第4話

04

「ごめんくださいな。八百屋さん、団子屋のタロウちゃん見かけなかったかしら?朝から居ないみたいなの。あらそう、見ていない?うん、他の人にもきいてみるわ。手を止めてごめんなさいね。ありがとう。」


 キクさんは、タロウが忙しそうにしているのを知っていた。

 朝早くに出かけていっても昼くらいに戻り、その後団子屋を開けていた。

 お店を閉めた後は翌日の団子の準備を夜遅くまでやっていることも知っていた。

 普段であれば、そんなに根を詰めて働かなくても。と、お小言の一つも言うところである。


(でも、あんなに生き生きとしているタロウちゃんを見たら、そんなこと言うのは野暮ってものよね。仕方ないから見守りましょうかね。)


 せめて一食くらいは、栄養バランスの良いご飯を食べてほしい。タロウちゃんは昔から夢中になると、食事とかは二の次になる人だから。

 キクさんはタロウがお店を閉めるタイミングに合わせて晩ごはんを準備する。それを二人で一緒に食べながら、他愛もない話をする。キクさんにとっては金銀財宝にも優る価値のあるひと時であった。


 しかし、昨日いつものようにタロウが朝に出て行くと、それっきりお店を開ける時間になっても姿が見えず、とうとう夜になっても帰って来ることはなかった。


(タロウちゃん、どうしたのかしら。こんな事今まで一度もなかったのに……。)


 一夜明け、朝になってもタロウの姿が見えないことから、キクさんの不安はどんどん大きくなっていく。


(タロウちゃんならきっと大丈夫。)


 そう自分に言い聞かせようとすればするほど、悪い想像ばかりが頭を過ぎり、タロウの身を案じてしまう。そしてついには居ても立っても居られなくなり、キクさんはタロウが顔を出しそうな所を回っては、タロウの事を尋ねていた。

 朝から何軒も訪ね歩き、キクさんはその中でタロウが、少し前に行われた町主催のセミナーで講師を務めた男の車に一緒に乗る所を見たという話を耳にした。


「そうなんだ。黒い車に講師の男と一緒にタロウが乗り込むところを俺は見たぞ。ただ、それ以外は何かよく覚えていないんだよな。思い出そうとすると、頭に靄がかかったみたいになっちまって、駄目なんだ。」


 その話の内容に引っかかる部分はあったものの、それでもキクさんにとってはタロウの居場所に繋がる貴重な情報であった。

 どこに行けばその男に会えるのか。キクさんは講師の男の事を聞くため、町の役場を訪れた。


「それなら今日の午後に、その人のセミナーがあるから参加してはどうですか?以前に開催した時も好評でしたよ。」


 キクさんは、役場の担当者からセミナーが開催されると聞き、渡りに船とばかりに自分もそのセミナーに参加する事にした。


「これで何か手がかりが得られるかもしれない。タロウちゃん、お願いだから、どうか無事でいてね……。」


 某月某日。とあるセミナー会場。


「それでは好評だったマネーリテラシーに関するセミナーを始めたいと思います。講師のライア様、よろしくお願いいたします。」


 定刻となり、司会者が講師の略歴を説明していく。その説明が終わると、会場内には水のせせらぐ音が流れ始め、甘いお香の香りがあたりに漂っていく。


「皆さん、本日は当セミナーに足を運んでいただきありがとうございます。講師のライアと申します。」


 正面脇の壇上にライアが上り、挨拶を始めた。時にはユーモアを交えながら、時にはたっぷりと間をとって、ライアの話は進められていく。

 参加者からも笑い声が上がったり、ライアの話を聞いて真剣にうなづく者がいたり、徐々に会場内は熱を帯びていく。それに伴って、少しずつ、少しずつ、一人、また一人と堕ちていく。氷がゆっくりと解けて飲み物に混ざっていくように。


「さあ、正しい道を選択できる優秀な皆さんは、この後順番に会場内を回りながらあなたに合う商品を選んでくださいね。さぁ早い者勝ちですよ、商品の数には限りがありますからね。」


