第3話

03

 タロウのつくった団子は効果覿面であった。フラワータウンでは、一人、また一人とライアの呪縛から解き放たれていく。しかも元よりも数倍エネルギッシュな状態で。少しずつ、確実に、タロウの望んでいたフラワータウンが戻ってこようとしていた。


「よし、今日もうまく行ったな。これで残りは……4、5人くらいか?」


 あの不思議な夢を経験してから、ここまでかなり順調に事は進んでいた。タロウは疲労こそしていたが、それを上塗りして余るほどの充実感で満たされていた。

 今日も無事に救うことができたとあって、タロウの自転車を漕ぐ足取りも軽い。思わず鼻歌が出そうなほど上機嫌で自宅までの道を走っていた。


 この坂を下れば我が家に到着する。そんな時、タロウは自宅の前に黒塗りの車が止まるのが目に入った。


(何だ?この町に似合わない車がうちの前に止まったぞ。何の用だろう?)


 坂を下り、ゆっくりと店の前に自転車を止める。タロウは黒塗りの車の方をチラリと横目で見た。すると、車の後部席がガチャっと開き、中から一人の男が降りてきた。それはタロウが再会を熱望していた人物、その人であった。


「あなたですか。余計な事をしているのは。」


 黒縁メガネを掛け、スーツにオールバックは“あの日”と同じ。タロウはその男の顔を見た瞬間、カーっと頭に血が上るのを感じた。


「ようやく会えたな!お前のせいで俺たちは……!!」


 怒りで顔を紅潮させたタロウは、これまでの鬱憤を晴らすかのように男に掴みかかった。タロウは両手で男の首もとを力任せに締め上げ、その拍子に男が掛けていたメガネが吹っ飛んだ。しかし、男は苦しむ様子もなく平然とタロウを睨み付けている。


「あな、たが、邪魔をしたせ、いで、完璧な私、の計画、が破、綻寸、前、だ!!」


 男の発する声が先程までと異なり、甲高い機械音のような声になり、それまでの流暢さが嘘のようにぎこちなくなった。

 男は言葉を発すると同時に、ガッとタロウの右手を掴んだ。そのあまりの力強さに、タロウの手はあっという間に引き剥がされてしまう。


(な、なんて馬鹿力なんだ。俺も腕力にはそこそこ自信があったけど、こいつの場合は、け、桁外れだ!!)


「くっ……そぉぉ……」


 タロウも何とか堪えようと歯を食いしばるが焼け石に水。それでも何とかしようと、タロウの意識が右手に集中する。その瞬間、紫電一閃とばかりにタロウの身体は浮遊感を味わう間もなく、くるりと宙を舞い、ズダンと地面に叩きつけられた。まさに一瞬の出来事で、気づけばタロウは地に背をつけて空を見ていた。


(ぐっ……。何だ、今のは。投げ……られた?)


 経験したことのない衝撃に見舞われ、薄れゆく意識の中で、タロウはその男に投げられた事を悟る。それは日本という国に伝わる『一本背負い』と呼ばれる技であったが、タロウはそんなことを知るよしもなかった。


 ほの暗いトンネルの中、小さなランタンの淡い光が頼りなく足下を照らしている。こんな僅かな光でも、今の自分にとっては貴重な光であることをタロウは理解していた。仮にランタンの光が消えてしまえば、完全なる闇に包まれてしまう。そうなれば右も左も全く分からない。本当に闇というのは恐ろしいものだ。その闇から自分を救い出してくれる、この光のなんと尊いことか。

 そんなランタンの光に助けられながら、タロウは慎重に歩を進めていくと、遠くで何かが光っているのが見えた。


(あれは何だろう?もう少し近付いてみるか。)


 タロウが恐る恐る近付いてみると、そこには以前の夢に出てきた家が建っていた。前と同じようにドアに手をかけ力を籠めると、なんの抵抗もなくすんなりとドアが開いた。

 タロウが中に入ると、黒髪の子供が椅子に座っており、子供はこちらに気づくと椅子から飛び降り、タロウの下に駆け寄ってきた。


「×××!×××××。×××××、×××××××××?」


 ニコニコしながら子供はタロウに抱きつき、何か話しかけてきたが、今回もタロウには聞き取ることができなかった。

 タロウがどうするか迷っていると、黒髪の子供はタロウの右手を取り、奥の部屋を指差しながらその手を引っ張った。


(また団子を作るってことか?この間もここで団子を作ったら良いことがあったし、もう一度作ってみるのも良いかもしれないな。)


 タロウはそう考え、手を引かれるまま奥の部屋に向かった。奥の部屋のテーブルの上にはこの間とは違う粉の袋が置いてあった。子供は冷蔵庫から白いラベルの乳酸菌飲料のボトルを取り出してきた。


「ん。これを使って団子を作ればいいのか?んー……よし!一丁やってみるか!」


 タロウは粉をボウルに振り入れ、砂糖と白いラベルの乳酸菌飲料をボウルに注ぎ入れた。その後、にならないようによく混ぜ合わせ、生地を捏ねながら一つの塊をつくる。

 鍋をコンロに掛け、お湯が沸騰するまでの間に、塊にした生地を一口大の大きさに切り分け、それを手で丸めて、お皿に並べていく。

 お湯が沸騰したら、その中に丸くした団子を一つずつ丁寧に投入する。


(もう少しで完成だ。あとは甘みがどのくらいついているかだな。)


