ごえん

香久山 ゆみ

ごえん

 その五円玉はいつでも私のもとへ返ってきた。

 昭和三十二年発行の五円玉、錆び具合から見ても間違いない。けれど、まさか。信じられなくて、よくないこととは知りながら、五円玉の縁に赤い油性マジックでちょんとしるしを付けて自動販売機へ投入した。三日後には私の財布に返ってきた。コンビニのレジで支払っても、両替の小銭に紛れ込ませて他人に渡しても、旅先で使っても、どうしても返ってくる。イタリア旅行へいく友人に、トレビの泉にこれを投げ込んできてほしいと頼んだ時も、友人より先に五円玉が返ってきた。

 べつに何か害があるわけではない。ただ、気味が悪い。

 返ってくる五円玉に気付いたのはここ数年だが、一体いつからそうだったのか。分からないけれど、心当たりはあった。

 中学生の時、修学旅行先の京都で声を掛けられた。白い髭がぼさぼさ伸びた、ぼろぼろの格好のおじいさんで、黄色い歯は欠けているし、私は振り返ったことを後悔した。けれど、道に迷っているという老人を放っておくほど悪い子でもなかったから、私自身仲間とはぐれていたのに、律儀にスマホの地図アプリで検索して目的地の神社までおじいさんを案内した。

 道すがら、おじいさんは古都に纏わる話をしてくれた。女子中学生なら喜ぶと思ったのだろうか、怪異の話ばかりでとても気味が悪かった。無事目的地まで着くと、「お礼に」と五円玉を渡された。五円玉には赤い紐が結ばれていた。お守りとかでよくある感じ。「どうも」と受け取って別れたものの、なんとなく薄気味悪くてそのままその神社の賽銭箱に投入した。投げ入れる時ついいつものくせで心の中で唱えてしまった。

「ごえんがありますように」

 その後すぐに迷子の私は担任に保護されて、私をハブにした仲間達が他校生と揉めて大怪我をしたということでてんやわんやとなり、すっかり五円玉のことなど忘れていた。

 五円玉に纏わる思い出などそれしかない。まさか、あの時の? そんなに長いこと私に付き纏っているのかと思うとぞっとする。

 縁切寺へ行き、今度こそ「返ってきませんように」と賽銭箱へ五円玉を入れる。手離してから、やはりお祓いなどしてもらった方がよかっただろうかと思ったが、さいわいそれ以降五円玉は返ってこなかった。

 程なく出会った彼と、結婚した。子供もできた。一生を誓った夫の財布にあの五円玉が入っていることに気付くのは、大分経ってからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ごえん 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