私は私が嫌いだ

かみゆき

第1話

私は、私が嫌いだ。


自己主張が苦手で、周りに合わせるだけの私が嫌いだ。


誰かに嫌われたくない、失望されたくない。

その為だけに私を偽り、やりたくもない事に精を出す自分が嫌いだ。

学生時代、友達に合わせることが全てだった。

元々、静かなところでのんびりしている方が好きだ。

でも、友達に合わせるために馬鹿騒ぎをしていた。

静かなカフェで小説を読んでいる方が好きだ。

家でお菓子やパン作りをしていたかった。

実際は学校帰りにカラオケやショッピングモールで流行りの服やお店を見て、そんな友達についていけるように小説よりもファッション誌にお金をかけている。

休日は家にいる方が少ない。

朝から晩まで友達と遊び歩き、ファーストフードやファミレスでご飯を食べていた。

楽しくなかったか?と聞かれればそれなりに楽しかったのかもしれない。

でも、どこか空虚で、もう1人の私がそんな空虚な自分を見てため息をついていた。


私は、わたしが嫌いだ。


見栄っ張りなわたしが嫌いだ。


私は兄に影響されて男の子が見るようなテレビを好んで見ていた。

特に特撮、ロボットモノを好んで見ていた。

あるいはヒーローもの。

勧善懲悪、決まったように悪い奴らがやられるのを見て、心を躍らせていた。

でも、いつしか周りの女の子がそう言うのを見ない事に気づく。

それからは少女が見そうなアニメを見て、ドラマを観た。

興味はなかったけれど、みんなが見ているから。

爪弾きにされるのは嫌だったから。

流行りに乗った女の子を演じるうちに、みんながわたしを持ち上げるようになった。

流行りの服を買い、みんなが注目するものを食べ、話題のアプリを使い、栄える写真を撮り、etc etc

本当は違うことがしたいのに、見栄を張りたいわたしは無理をしてそれらをこなしていく。

だって今のポジションにいたいから。

スクールカーストのてっぺん近い場所を維持したいから。

転がり落ちるなんて真っ平だ。

だからわたしは今日も私を偽り見栄を張っている。


私は、ワタシが嫌いだ。

嫌なことを押し付けられても、嫌だと言えないワタシが嫌いだ。

面倒なこと、やりたくないこと。

嫌だけど断れなくて、断る勇気がなくて引き受け続けるうちに、ワタシは『いいひと』だって思われるようになった。

『いいひと』のワタシは押し付けられる。

だってあの子なら断られない。

あの子はいいこだもの。

そう言ってみんながワタシに押し付ける。

嫌だ!なんで私がっ!

そう思っても、ワタシは断れないから。

いつも貧乏くじを引いている。


そうしているうちに、私が嫌いな私が出来上がった。


今も、私は私の嫌いな私を纏い、望んでもない人生を歩んでいる。


そんな私に好きな人ができた。

同じ会社に勤める3歳年上の彼は、私より1年早くこの会社に勤めていた。

明るい茶色に染めた髪、167センチと女にしては高い私よりもだいぶ高い身長。

広い肩幅、頼りがいのありそうな体つき。

清潔感があって、近くを通ると爽やかな香水の香りがした。

そんな彼は私にはないものをたくさん持った強い人だった。


その年入った新人たちを歓迎するBBQでの話。

同じ会社の若手グループが企画して誘ってくれたその場で、私は慣れない環境に戸惑いつつ、みんながフレンドリーに接してくれるので、いつも通りにワタシを演じていた。

春にしては暑いくらいの日で、みんなビールが進んで酔いが回ってきていた。

「もったいねー。たかがシャツ一枚に何万も出すとか、信じらんねー。」

酔っ払った先輩がワタシの服の値段にケチをつけた。

ファッション誌に取り上げられて品薄になって、苦労して手に入れた一枚だった。

流行りの一枚だったけど、ワタシと私が共に気にいる一枚で、お気に入りの一枚だった。

「だいたい、見た目にいくら金かけたって、人間中身だろ。たっかい服着てても中身が釣り合ってなきゃ、意味なくない?」

その後も、その先輩の言葉は続いていたみたいだけれど、頭には入ってこなかった。

だってあまりにその通りだったから。

私はワタシとして自分を偽る薄っぺらい人間だ。

何万円もする服をに見合った価値のない人間だ。

そう言われているみたいで、自然と涙が溢れた。

「その流行りの服すら着れないヤツに言われたくはねーけどな。」

私に言葉を刺し続ける先輩を遮ったのが、彼だった。

「大丈夫?」

そう言ってハンカチを貸し出してくれる彼に

「大丈夫です。」

そう言ってハンカチを取り出して涙を拭う。

「見た目だけ良くする?大いに結構じゃねーか。中身がついてきてなくても、構うもんか。何にもしないより、見た目だけでもよくする努力してるだけ遥かに良いじゃねーか。」

私が涙を拭い、気持ちを立て直している間に、彼は言い返し続けてくれた。

「そもそも、みんな中身なんてそんな簡単に見えねーよ。人間最初に見られるのは外見。だから第一印象を良くする為に見た目に気を使う。人によく見られたいから。その為に努力してんだから、なにも悪かねーよ。」