 タロウは隣に並ぶ子供の様子を伺うと、キラキラした目で鍋の中を見つめている。楽しみが隠せないのか、鼻歌のようなものも聞こえてくる。それを見ると、春の日向にいるようにタロウの心もポカポカと温かくなり、思わず笑みがこぼれてしまう。


「よし、あとは冷水で冷やせば完成だ!!」


 タロウは完成した団子を器に盛り、白いラベルの乳酸菌飲料を水で割ったものをそこに注ぐと、黒髪の子供は宝石を目にしたかのように顔を輝かせた。


「×××、××××××××?××、×××××××××!」


 子供はタロウの手にフォークを握らせてくる。タロウはうなずきながら子供の隣に椅子を並べて座った。子供は器を持ち、一しきり観察した後に器の中の白い宝石にフォークを刺して、ゆっくりと口に運んでいった。

 

 子供はモグモグモグと繰り返し咀嚼した後にゴクンと飲み込み、頬に両手を当てて満面の笑みを浮かべた。


「×××!×××!×××××××××××××!×××、×××!」


 やはり言葉がよく聞き取れない。だが、さっきの顔と一心不乱に団子を食べている様子から、今回も上手にできたみたいだ。とタロウは察する。良かった、良か…………。






 深い海の底から明るい海面を目指すように、意識がゆっくりと浮上していく。


「う……んん。どこだ、ここは?」


 タロウはゆっくりと目を開いた。目に入る家具、壁や天井からは自分がどこにいるのか分からなかった。


(俺は確か……ライアに投げられたんだっけか。)


 タロウは背中や腰の痛みから、投げ飛ばされた事を思い出す。

 どのくらい気を失っていたんだろう。その間にまた奇妙な夢をみたが、あれは何だったんだろう。いくつもの疑問が頭に浮かんできたが、そんな悠長にしている場合は無いと思い直し、タロウは数ある疑問を頭の隅に追いやることにした。


(ここはどこだ?早くライアを探さないと……。折角向こうから会いに来てくれたんだ、この機会を逃すわけにはいかない!)


 腰に手を当てながら、痛む身体に鞭を打ってタロウは立ち上がった。そしてもう一度辺りを見回す。


 タロウがいたのは、どこかの給湯室のような小部屋であった。窓はなく、白い壁と単身赴任者向けのアパートにあるような一口コンロ、小さい冷蔵庫、そして部屋の隅には大人が両手で抱えられるくらいのサイズの段ボール箱が一つだけ置いてあった。

 この部屋にある扉は一つだけ。普段は出入口であろう、その扉はガッチリと施錠されていた。


「さすがに鍵がかかっているか。」


 もしかして。と、タロウは一縷の望みに期待したが、そう甘くはいかなかった。こうしている間に、またライアに逃げられるかもしれない。

 いや、それどころかまた町の人たちが……。そう考えれば考えるほど、タロウは強い焦燥感に苛まれていた。何としてもここから脱出しなければいけない。そう思ったタロウは扉以外から出れるところは無いか、部屋の中を隈なく探してみた。

 しかし、残念ながら扉以外から脱出できるところは見つけられなかった。こうなったら一か八か。と、扉に体当たりをしてみたが、扉はびくともしない。


(くそ!駄目か。どうしたらいいんだ……。)


 八方塞がり。絶体絶命。そんな状況に陥ったタロウはある事を思い出した。前回の奇妙な夢を見た時に、夢で作った通りに団子を作ったら町の人を救う事ができた。今回も夢で作った団子を作れば、もしかしたら……。藁にもすがる気持ちで、タロウは団子づくりを再現することに決めた。


(団子を作るのは良いとして、問題は、ここで材料が揃うか……だな。)


 タロウは部屋の中を見渡し、団子作りに使えそうな物がないか探すことにした。やはり、一番期待できるのは冷蔵庫だよな。と言うことで、タロウは冷蔵庫を覗いてみた。


「まじかよ……」


 今回の団子作りのポイントは大きく2つ。

1つ目は『白いラベルの乳酸菌飲料』が手に入るか。2つ目はそもそもではあるが、『団子の元となる粉』が給湯室にあるのか。

 今回の団子作りにおいて、この2つが大きな障害になってくるとタロウは感じていた。そして先程の冷蔵庫のシーンであるが、天はタロウを見捨てていないのかもしれない。冷蔵庫の中にはお中元でもらうようなサイズではあるが、小さい缶の乳酸菌飲料が2つ入っていたのだ。


(ついてる。あとは粉があれば……。)


 団子の元となる粉以外は、この部屋の中の物を代用すれば何とかなりそうだと、タロウは感じていた。

 あとは粉だけ。先程の冷蔵庫の中には粉は見当たらなかった。食器棚の引き出しや扉などを開けてみたが、やはり目当ての粉は見つからなかった。


(普通は給湯室に団子の粉なんて置いてないよな。本気で困った。)


 部屋中を探し回ったが、いよいよ粉が見つからない。


「ん?これは……」


 そう言えば、まだ調べてなかったな。と、タロウは部屋の隅にあった段ボールを開けてみる。段ボールの中をごそごそと探ると、そこでを見つけた。それまで曇っていたタロウの表情は一変する。


(これなら、いけるか?)




 タロウは静かに、ニヤリと笑みを浮かべた。

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