 セミナーも最終盤。ライアは話を締めくくり、暗示のかかっている参加者を立たせ、それぞれの商品ブースに移動するように誘導しようとした。


 その時、会場内の照明がフッと消える。

 プロジェクターを使うためカーテンを締め切っていることもあり、わずかに残っていた明かりが消えた事で、場内は完全に真っ暗になってしまった。

 ザワザワと参加者のどよめきに混ざって、うぐっ。むぐっ。と、声ならぬ音が聞こえ、徐々に会場内が静まっていく。


「な、何だ!いったいどうしたんだ?!」


 ライアが焦りながら、大きな声を上げる。その瞬間、再び会場内の照明がつくと、参加者はみんな黄色い液体が絡んだ団子の串を貪っていた。そしてその中にライアがよく知る一人の男が立っていた。


「お前は団子屋!!どうして……どうして、ここにいる!!!!」


 ライアが叫ぶ。

 タロウは無言で手提げからコップを取り出し、蓋の代わりのラップを外す。


「お前に閉じ込められていたが、こいつのお陰で助かったのさ!」


 タロウはスプーンを使い、コップの中に入っていた白い団子をパクリと食べた。


 白色の団子。タロウはこの団子を『白銀団子プラチナだんご』と名付けた。

 白銀団子を食べると、身体能力がものすごく高まる。例えば、大型トラックを持ち上げて、お手玉することもできるし、電車と駆けっこをしても余裕で勝てるほどだ。ただし、その効力は三分間限定だが。

 タロウは団子を咀嚼してゴクンと飲み込んだ。一拍の間を置いて、タロウの目がカッと開かれると、髪が逆立ち銀髪に変化し、タロウは淡い光のオーラに包まれた。


「待たせたな。」


 タロウはニヤリと笑い、ライアを睨みつけた。


 今回の騒動を巻き起こした張本人。

 ライアとは何者なのか。彼は怪人である。本当の名をゴールドライアと言う。

 怪人はサラリーマン風の男に扮して、セミナーと称して人を集めると、目や声から催眠音波を発することで、人の精神を狂わせていた。

 ゴールドライアによって精神が狂わされると、正常な思考ができなくなり、ただの水を貴重な天然水と信じたり、粗悪品を希少なブランド時計として大事にしたり、有名なインフルエンサーによるステルスマーケティングだと気付かずに高額な化粧品やサプリメントをどんどん買い漁っていくようになる。

 普通なら騙されないような手口に簡単に引っ掛かるようになるのだ。


 ゴールドライアはこうして得たお金を活動資金にし、人々を狂わせることで町全体を汚染させてきた。

 しかし、まれにタロウのように催眠音波に対して抵抗を持つ人がいる。これまでゴールドライアは、耐性を持つ人間を捕まえて、弱らせた後に再度催眠音波をかけていた。普通は捕縛されてから脱出してくる人間などいない。タロウが異例中の異例なのである。


 この異例の事態にゴールドライアは焦りを見せていた。


「どうやってあの部屋から脱出したんだ?私が持っている鍵が無ければ絶対に開かないはずだ!」


「今の俺なら全く問題なかったぜ。豆腐を握り潰すより簡単だった。」


 そう言ってタロウは、その場にあったパイプイスを両手で挟むように力を込めると、あっという間にサイコロ大まで丸めて圧縮してしまった。


「無駄話はそろそろ終わりにしようか?俺の方もあまり時間が無いんでな。」


 タロウは手に持っていた元パイプイスだった塊をゴールドライアに投げつけた。瞬きする間もない程の速度で飛来する金属塊を、ゴールドライアは間一髪でかわす。だが、わずかに掠めた黒縁メガネが壊れて吹き飛んだ。

 金属塊が壁にめり込むズドン!という音が開始の合図となる。参加者は蜘蛛の子を散らすように会場の外に逃げ出した。タロウは、逃げる人たちを守るようにそれらに背を向けて、タロウはゴールドライアに対峙する。


「くっ、これまでか。」


 ゴールドライアは自らの顔に手を掛け、マスクを剥ぐように真の姿を現した。その全身はゴールド調で、すらっとした長身ながら鋼のように引き締まった身体をしている。目立つ突起や触角はなく、滑らかでありながら硬質な光沢を放つ金属製の彫刻のようだった。


