰させることを諦めており、秋人だけが唯一俺に優しく接してくれている。両親が死んだら俺は秋人にしがみつく予定だ。

 秋人。俺の大好きな弟。小さい頃は兄らしく絵本を読んでやったり自転車の練習に付き合ったりしてやっていたが、立場はくるっと逆転した。今の俺は秋人がいないと干からびて死ぬ。

 クーラーをつけっぱなしにしていたのだが、タバコを吸おうと窓を開けた時にもうその必要はないのだと気付いた。ようやく秋になったらしい。

 ということは、もうすぐ秋人の誕生日だ。秋生まれだから秋人。安直にもほどがあるネーミング。俺は雪の日に生まれたから雪人ゆきとだし。

 当然金がない。誕生日プレゼントなんてしてやれない。その辺りはまあ、両親が何とかするのだろう。俺とは違って期待をかけているのだろうし。

 夕方になって、玄関の扉が開く音がしたので、俺はのっそり自分の部屋から出てきた。


「おかえり秋人」

「ただいまぁ! チキン買ってきた!」

「やった」

「その前におかえりのちゅーは?」

「んっ」


 秋人は俺がどんなに落ちぶれても相変わらずブラコンキス魔であり、求めにさえ応えていれば機嫌がいいので拒んだことはない。

 ダイニングテーブルに秋人の買ってきたものを広げてむさぼり食う。ろくに運動しないのに秋人と同じくらいの量を腹に入れないと満足できないので不思議なものだ。


「兄ちゃん、欲しいものない? 誕生日に父さんがお金くれることになったんだけど」

「ええ? 秋人の金だろ、秋人が自分で使えよ」

「じゃあ、僕の趣味の物買ってもいい?」

「そりゃそうだろ」


 その時は深く考えることなく受け流した。

 そして、秋人の誕生日当日。


「兄ちゃん、いい物買った。さっそくつけようか」

「つける? 何を?」


 秋人が見せてきたのは、黒い革の短いベルトのようなものだった。何なのかわからず首をかしげると、秋人はいそいそと留め具を外した。


「首輪だよ。兄ちゃんにつけようと思って」

「はっ? 俺に?」

「今の兄ちゃんは僕が世話しないと生きていけないしペット同然じゃない? だから首輪つけとことう思って」


 とうとう人間以下になる日がきたようだが抵抗するという選択肢はない。秋人は普段は温厚だが少しでも抗うとブチギレして殴ってくるのでそれは避けたいのだ。


「わかった……」


 動かず焦らず大人しく。首輪は大きさに余裕がありそこまで圧迫感はなかったが、けっこう屈辱的である。さらに秋人は首輪についた輪にリードをつけてくっと引っ張ってきた。


「うっ……!」

「似合うね。兄ちゃんは何もできなくていいんだよ、何もできないのが可愛いんだから」


 秋人は俺のベッドに腰掛け、俺は床に四つん這いになっているよう命じられた。リードは持たれたまま。


「足の指舐めるくらいはできるよね、ほらやって」


 秋人が足を組んでつま先を向けてきたので親指から順に咥えていった。指の間も丁寧に。ちゃんと気遣ってくれているのだろう、爪は短く切られていた。


「はい上手。でさぁ、兄ちゃん、僕就職したらこの家出ようと思うんだけど……兄ちゃんはどうする?」

「どう、って……俺が決めることじゃないだろ」

「あはっ、自分の立場よくわかってるじゃないか。兄ちゃんも連れて行くからね。僕の帰り、大人しく待ってるんだよ」


 今はこれで済んでいるが、二人きりの生活になればエスカレートするに違いない。それでも俺は秋人から逃げることはないだろうし、秋人が俺を捨てることもないだろうから、どちらかがくたばるまでこの関係は続く。

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言いなり 惣山沙樹 @saki-souyama

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