「そもそも、じゃあお前は内面磨く努力なんかしてんのか?イイ男になれる努力なんかしてんのか?何にもしてねー奴が、人の努力を笑うなよ。」

彼の一言一言に、私の心は救われた気がした。

後から聞いた話だけれど、くだんの先輩と彼は同期入社らしく、何かと比較される2人は表面上は取り繕っているが、あまり仲は良くないらしかった。

「あいつは酒が入るとよく絡んで来るんだ。決して君のことを言ってたわけじゃないから、気にしないでね。」

あの後、帰り際にフォローしてくれた彼から言われたが、私の心はそれどころではなかった。

私が嫌いで嫌いで仕方がなかったワタシを、肯定してくれたのだから。


その後、自然とその先輩を目で追うことが多くなった。

接点はあまり多くなくて、話すことはあまりなかったけど、小さな会社でもなかなか有名な人だった。

人当たりが良くて、先輩方からも可愛がられていて、要領が良くて仕事もできる。

しっかりとした『自分』を持っているから、ちゃんと自分の考えが言えて、行動できる。

自分が正しいと思った道をちゃんと歩いている人だと思った。

私とは正反対だな、と羨ましくて、眩しい人。

憧れが恋に変わるのに時間は掛からなかった。


少しずつ、接点を増やした。

会社の若手が集まるイベントには積極的に出席した。

他部署に行く用事は積極的に引き受けた。

彼の部署に行く機会が増えるから。

彼がいれば話しかけてもらえるから。

私と違って彼は本当のコミュ力がある人だったから。

年の瀬が迫る頃には見かければ話しかけてもらえるようになったし、飲み会の席でも隣に座ったりしたから、彼のことをよく知るようになった。


このまま少しずつ距離を縮めて、アピールしていけば。

そんな都合のいい考えをしていたある日、衝撃的な依頼が回ってきた。

「〇〇君なんだけど、来月付で退社になったから、処理お願いね。」

上司が言ったこの依頼を飲み込むのに時間がかかった。

『彼が会社を辞める?』

その一文が頭の中をぐるぐると回る。

「わかりました。」

なんとか返事は絞り出したが、私は中々手をつけられなかった。

本当は急いで彼のところに行って、彼に聞きたい。

『なんで辞めるんですか?』

『何かあったんですか?』

『つぎのあてはあるんですか?』

『〇〇さんがいなくなったら、みんな困っちゃいますよ?』

『辞めてほしくありません。』

『辞めないで』

『辞めないで』

『辞めないで』

そんなことはできるはずなくて、言えるはずなくて。

いろんな気持ちを飲み込みながら、彼の退社手続きをどうにか進めた。


時間はあっという間に過ぎて、彼の最後の出勤日。

「世話になったな。」

「体に気をつけてくださいね。」

最後の挨拶に来た彼に、私はそういうのが精一杯だった。


その後聞いた話だと、彼は上司に嫌われていたらしい。

その上司は昔ながらの人間で、彼が仕事をさっさと終わらせ、他の人より早く帰るのが気に入らなかったらしい。

「遊んでいて残業するのか、時間内一生懸命働いて定時で帰宅するのか、どっちが会社として正しいのか。俺は無駄な残業なんてしたくない。時間内みんなのフォローもしてる。それでも気に入らないんなら、俺はこの会社には要らない人間だという事ですね。でしたら辞めます。必要のない人間を雇っておくだけ会社の負担になりますから。」

