第2話 ソウル

「皆様が受ける特別処置は、至って単純で、至って残酷で、至って悪魔的な処置、現世の言葉でいう『デスゲーム』でございます! カーッカッカッカッカッカー!」

 鴉の悪魔が告げたその言葉に、若者たちは戦慄を覚える。

 デスゲーム。

 勝利すれば莫大な報酬を得ることができるが、負ければその場で命を落とす、これ以上ないほどハイリスクハイリターンという言葉が似合う、究極のゲーム。

 創作の世界でしか目にしないそれを、目の前の悪魔が、他でもない自分たちにさせると宣言した。

 これには、悪魔が相手とはいえ流石に沈黙するわけにはいかなかった。

「何よ、デスゲームって!」

「これのどこが納得していただけるであろう処置だ!」

「そんな勝手に従うわけないでしょ!」

「さっさと解放しやがれ!」

 集団の至る所からレイヴンに向けた怒号が飛び交う。

「皆様、お静かに。お静かに願います。」

 レイヴンが壇上から呼びかけるも、怒号は収まることを知らない。

 彼が何度丁寧に呼びかけようとも、効果はなかった。

「カァァ、仕方ありませんね……」

 痺れを切らしたのか、ため息のような鳴き声をこぼすと、背を丸め、翼を胸の前に運び力を溜めるような構えをすると、不意に翼を大きく広げ……

「ガァアァァアァアアァッ!!」

 と、けたたましい雄叫びのような鳴き声を放ちながら、先ほどより三回りほども大きな渡鴉の姿へと変貌した。

「口を慎め、下等な人間どもが。それとも、この場で我に消し炭にされるか? 貴様らの処遇は我に一任されている。ここで貴様らを葬り去ろうと、何ら問題はないのだぞ?」

 そう言うレイヴンの風貌は、まさに悪魔のそれであった。

 デスゲームをさせる奴の何が優しいのか、先ほどはわかりかねたが、今ならその答えは明確だった。

 最も簡単で最も楽な方法である『処分』を取っていない時点で、彼は悪魔としては十分優しい方だ。

「これでわかったろう? 我は貴様らに同情し、敢えて面倒な手段を取ってやっているのだ。」

 集団が静まり返る。

 この場を支配するものは、彼らがこれまで感じたことがないほどの、果てしない恐怖に他ならない。

 もしまたこの悪魔を怒らせてしまったら、自分たちは間違いなく殺される。

 レイヴンは自身の途方もない力に圧された様子の若者たちを鼻で笑うと、先ほどと同じ人間のような姿に戻った。

「さてと……では、話を戻しましょうか。」

 そして、この地獄のようなデスゲームのルールが説明される。

「まあ、単にデスゲームと言いましても、皆様がご存知であるもののように、多種多様な競技を用意する手間と時間は全くもって無駄でございます故、簡潔なものと致しました。皆様の持つ強い無念を具現化した力、"ソウル"を使い、殺し合いをしてもらいます。戦意を喪失し、戦闘を放棄した場合も、敗北と見做しますのでご注意ください。ソウルを呼び出す方法は至って単純、ただ念じれば良いのです、『力を貸せ』……と。」

「わっ……!」

 それを聞いて、集団の中の一人が早速ソウルを呼び出したようだ。

 ソウルを呼び出したのは、玲奈だった。

「ほぅ、お前が妾の主か。名は何と言う?」

「れ、玲奈です……!」

「玲奈か……妾はイワナガじゃ。我が力、存分に使うがよい。」

 そういうと、イワナガは玲奈の中に戻っていった。

「おやおや、元気がよいことですね。もう呼び出してしまわれるとは。ああ、別に咎めるつもりはございません。遅かれ早かれ、参加者なら誰もが呼び出すことになりますから。」

