第2話


 お父様とお母様には夢で見たとして巻き戻る前の事を話した。何かあったら逃げて欲しいと思ったのだ。あの女は私だけでなくシヴェルト殿下も捨てるつもり、私の家オルソン男爵家も潰すつもりだった。だから、ありのままを話す。その後、考えるのはおバカな私には出来ないから丸投げだ。


 家族が総出で私の学校行きを反対する。

「どうしてもというなら海の向こうの島国の学校にしなさい。あっちは安定している。我が商会の支店もあるし」

 私はそんな遠くに行きたくない。困惑していると声が聞こえた。


『向こう側を油断させるために暫らく通ってみる、とでも言えば──』


 なるほど、考えるの面倒だしそれでいいかと思ったら、声がクスリと笑う。


  ◇◇


 王都の貴族学校に行く日が来て、馬車で学校に行く。王都のタウンハウスは貴族街の外れにあって、そこそこ広いお屋敷だ。学校は王宮の近くの山の手にある。端っこのタウンハウスから結構遠いので少し早めに出ることになる。


 入学式の日、王太子シヴェルト殿下は生徒会長で婚約者のアストリッドは副会長だ。生徒会の役員は一足早く学校に行って入学式の準備をし、ホールに集まっている。新入生はホールの入り口付近で上級生からリボンを受け取り胸に付ける。

 

「入学おめでとう」

「ありがとうございます」

 ああ、昨日ぶりのシヴェルト殿下がいる。一年分若返った殿下が。あの後、彼はどうなったのかしら。近衛兵に連れて行かれていたけれど拘束されていたし、ただでは済まなかったんじゃないかな。


「やあ、君は──」

 サラサラの金の髪、青い瞳。非常に整った甘い顔。惹きつけられるようにシヴェルト殿下が私の前に来てリボンを差し出す。


「ちょっと待て、何なんだお前は」

 王太子と見つめ合おうとしているところを、脇から誰かが腕を掴んで引っ張る。

「だってぇ、マジ好み、一等好み、最推しー!」

 王太子殿下も婚約者のダーラナ公爵令嬢アストリッドに話しかけられて、こちらを見つつも私たちは引き裂かれた。私の手に王子から渡されたリボンだけが残る。


「分かんねえこと言ってんじゃねえ」

 私を引き止める人がいる。

「誰、あんた」

「俺が分からないのか」

 そう言われて初めて私を引っ張る男を見る。黒いクルクルの髪、アメジストの瞳、白皙の顔、イケメン。王子と全然方向性の違うタイプ。

「誰?」

 じっと見るが覚えがない。こんなイケメンがいたら惚れっぽい私が忘れる訳はないんだけどなあ。


「まーったく」

 男が私の手を掴んでどこかへ連れて行こうとする。

「どこに行くの?」

「誰もいないとこ」

「トイレかー、空き教室かー、王家の学食サロンかー、図書館の奥の部屋」

 思い付く場所を並べてみた。そのどれにも王子とのイチャコラした思い出がある。あいつ結構しつこかったなー。


 チロリと私を横目に見る男は、私の手を引っ張って歩き出す。

「空き教室だな」

「こっちー」

「何で知ってんだよ、新入生だろうが」

「そーだけど、ま、いいじゃん」

「頭悪そうな奴だな」

「ほっといて」

 適当な空き教室を物色して中に入った。


「ここでいいか、で何の用」

「こういう所は結界を張るんだぜ」

 彼が指をパチンと鳴らすと光が迸り私たちの周りを覆って消える。

「わ、すごい。綺麗な結界ねえ」

「お前、不安とかないのか」

「へ、何故」

 男は私の腕を取ってポンと突き飛ばす。私は机の上に背中から倒れた。すぐに男がのしかかって来る。

「きゃっ」


 目の前に切れ長の紫の瞳。鼻が当たる。くるんとカールした黒い髪。綺麗な男だけど、前回こんな奴いたっけ。

「お前、恩人を忘れるんだな。そーいうヤツなんだな」

「待って待って、思い出すから」

「思い出さないでいい!」

 そう言って彼はキスをするのだ。頭がふわふわして気持ちがいい。

「ねえ、どうしてあなたとキスをすると気持ち良くなるの?」

「お前の昏い部分を取り除いてやっているから」

「よく分からないわ」

「まあいいさ」


 そうやって入学式の後の一限目をふけて二人で過ごした。

「そういや私、クラスが分からないわ」

「クラス分けの張り紙が中庭にあったぜ」

 空き教室を出て中庭に向かう。彼は私の手を掴んでそのままつないで歩く。


(どうして手を繋いでいるんだろう)

『お前がふわふわしているからだよ』

 地下牢で聞こえたあの声が聞こえる。

(……何で、何で助けてくれたの?)


 答えはなかった。すぐ中庭に着いて、張り出してあるクラス分けの紙を見る。

「へ、同じクラスでやんの」

「そうなの、あんた名前は」

「あんた呼ばわりか」

「だって殿下じゃないし―」

「お前なぁ、どいつとつるんでも豚箱入りだぞ」

「あ、そっか。豚箱で会ったんだ」

 男は横を向く。そこら辺は答えてくれない。


「命の恩人ってヤツね。ねえねえ、何で助けてくれたの」

「お前な。まあいいか、余計なことは言わない方がいいな、お前には」

 何でイケナイのだろう。私がおバカだから?

「名前は教えてくれる?」

「アクセル」

「どこの人」

「隣国の商会の息子という触れ込み」

「そうなんだ、私と釣り合っているわ」

「だな」

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