「それが本当の姿か。やっぱり人間じゃなかったんだな。まぁ、おかげでこの力を存分に振るえるよ。」


 睨み会う金色の怪人と銀髪の青年。お互いがゆっくりと歩み寄り、その距離は1メートルほどまで接近する。


 始めに仕掛けたのは金色の怪人。左右のパンチの連打を放つ。目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出すが、タロウはこれを最小限の動きで頭を振って難なくかわす。

 苦し紛れに怪人は右足でタロウの腹部に向けてミドルキックを放つが、これもタロウが大きく後ろに下がる事で空を切る。


 タロウは相手の体勢が乱れた隙に、床を蹴って、飛び込むように怪人に接近し、そのままタックルを繰り出して怪人を押し倒した。

 タロウは押し倒した怪人の上でマウントポジションを取り、左右の拳の連打を放つが、怪人は両腕で頭を守るようにガッチリとガードする。


「いつまで耐えられるかな!!」


 タロウはそう言うと、パンチを繰り出す速度をさらに早めた。ガードの上から降り注ぐ拳の連打は、荒れ狂う台風のようであった。そのあまりの威力にゴールドライアの鋼の腕には小さくないヒビが入っていく。


 格闘技の試合であれば、このままゴールドライアがKOされるような場面であるが、相手は人間ではなく怪人である。このままではジリ貧だとばかりにゴールドライアは反撃に出る。

 

 床に背をつけた状態から、ゴールドライアが激しく暴れ始めた。タロウはこれによりバランスを崩し、攻撃が停滞する。ゴールドライアはこの隙を逃さず、反撃に移る。


「団子屋!くらえ!『ゴールドフラッシュ!!』」


 ゴールドライアが切り札の1つをここで切った。

 怪人の全身が急激に輝きを強める。太陽の光のような輝きに、タロウは思わず怯み、顔をしかめた。


 その隙にゴールドライアは窮地を脱出し、これまでのお礼とばかりに、視界を奪われたタロウの顔に強烈な蹴りを見舞う。

 蹴りの反動で吹き飛ぶタロウ。ゴロゴロと転がりながら、勢いよく壁に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 強烈な衝撃に、身体から空気が無理やり吐き出されるように息がもれた。


(ぐっ!?やられた。こんな返しがあるとはな。光にやられて視力もまだ完全に戻らないし、こりゃあピンチだ。)


 タロウは周囲を警戒しながら、自身の身体の具合を確認する。どうにか致命傷は避けられたらしい。しかし、どちらにせよタロウが戦える時間は残り少ない。


(こうなりゃ一か八かに賭けるしかない。)


 タロウはラストチャンスに掛けることを決意する。


「ライア!お前の蹴りなんて大したことないな。それに隠し技が自分の身体を光らせるだけなんてショボすぎるだろ!」


 ペンライト程度の明るさなんてとことん無意味だな!っとタロウはゴールドライアを挑発するように言葉を重ねる。


「他にも隠し技があるなら出し惜しみせずに早く使えよ?今ならじっとしていてやるから、お前でも当たるんじゃないか?まぁ、お前の技なんか正面から受けても蚊に刺されるほども効かないけどな!」


 ゴールドライア自身も気にしている部分だったのか、思いの外にタロウの挑発作戦は奏功する。


「団子屋!そこまで言うなら取って置きの技を見せてやる!多少チャージする時間が必要だから普段は使わない技だ!念仏でも唱えて大人しく待っているんだな!」


 ゴールドライアはそう応じると、両腕を身体の前で合わせ、両手のひらをタロウに向け、まるで砲台のような構えを取る。そしてぶつぶつと何かを唱え始めた。

 タロウは徐々に視力が戻ってくるのを感じ、ゴールドライアと自分の位置関係を把握した。


(よし、何とか目は大丈夫そうだ。しかし、ライアは何をやろうとしてるんだ。よく分からないが、大技っぽいな。)


 タロウが目にしたのは、こちらに手のひらを向け、まるで照準を合わせたスナイパーのようなゴールドライアであった。


(素直に考えるなら、飛び道具系の技だろうが、果たして……。)


 所詮、町のしがない団子屋だ。戦闘技術どころか経験すら皆無。この緊迫した場面で何と心細いことか。

 しかも、白銀団子プラチナだんごの効果時間が迫ってきている。当初は天を突かんばかりに逆立っていた銀髪が、まるで水やりを忘れて萎れてしまった植物のように垂れてきているのが、その証拠である。

 しかし、芳しくない状況でもタロウは諦めるわけにはいかなった。ここでライアを倒さなければ、また大好きな町が、町の人たちがやつの餌食にされてしまう。


(そんなこと、許せる訳がない!!)