 レイヴンの視線が自分に向いていることに気づいて、玲奈はびくりと身体を震わせる。今、彼の癪に触ってはならない。勝手なことは慎まなくてはならないのだ。

「さて……では、最後に最も重要なルールをご説明させていただきます。このゲームの敗者は、幽世かくりよからも、現世うつしよからも、永久に、消滅していただきます。」

 集団が呆然とする。あの世からもこの世からも、永久に消滅する。

 勝てば生き返ることができるが、負ければ自分という存在そのものがなくなる。

「敗者が負けを認めて『はいそうですか』と大人しくする保証はありませんからね。むしろ、普通なら絶対抵抗するでしょう。放っておいては無念は強まるばかり、現世に化けて出られてしまうのがオチです。先ほどお伝えした通り、私共、冥界の者たちはそれを許すわけにはいかないのです。なので、最も強い無念を持つ、手に負えない者を生き返らせ、他は一思いに消してしまうのが妥当だという結論に落ち着きました。ああ、ゲームに参加するかは皆様の自由ですよ。未来永劫、輪廻転生の権利を捨ててまで戦いに身を投じるか、これだけのリスクを負ってまで生き返ることはないと判断し、今世を諦めてここで輪廻が巡るのを待つか……どちらを選ぶも良しです。無論、私を打ち負かそうという考えは抱かない方が賢明ですよ。まあ、先ほどの変身を目にしてなお、私に挑もうとする愚か者はいないと思いますが。」

 言われるまでもなかった。いくらソウルの力があるとはいえ、レイヴンに挑むのは目に見えた自殺行為だ。

 例外なく、生き返れるのは一人だけ。

 集団の中には恐らく、玲奈たちの他にも互いに友達である者、恋人同士の者、あるいは家族である者がいるだろう。それでもなお、生き返ろうと言うのならば、その相手を切り捨てなくてはならない。その者たちは、何ともいえぬ、酷な選択をしなくてはならない。

「皆様に一時間だけ、考える時間を与えましょう。勝利すれば生き返れること、負けたら消滅させられること、勝者はただ一人であること、そして、勝利のために親しい者を切り捨てなくてはならないこと。そのことをよく考えて、参加するか否か、お決めください。ご友人方とご相談されても結構です。それでは、一時間後に。」

