第3話


 とはいえ、私のいち押しはシヴェルト殿下である。しかし、王子と仲良くしようとするとことごとくアクセルに潰される。

「あいつと付き合うと、また地下牢行きだぞ──」

「でも、気が付いたら側に居るんだもん」

「俺だっているだろう」

「んー、わっかんなーい」

「バカの相手も疲れるぜ」

「無理に相手してくれなくってもいいもーん」

「お前って友達は?」

「上辺だけなら一杯いるしー、それでいいと思っているの」

「そっか」

「ねえ、殿下が私とくっ付かなかったら、誰とくっ付くか知りたい」

「そんなこと知らねえ」

「うそ」

「俺っちお前と一緒に戻ってきたからよ、後のことは知らん」

「どうしてそんなこと? あなたってバカなの?」

「命を助けた相手にバカとかひでえ奴。おまけにまた特攻するし、同じ目に遇うの目に見えてんのに、お前の方がよっぽどバカじゃん」

 バカとか言われなくてもおバカだしー。



「いいか、オルソン男爵家は交易の港を擁し、鉱山を擁し、他国と共同で魔道具開発をするなど商工ギルドにおける重鎮である。国にとって役に立つ。出しゃばらない所もいい」


 ある日、突然アクセルが語りだした。もう春の花祭りも終わって収穫の季節が近づいている。収穫が終われば卒業パーティだ。

 シヴェルト殿下と私はニアミスを繰り返しながら、あと一歩が出ないでいる。


「しかし、オルソン男爵家を王家に取り込もうとすれば公爵家が邪魔をする」

「そうなの?」

「公爵家は古くからのこの国の貴族家で王家とも血の繋がりがある。現当主も王位継承権を持つ。もちろんダーラナ公爵令嬢アストリッドも王位継承権を持つ」

「へー、アストリッドってすごいんだね」

「あほ」

「どうせ私はバカだもん」

「だがアストリッドは王子を見捨てた。公爵も王子を見捨てた」

「どうしてシヴェルト殿下を?」

「つまり、見捨てても立ち行ける相手を見つけたのだ」

「へえ、誰?」

「誰だろうねえ」

 アクセルは肝心なことは私に言わない。



 いつも通りに学校に行くが、いつも一緒のアクセルがいない。何処に行ったんだろう。何にも言わなくていなくなっちゃうんだもの。


 その日、アクセルがいなくて殿下が話しかけて来た。

「やあ、君に会って何だか話したくなった。こっちにおいで」

 殿下に促されて図書館の奥の小部屋に向かう。

「一番奥の部屋はちょっとしたことに使えるんだ。もちろん護衛がいるし何もできないんだけどね。君を招待しよう」


 殿下のエスコートで図書館の奥の小部屋に行く。

「内緒の話はこれでできるんだ。君のところの製品だね」

 にこりと笑って殿下が取り出したのは、呼び出しベルみたいな魔道具だ。上のポッチを押すと結界ができて内緒の話ができる。


 魔道具は私が欲しいなあと言ったらしばらく経つと出来ていて、お兄様かお父様がにっこり笑ってプレゼントしてくれる。これは前回、殿下が内緒話ができるといいなあと言い出して私が強請った物だ。今回、何故これがあるのだろう。


「何故かな、ユセフィナに聞いて欲しいんだ」

 そうして彼が話したのは──。


「アストリッドには好きな男がいる。始めは誰か特定できなかった」


 分かる。彼女の鉄壁の令嬢の顔を見よ。崩れたのは逆断罪の時だけ。勝ち誇ってさらにその上、ものすごく嬉しそうで幸せに光り輝いていた。


「夜会の時に国王に呼ばれて、彼女から離れた。その日は隣国の宰相が来ていた。まだ若くて切れ者で妻帯している。彼女の……、その苦しくも歓喜に似た表情、乞い願うような想いが見て取れた。一瞬だけだ」

 それで私は殿下に思った事を言ったのだ。


「秘めたる恋なのね。彼女は崇高だと思っているのねきっと。至上の恋だと思っているのね。だから、だから。私達の軽いお遊びのような戯れが許せないのね」


 殿下は少し驚いたような顔をして私を見る。

「ユセフィナ、君と話をした事はなかったのに、私はこんな話をしてしまって……、それなのに君の返事は何もかも知っているようだ」

「知っているの。私は処刑された。殿下はどうなるのかしら」

「どうしたらそんなことになるのだろうね」


 そうね。この人はまだ知らないのね。このままアクセルが邪魔するまま殿下から逃げていれば何も起こらないかしら。その方がいいかしら。

 でも、せっかくだから今のこの時間を楽しもう。

 図書館の小さな小部屋で。

 私たちは寄り添ってまるで恋人みたいに。目を上げると彼がじっと私を見ているの。


「どうしたの? 殿下」

「どうしたのって?」

「まるで私に恋をしているみたいに」

「私はずっとユセフィナに恋をしていたんだ。やっと分かったよ」

「ねえ、恋をしたら身の破滅なの」

「今度はそうならないようにしよう」

 あなたと私がハッピーエンドなんて信じられない。そう言うと抱き寄せられた。


  ◇◇


 もちろん私は家に帰って家族に報告した。アクセルが私の足りない言葉を補足する。彼はこの国に居ない間、隣国に行っていたらしい。


 隣国の宰相は才気煥発で、たったひとりの王子が知的障害者なのをいいことに跡取りとして据え、権力を握り国を思いのままに動かそうと考えた。


 それを得々と女との閨で語ったらしい。相手の女はまあ素敵と言ったかどうか、とにかくそうなったら、この国も彼と歩調を合わせて我が物にして、彼と一緒になって国を統合し治める、と言ったか、思ったか。


 アクセルは隣国の国王に国の行く末を語ってやったらしい。国王は才気あふれて暴走気味の宰相を切ったのだ。尖れば打たれる国であった。


「どうしてそんなことを知っているの? どうしてそんなことができるの?」

 アクセルに問えば、彼は悪魔なのだと告白した。


 あの薄暗い地下牢に生まれて、人の憎悪と欲望と苦しみとそんなもろもろの負の感情を糧にして育った。そんな者がどうして私を助けてけれるのか分からない。

 でも彼は時間を巻き戻して、殆んど人間じゃなかった私を戻してくれた。

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