第5話

05

 フラワータウンを襲っていた怪人は、タロウの活躍によって倒された。

 爆発による一騒動もあったが、人々は次第に落ち着きを取り戻していった。戦いによって壊れた物の撤去や怪我人の救出など、セミナー会場周辺は奔走する人々の往来がせわしない。

 この町のヒーローとなったタロウもまた、会場内で倒れているところを救助され、建物の外に設置されたテント内に運び出されていた。


 戦いの終盤に白銀団子の効果が切れ、タロウの髪は銀髪から元の黒髪に戻っていた。戦いの果てに精魂尽きたタロウは、堪らずその場に崩れるように倒れ、動けなくなっていたところを救助隊に発見されたというわけだ。


「お、わっ……た。マジ疲れたあぁぁ……」


 テント内の簡易ベッドに寝かされたタロウは、天井を見上げたまま力無く呟いた。


(一介の団子屋なのに、慣れないことはするもんじゃないな。)


 満身創痍のタロウは自虐的な笑みをこぼした。


「タロウちゃん!」


 タロウは声のする方を向こうとした瞬間、身体に激痛が走る。白銀団子の反動なのか、全身打撲になったような身体の痛み方だ。タロウはそれでも何とか声のした方に顔を向ける。そこにはキクさんが立っていた。


「あ……キクさん。何か、ごめんね。こんな事になっちゃって。」


「…………。」


 キクさんを見た瞬間、悪い事をした子供のように縮こまりながら、ボソボソとタロウは謝罪するが、キクさんは無言のまま返事をしてくれない。


「キ、キクさんも身体の方は大丈夫?最初、会場内でキクさんを見つけた時は焦ったよ。」


 俺の方は見ての通り、こんな有り様だけどね。と自虐ネタで笑いを取ろうとしたが、またしてもキクさんから返事はなかった。


「……タロウちゃん。」


 カップ麺がクタクタに伸び切るくらいの沈黙のあと、小刻みに肩を振るわせながらキクさんが答える。


(あ、これめちゃくちゃ怒ってる。)


 タロウはその場の雰囲気から察し、大人しく怒られる覚悟を決める。


「タロウ、チャン。無事で……良かった。本当に、良かったわ。」


 ポロポロと涙をこぼしながら、震える声でキクさんがタロウの無事を喜ぶ。予想外の展開にタロウは少し戸惑いをみせる。


「……心配、かけてごめんね。」


 タロウはキクさんの手に自分の手を添え、改めて謝罪の言葉を告げる。

 堰を切ったように泣きじゃくるキクさんを宥めながら、しばらくの間、激しい罪悪感に苛まれるタロウであった。


「タロウちゃんがこの町のヒーローになるなんてビックリよね。亡くなったあなたの両親も驚いていると思うわ。」


 涙のピークを越え、少しずつ落ち着きを取り戻したキクさんは、タロウを見つめながらポツリとつぶやいた。


 本当だよね。自分でもこんな事になるなんて、夢にも思わなかったよ。と、タロウは苦笑いを浮かべる。


「これからどうするの、タロウチャン?」


「どうもしないよ。たまたまヒーローみたいな感じになっちゃったけど、俺の夢は世界一の団子屋になることだから。今までと何も変わらないよ。」


 それに……これ以上、キクさんに心配をかけられないからね。と、タロウはキクさんからの問いかけに冗談っぽく答えた。


 タロウの返事を聞いたキクさんは、タロウが以前のままの心優しいタロウである事に安心しつつも、だからこそ、一抹の不安を感じた。


「……心配させるのはもうこれっきりにして欲しいわね。」


 今回、タロウちゃんが帰ってこなくて寿命が20年は縮まったわ。と、キクさんも冗談っぽく答える。


(口では、あぁ言っているけど、タロウちゃんはこの町が好きだから、きっとまた、頑張っちゃうのよね。)


 キクさんはそう確信していた。1ヶ月前と比べてどこか凛々しく見える、タロウの顔を見つめながら。





 怪人が倒されても、その脅威は小さくない爪痕を残していた。 

 精神汚染から解放された町の人達は、今まで自分がなぜこんなにも商品に執着していたのかと、多くの人が頭を抱えていた。

 これまで貯めていたお金や資産を吐き出し、手元に残ったのは買い集めた商品ガラクタの山、山、山。


 今回の出来事のように、どんなに良い話に聞こえても、落ち着いて冷静に判断しなければならない。判断を誤れば、誰もがフラワータウンの人たちと同じ目に合うだろう。

 決して、“自分は大丈夫”と楽観することなかれ。この世には悪意を持った人間が間違いなく存在するのだ。第二のゴールドライアがあなたの町を狙っているかもしれない。





◇ 

 タロウはキクさんが作ってくれた晩ごはんを平らげ、食後のお茶をすすっていた。


(あー、お茶うま。)


 自分が望んでいた日常が戻ってきた喜びを噛み締めながら、タロウは改めて自分の身の回りに起こった怪事件を思い返していた。

 わずか1ヶ月程度で想像もできない事がたくさん起こった。一番の謎は町を襲った怪人についてだ。彼らは一体何者なのか。どこからやってきて、何のためにこんな犯行に及んだのか。

 そして俺にスーパーヒーローのような力を与えてくれた不思議な団子と、不思議な夢。いろいろと分からない事ばかりだった。それに……。


「まさか、俺が……だよな」


 俺が町を救った英雄だとは思わない。結果的にそうなったというだけだ。だが、町の人たちはそう思っていない。

 やれ町の英雄の誕生だ。やれ町民栄誉賞だ。などと、やんややんや言って盛り上がっているのを見るのは、全身をかきむしって悶えたくなくほど、何ともこそばゆい。

 隣の地区の酒屋のおじさんが、『銀髪戦士の祝砲』という地酒を販売してるのを見かけた時は、目が飛び出るかと思った。

 町ですれ違った高校生には写真を一緒に撮りたいって言われるし、おばあさんは手を合わせて拝んでくるし……。


「平和、だなあ……。」


 再びお茶をすすりながら、ぼそりとつぶやく。

ヒーロー人気によりタロウの営む団子屋は大きく客足を伸ばしていた。どうも、どこかのお婆ちゃんが宣伝してくれているらしい。


『タロウちゃんの団子を食べれば、きみもヒーローになれる!!』


 こんなチラシが町中にポスティングされているんだとか。


 湯呑みを傾けて、最後の一口を飲み干す。


「よし、エネルギーも満タンだ!今日は新商品の開発もしてみようかな。」


 居間の明かりが消され、タロウの背中が店の中に消えていく。

 その表情はやる気に満ち溢れていた。







◇某日某所

「ゴールドライアがやられたか。」


 机に並べられた3枚のカードの前で黒服の男がそのうちの一枚を手に取る。そのカードにはゴールドライアの顔が書いてあった。


 黒服の男は、ふん。と不満そうにしながら、そのカードをビリビリと破り捨てた。

 その後、黒服の男は伏せられていた残りの2枚を見やる。しばしの逡巡の後、その中から一枚を選び、カードを裏返した。


「こいつにするか。」


 そのカードを見た黒服の男は、口角をあげて邪悪な笑みを浮かべた。




= 完 =

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全能なる団子職人は世界を救うかもしれないし、そうではないかもしれない。 ChatNeko13 @kkcan

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