 そう言って、レイヴンはどこかへ消えてしまった。

 玲奈の心に迷いが生じていたのは言うまでもない。

 生き返るためには、親友を……香織を切り捨てなくてはならない。たった今レイヴンに突きつけられたその事実が、彼女の心に深々と刻み込まれていた。

「あ、いた! れなち〜!」

「……香織。」

 香織は相変わらずの様子で玲奈に近づいてきた。こんな状況で、よくそんな風に明るく振る舞っていられるものだ。あるいは不安を隠そうと取り繕っているだけかもしれない。

「大変なことになっちゃったね。生き返れるのは一人だけだなんて。」

「そうだね。れなちはどうするの? 参加する?」

「私は……まだ、悩んでる。」

 だってそれは、香織を切り捨てるかどうか選ぶも同然だから。

 出かかったその一言を、彼女はグッと飲み込んだ。

「そっかぁ……私はね、参加しようかなって思ってるの。」

「え……?」

 香織の一言は、玲奈にとってとても衝撃的だった。

 彼女は、自分を切り捨てる覚悟が決まっている。自分を切り捨ててまで生き返りたいと願っている。

「どうして……? 生き返れるのは一人だけなんだよ? 私と香織は、一緒に生き返れないんだよ?」

「いやいや、そこはちゃあんと作戦を立ててあるから。」

「作戦?」

「あのレイヴンとかいう鳥男が言ってたでしょ? 『戦闘を放棄した場合も敗北と見做す』って。だから、二人一緒に最後まで生き残って、一緒に降参するの。そうすれば?」

「それ以上、決着の付けようがない……」

「そう言うこと! そしたら、二人で一緒に生き返れるかも……でしょ!?」

 確かにその可能性を否定できる判断材料は存在しない。ルールの抜け穴につけ込んだ、とても賢い考えだ。

「もちろん、れなちが参加しないなら、私も参加しないけど、どうする?」

「参加するよ。絶対、一緒に生き返ろう!」

 心の奥底から期待が持てる提案を聞かされて、参加しないわけがない。

 二人で戦って、絶対に一緒に生き返る。




 一方のレイヴンは、応接室のような場所にいた。その前には、一人の女性がいる。

「レイヴン、参上致しました。お呼びでしょうか? ルプソード様。」

 ルプソードと言われた女性が、レイヴンの方へ向き直る。レイヴンの口ぶりからして、ルプソードはレイヴンと何らかの上下関係にあるらしい。

「ええ、そうよ。大事の処理の只中に、急に呼び出してごめんなさい。」

「いえ! 序列第三位、ルプソード様のお呼び出しとあれば、何時何時いつなんどきであれ、都合をつけて馳せ参じます! ……無論、ベルゼブブ様やアスタロト様、大魔王ルシファー様、冥界神ハーデス様からのお呼び出しと重なった場合、話は別ですが……」

 どうやら、このルプソードという女性は、人間ではなく悪魔のようだ。それも、レイヴンよりも高位だという。

「大いに結構よ。私たち悪魔にとって、序列は絶対だもの。」

 ルプソードはレイヴンの対面の椅子に腰を下ろした。人間形態のルプソードは亜人態のレイヴンよりもはるかに小柄で、どう見ても人間の女性にしか見えない。彼女が悪魔であると、誰がわかるだろうか?

「それで、此度は如何なる御用でございますか?」

「貴方に二つ、しておくべき話があって呼んだの。まず一つ目……以前にも言った通り、貴方は第六位の悪魔だけど、単純に諸々の能力を見れば、貴方は四天に相当するだけの才能があるわ。アスタロト様やベルゼブブ卿、ルシファー様が経験不足を理由に渋っているだけで、私は貴方の四天入りは妥当だと考えているの。そこでよ。今回の特例処置を無事に終えられたら、その成果を使って、私からの推薦で貴方を四天入りさせてあげる。」

「……! ありがとうございます! 必ずや結果を出して見せます!」

 レイヴンはルプソードに向かって、深々と頭を下げた。

 冥界の悪魔たちの中でも特に高位で権力のある四天の悪魔。第五位と第四位の間だけでも天と地ほどの差があるという、序列の頂点たるその座の一つに推薦していただけるとなれば、感謝してもし尽くせない。

「頭を上げなさい、レイヴン。話はまだ終わりじゃないわよ? 二つ目、これも今回の特例処置と関係があるものだけど……渋谷にいた対象者の中に、私と同じ年頃の仮装者の二人組はいるかしら?」

「ルプソード様の人間形態と同じ年頃で、仮装をしていた二人組……ですか? いるにはいるでしょうが、該当する者は数多いると思われます。その特徴だけでは、特定の二人組を判別するのは難しいかと……」

「まあそうよね。流石渋谷ハロウィーン……じゃあ、写真を見せてあげるから、これを基に探してちょうだい。」

 そう言ってルプソードはスマホを取り出し、レイヴンに写真を見せる。

「この者たちですか……わかりました。探してはみます。ですが、何故……?」

「……貴方、これから私が言うことを誰にも言わないと約束できる?」

 ルプソードはレイヴンに、意味ありげにそう尋ねた。

「ええ、まあ……」

「いいこと? 例えルシファー様やハーデス様にも、絶対に言ってはならないわよ?」

「る、ルシファー様やハーデス様にもですか?」

「そうよ。約束できるかしら?」

「……わかりました。」

「ありがとうね。」

 レイヴンが覚悟を決めた様子で返事をしたのを聞いて、ルプソードは感謝を述べて、続きを話そうとしたが、ふと何かに気づき、口をつぐみ、険しい表情を浮かべた。

「どうかされましたか?」

「この気配、"傍観者"がいるわね……天上からの差金かしら? この件は外部に漏らすわけにはいかない……レイヴン、お願いできる?」

「そういうことならお任せを。『タチキリ』。」

 レイヴンが謎の糸のようなものを取り出し、引きちぎる。


 途端に、二人のいる場所は外部からの干渉の一切を受け付けなくなった。

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