お彼岸ツアー
香久山 ゆみ
お彼岸ツアー
ようやく、休みをとることができた。しかし、何の予定もない。仕事ばかりで、恋人はもちろん、友人だっていない。その仕事にも行き詰っている。しかし、せっかくの休暇。目に入った一枚のチラシ、『お彼岸ツアー』。これに参加することにした。
貸切バスに乗り込む。バスツアーは年配者が多いのか、若い女性の参加をほのかに期待していた僕はがっかり。また、夫婦や友だち連れの参加が多いものだと想像していたが、反して個人参加者が多いのは意外だった。現代社会において、孤独の病を抱えているのは僕だけではないようだ。
バスは進む。車内のカーテンは閉め切られたまま。行き先を秘密にしたミステリーツアーの趣向だろうか。二時間程でバスは止った。
降りると、目の前には大きな川が流れている。添乗員に引率されて、ぞろぞろ川原に下りる。白い石がごろごろ転がる殺風景な場所。足場も悪く、高齢女性は他の客に手を取ってもらったりしている。
「さあ! 目的地に到着しました!」
添乗員が声を張り上げる。なるほどここが、とか言いながらツアー客たちはキョロキョロしている。結局、ここは一体どこなのか? そんな表情を察した訳でもないだろうが、添乗員はツアー企画について口上を述べた。
「終活、エンディングノート、納棺体験、生前葬……。高齢化社会の昨今、皆様ご自分の死に関心をお持ちです」
添乗員が白い歯を見せる。
「そこで企画いたしましたのが、この、『お彼岸見学ツアー』。向こう岸に見えるのが、まさに『彼岸』、あの世でございます!」
なんと。彼岸時期のツアーではなく、彼岸を実際に体験するツアーだという。すると、つまり、……どういうことだ? 挙手する。
「するとここは一般的な彼岸のイメージに近い国内のどこか、ということですか」
「いえいえ。本物の彼岸です。さればこそ、有意義な体験をしていただけるのです」
「あのお」
他の客が手を上げる。
「彼岸もこちらと同じ殺風景な石川原に見えるのですが。イメージでは、川の向こう岸のお花畑から死者がこちらに向けて手を振っている……、みたいな感じなんですが」
「そうですね。以前は確かにそのような風光明媚な場所だったのですが……。こちらも昨今は人口が増えまして、伴う環境破壊で美しい花畑は失われてしまいました」
先程までの営業スマイルとはうって変わり、いかにも残念そうな顔をする。
「なぜそんなに人口が増えたんですか? やはり、災害とか?」
「いえ。そのような場合も、本来でしたら輪廻によりバランスは保たれるのですが。最近はどうも」
「というと?」
「現世が辛いとこちらに来る人が増え、一方、皆さん帰りたがらないのです。現世の人間より獄卒の方がましだと仰る方も多いですね。それで、此頃は閻魔様の手も追いつかぬ程で」
「それ程こちらは居心地がいいのですか」
「いえ、最近はそうでもないですよ。人が増えましたから。やはり人間関係が大変のようです」
そうして、そのあと添乗員が二、三の質問に答えて、自由時間となった。
僕はぼんやり川原に腰を下す。じっと彼岸を見つめる人。川に足を入れ添乗員に注意される人。また、オプション料金を払った人は、奪衣婆と三途の川の渡し賃の料金交渉体験をしたり、周遊クルーズ、さらに、死後に残された者がどのような行動をとるか垣間見るという体験もある。
死後体験を選んだ男は、「わしは遺言書を残したから」と自信満々だったが、意に反して、残された者たちは骨肉の争い、果ては死者への罵詈雑言。男は肩を落とし、「いい体験になりましたね。戻ったら遺留分を考慮した上で遺言書を書き直せばいいでしょう」と添乗員に励まされていたが、あの様子では、どうしたところで相続争いは避けられまい。
死ぬのも大変なんだな。
こちらでは、先程転ばぬように手を取ってもらった女性が、相手の男性と睦まじく川原を歩いている。その様子に、僕は目を細める。
「いかがです? いい体験になりましたか」
一人でぼんやり座っている僕のもとに添乗員がやってきて、あの笑顔を向ける。
「……彼岸にしますか? 此岸にしますか?」
「しがんで、がんばります」
「よく仰いました! ついに志願なさるんですね。総理に」
顔を上げると、いつの間にやらいつもの執務室。戻った現実。夢でも見ていたのだろうか、涎を拭うと側近達が晴れがましい顔で手を叩いている。
そうして僕は総理になった。嘘だと思うだろうか、けど現実はそんなものだ。
秘書が分厚い資料を渡そうとするのを断る。この数週間ずいぶん色んな資料に当たって懊悩した。国内外の情勢も、世論も、自分の思いも、全部頭の中に入っている。そして行き着いた「最善」を実行するのは、やはり自分しかいないのだろう。
政策方針はただ一つ。生きやすい国を、作りたいと思う。あっちの世界よりもずっと魅力的な国を。
お彼岸ツアー 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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