 タロウは残されたエネルギーをすべて消費して、ライアの必殺技を打ち破ることを決意した。

戦いの心得の無いタロウにできること。それはこれまで何度も何度も、繰り返し繰り返し練習して身につけた技術。『団子作り』の技術しかない。


(ぶっつけ本番だけどやるしかない。大事なのは集中力とイメージだ!)


 タロウは目を閉じ、手袋をはめている時のようなイメージで、残っているエネルギーを両手に集約させる。そのまま団子の粉をこねるように力を込めながら、を掴んだ。


 タロウによって掴まれた空気は、上質な粉が団子の生地になっていくように、ゆっくりと丁寧に練り上げられながら、その形を変えていく。洗練られたその動きは、まさしく職人のそれ。流れるようなタロウの舞いが終わりを迎えた時、圧縮され一塊となった空気は、見事な団子として成形されていた。


(間に合った!)


 タロウが目を開け、ゴールドライアを睨み付ける。それと同時に怪人が大声で叫んだ。  


「待たせたな、団子屋!!これで終わりだ!!」


『ゴールド・ハウリングカノン!!!!』


 怪人の口から放たれた超音波が、怪人の両腕を通じて増幅され、破壊の限りをつくす衝撃波となってタロウに向かって射出される。


「ぐっ!!?」


 必殺技の反動は想定以上に大きく、ゴールドライアの身体が軋む。これまでの戦いで負ったライアの両腕の亀裂はよりひどくなり、今にも砕け散りそうなまで損耗してしまう。


 タロウは迫り来る破壊の衝撃波を前にし、その耳をつんざくような音波に顔をしかめながら、陸上の槍投げのような投てき姿勢を取る。その右手のひらには先程つくり上げた空気塊がのっている。

タロウは数歩の助走をつけ、衝撃波に向かって空気塊を叩きつけるように投じた。


圧縮団子砲あっしゅくだんごほう!!!!』


 タロウの全エネルギーを消費して圧縮された空気の塊は、莫大な熱エネルギーを内包したまま、ゴールドライアが放った衝撃波に激突した。

 そして僅かな拮抗の後、衝撃波は雲消霧散。文字通り跡形もなく消し去り、空気塊は多少威力を削がれながらも、依然強大な威力を保ちながらゴールドライアに向かって飛翔していく。


「な、何だと!!!!!????」


 驚愕。ゴールドライア渾身の技だったはずが、まったく歯が立たなかった。大技の反動で硬直していたゴールドライアは、迫り来る『圧縮団子砲』を前にして、驚き、焦り、恐怖、さまざまな感情が入り交じった複雑な表情を浮かべていた。


「私は、負けない!!弾き返してやる!!!!!!」


 ゴールドライアは、迫りくる空気塊を受け止めるため、右足を一歩後ろに引き、両手を身体の前に突き出した。


 空気塊が突き出されたゴールドライアの手に触れる。触れたところから強烈な熱エネルギーが怪人に降り注ぐ。


「ぐっ!!うぐぐぅぅっ!!」


 懸命に耐えるゴールドライアだが、徐々に押し負け始める。何とか盛り返そうと怪人は両手に力を込めて抵抗する。

 しかし、その抵抗も長くは続かなかった。これまでギリギリで持ちこたえていた彼の両手が限界を迎える。タロウの技を受け止めた衝撃とその熱エネルギーにより、ゴールドライアの腕は粉々に砕け散った。

 抵抗を失った『圧縮団子砲』は怪人を飲み込みながら速度を上げる。窓ガラスを突き破り、進行方向を徐々に上方へと変えながら、空に向かって進んでいった。

 

 はるか上空まで昇った空気塊は、チカっと一瞬だけ光り、すぐさま凄まじい爆音とともに爆風が辺り一帯を呑み込んでいった。

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