第4話


 シヴェルト殿下からドレスが届いた。私は卒業式の後のパーティのパートナーに選ばれたのだ。シンプルなシルクのドレスは七色に輝いて、上からレースをあしらったオーガンジーのオーバードレス。一緒に髪飾りとネックレスが届く。


 ドレスを見ながら震えが走る。

「綺麗なドレスだ。ユセフィナに似合う」

「前に着たのはこれじゃなかったわ」

「俺は見てないからな。今度は見れるんだな、一緒に踊りたいな」

「多分すぐに断罪されるわ」

 身体の震えが止まらないと、アクセルが抱きしめてくれた。

「大丈夫」

 囁いて頬にキスをしてくれる。

 でも私には、とてもあのアストリッドに勝てるとは思えない。


 卒業式の後のパーティで王太子シヴェルトは婚約破棄を言い渡す。


「君とは結婚できない、アストリッド。私はこのユセフィナと結婚する」


 殿下とアストリッドは婚約者で、こんな事は間違っていて──、どうしてこんな事になったのかといえば、アストリッドに婚約解消を仄めかした殿下に対して彼女は堂々と言い切ったのだ。

『私たちの結婚は契約である。破棄はできない』と。


 立派なアストリッド。

 私は爵位も足りない、頭も足りない、下っ端の男爵家の泥棒猫に他ならない。綺麗なドレスを着ても、殿下が隣に居ても、勝てない。


 この後、アストリッドは私を断罪するんだわ。私はまた捕まって地下牢で──。

 私は王太子殿下の身体にしがみ付く。

 あんな目に遇ったのに、私は性懲りもなくこの人の側に居る。逃げる気もなく、しがみ付いて同じことを繰り返す気だ。いいや、違う。私はこの人と一蓮托生。

 世界中が背を向けても、私はあなたの側に居る。


 アストリッドの冷たい顔、冷たい目が憎悪に歪む。

「その女ユセフィナ──」

 アストリッドが私を逆断罪する。

 ──より先に、国王陛下が現れた。そして近衛兵がパーティ会場にバラバラと入って来る。

「ダーラナ公爵令嬢アストリッドを捕縛せよ」

「何と、何と仰いました陛下。わたくしを──?」

「クーデターは失敗し、ダーラナ公爵は捕縛した。そなたも長年のシヴェルトの補佐ご苦労であった。少し休むがよい」

「シヴェルト殿下!」


 目の前に居たアストリッドはスカートの中から剣を取り出し手に取った。その剣を私に向けた。私はここでひと思いに殺されるのか。


 だがその剣は私に届くことはなかった。王太子シヴェルトを刺したのだ。彼は私を庇って凶刃に伏した。近衛がまだ剣を振り上げるアストリッドを斬り捨てる。王太子は胸の辺りを押さえて床に頽れる。押さえた手の間から血が流れ落ちる。


「きゃあぁぁぁ!」

「ユセフィナ……」

「殿下、シヴェルト殿下!」

 彼の身体に縋って泣く。血が溢れて殿下の顔が紙のように白くなる。私の身体を抱いていた手が力を失ってパタリと落ちる。


「いやいやいや」

 首を横に振る。涙があふれる。どうすることもできないで、泣く事しかできないで、彼の命が失われてゆくのを見ているしか出来ないで────。

 

「いや、いや、殿下、死なないで」

「泣くな、ユセフィナ。俺が助けてやる」

 いつの間にかアクセルが側に居る。時間が止まっているように誰も動かない。

「どうやって? 時間を戻すの?」

「もう時間は戻せない。俺がこいつの中に入って生き返らせる」

「そんな、じゃあアクセルは?」

「お別れだな、ユセフィナ」

「そんな、待って!」


 牢の主は悪魔で王太子と入れ替わるという。でも、私あなたも好きなの、彼も好き。どうすればいいの。

 彼は私の唇にキスをして行ってしまった。それで私の身体が動かなくなる。

「あああ……」

 アクセルの身体が、死にかけたシヴェルト殿下の身体に重なった。そして吸い込まれるようにいなくなった。

 アクセルが消えて周りの人が動き出す。


 血の海からゆっくりと手を伸ばすシヴェルト殿下。泣いている私の手を握り離さない。担架が来て殿下を乗せる。私は付き添って一緒に病室に行く。

「かなり出血しておりますので予断を許しません。絶対安静でお願いします」

 国王陛下が殿下の枕元に歩み寄って顔を覗き込む。紙のように白い顔。血の気の無い唇のシヴェルト殿下。でも生きている。


「御前失礼します。お側に居させてくださいませ」

 涙を拭って陛下にお願いすると、

「許す」と一言しゃがれた声が聞こえた。


 殿下は手を離してくれなくて、私はずっと病室のベッドの側に居た。家族が王宮に来て恐縮していた。

 やがて、王太子は目覚めてやっぱり私と結婚するという。

 彼が好きなので頷いたけれど、私の心が半分になった。半分は彼の中に入って行った男を想っていつまでもメソメソしている。


 父は男爵から飛び越えて伯爵になった。私と殿下が結婚して子供が生まれたら侯爵になるという。何をどう話し合ったらそういうことになるのか全然分からない。

 隣にいるシヴェルト殿下を支える毎日だ。


 結婚式の後の初夜の部屋に、アクセルが現れた。

 どうして、何で。嬉しいけど彼は。

「俺は死んだあいつの中に入った。そしたらあいつは未練たらたらで出て行かない。それで同居することになった。昼はあいつ、夜は俺」

「アクセル、生きていたのね。嬉しいわ」

 両手を広げて抱き付いた。

「おお、俺もまんざらでもないのな」


「ちょっと待て、私もユセフィナが抱きたい」

 アクセルの右側の顔がシヴェルト王太子殿下になった。

「うるせえな、生き返れただけでも上々だろ」

 左側のアクセルが文句を付ける。

「嫌だ」

「しつこい奴だな」

「生憎とな」


 ああ、王太子はしつこかった。アクセルは諦めない人だった。いや、悪魔だった。でもあたしはおバカだし、二人がいてくれたらそれでいいしー。

 薄々の夜着を着てベッドの上に座って、ひとりで二役をする男を見ている。


「じゃあ最初は俺な」

「仕方がないな二番目は私だ」

 ええと、私身体が持つかしら。ていうか、このシチュエーションはどこかで……。顔を顰めて頭を押さえた私をアクセルが見て、慌てて抱き寄せる。

「アクセル……」

「いいから黙って、余計なこと考えんな」

 唇が降って来る。ああ、頭がふわふわする。気持ちがいい。

「あいつらは俺が喰ったからもう会うこともない。大丈夫だ」



 でも、こんなの誰が望むと思う?

 王太子は生きている。生き返った。そして牢にいたアクセルも生きている。王太子の中に。右を向くと王太子、左を向くとアクセル。どうしてこんな事に。今日はどっちになるのかしら。

 私は二人に愛されている。こんな事、誰に言えようか。


 そして生まれた子供は双子の男の子で、王太子とアクセルに似ている。

 黒いサラサラの髪と金髪クルクルの髪に──。



  おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢にざまぁされるおバカなヒロインです。もう退場していいですか。 綾南みか @398Konohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