そう言ってあっさり辞めたみたい。

その後彼は地元の人でなくても知ってる大きな会社に再就職したらしい。

若手が開いたお花見にサプライズで呼ばれた彼に直接聞いた。

気が付けば彼の近くに行っていろいろ話すことができた。

不自然なくらい彼の近くを占領していた。

それでも


『これが最後の機会かもしれない』


そうは思いつつも、勇気が持てなくて。

結局何もできずに帰宅してしまった。


私は明らかに落ち込んだ。

自分を偽り続けても、取り繕うのが上手になっても。

結局、私は自分の思いすら口に出すことができない。

『好きです』

その一言を飲み込んでしまう。

だから、彼との接点を失い、私は勝手に恋愛し、勝手に失恋した。


「ねえ、年末にスノーボードいこ?」

この会社の唯一の友達がそう誘ってくれたのは、年の瀬も迫った日の昼休みだった。

半年以上、私は落ち込み、凹みながら毎日を過ごしていた。

「うーん、やったことないし、道具もないから。」

そう言ってやんわりと断った。

彼女は今年に入ってすぐ、同じ会社の人と付き合いだしていた。

ラブラブな2人の邪魔をするのも悪いし、と付け足すと

「来ないと、まじ後悔するかもよ?」

真剣な顔で友達が言う。

『後悔ならしっぱなしだよ。』

そう思いながら苦笑いで乗り切ろうと思った。

「だって『彼』くるよ?」

衝撃的な一言だった。

「あんた、まだ想ってるでしょ?」

なぜバレたし。

そう思うより

『もう一度会える』

それが全てだった。

「絶対行く。」

「感謝してよね。彼氏に頼んで誘ってもらったんだから。」

態度を180°変えた私を友達が大笑いしていたが、私はすでにいかにしてスノーボードに行くかしか考えていなかった。


流石にいきなり道具を揃えるのは無理だったが、あちこちツテを頼ってウエアとブーツはどうにかした。

帽子は2時間迷って買った。

ラストチャンスだと信じて。


そうして年末。

彼は少しも変わらない感じで集合場所に現れた。

想ったよりも大人数で驚いたが、友達の彼氏の采配で私は彼の車の助手席をゲットした。

こっちを見て意味ありげに笑う友達には感謝しかない。

スキー場までの道のり、私は必死に彼と話していた。

正直、いっぱいいっぱいすぎて、何を話したのかも覚えてない。

ただ、いつもの彼の笑顔に、私の心はときめいて、この半年の落ち込みなんて無かったことになっていた。


一泊2日の行程で、スキー場に着くと、ベテラン組と初心者に分かれた。

私はもちろん初心者だ。

レンタルした板を抱えてマゴマゴしていると

「こっちこっち。」

彼に手招きされていた。

周りには私と彼の他、友達とその彼氏。そして数名。

彼と、友達の彼氏が私たち初心者の面倒係らしい。

雪山初心者の私は、いろんな意味でテンパっていたけど、そんな私を彼は優しく教えてくれて、時に体を張って支えてくれた。

私を支えるために差し出された両手を掴む時、倒れそうになった時にそっと支えてもらえた時。

私の心臓はバックバクで、彼に聞こえてしまうかと思った。


わざわざスノーボード滑りに来て、私の面倒を見てもらって、ありがたいけど、申し訳ない。

休憩しようと斜面のはじに座り込んで雑談がてらそう伝えると

『俺も面倒見てもらったクチだから』

そう言って気にしないでと言われてしまえば、それ以上何も言えない。

彼の好意に甘えて、私は一生懸命練習した。

転びまくったお尻は痛くなったが、転ぶたびに彼が来て起こしてくれる。

そう気づくと私は転ぶのも悪くないと思えた。


夜、宿の部屋で宴会が始まっても、私はコソッと彼のそばをキープした。

彼はアルコールがダメだ。

私は飲めないわけではないが、あえて飲めないことにして、酔っぱらいから距離を取るフリをして、彼と話をし続けた。

宴もたけなわ、日付が変わる頃にはみんな出来上がっていた。

「先、休んで。ここ、カオスになるから。」

飲み物の追加を頼みに行くフリをして、私や他の飲まない子達を部屋に返してくれた彼。

「玉砕できた?」

部屋に帰ると友達に聞かれたが

「まだ。それに玉砕と決まったわけじゃないし。」

「ま、頑張って。骨は拾うから。」

憎まれ口のように励ましてくれるのがありがたかった。

『明日、必ず。』

気合を入れて、寝ることにした。

お尻は痛かったが、疲れていたからすぐに眠れた。


翌日も快晴で、絶好のスノーボード日和。

私は彼と友達、その彼氏の4人でゲレンデのテッペンにいた。

「リフトの乗り降りは、初心者には難しいから。」

そう言った彼の意見に賛同した結果だ。

幸いこのコースはおよそ緩やかな斜面が多く、私でも問題ないだろうからと説明を受けた。

「ゆっくり行こうぜ。」

再び彼にリードされ、ゆるゆると滑り、転がり降りていく。

昼近くになると、友達と彼氏は居なくなっていた。

『気を利かせるから。』

そう言われてる気がした。

「ゴール。」

斜面に座る彼のそばにどうにか近づいて止まろうとした結果、彼にぶつかりそうになり、その逞しい腕で止めてもらえた。

「ありがとう、ございます。」

「そう言えば、あの2人消えたな。」

「ラブラブですから。」

「俺たちはお邪魔虫だったか。ごゆっくり〜。」

ここにはいない2人にそう言って手を振る彼がおかしくて笑った。

「今日も付き合わせちゃってごめんなさい。」

「いいのいいの。気にするなよ。」

「でも、せっかくのゲレンデなのに。」

「好きでやってることだし。」

そう言ってくれる彼に申し訳ないと思うと、何だか本当に、申し訳なくなってしまった。

私が来なければ、彼は楽しめただろう。

私が邪魔をしている。

私なんかに好かれたから。

また、ダメな私が顔を覗かせる。

どこかに置いてきたはずの落ち込んだ私が、私を谷底に引き落とそうとする。

「どうかしたか?」

と、そんな私を彼が引き戻してくれた。

「凹むなよ、誰だって最初は下手くそで当たり前だ。俺だって転んでばっかで、最初はめっちゃお尻が痛かったから。」

「凹みますよ。でもちゃんと滑れるようになります。お尻は痛いですけど。」

「プロテクターのありがたさよな。」

「帰ったら速攻買いに行きます。」

「俺は初めからつけてたけどな。」

「ズルイです。」

「情報力の差だな。下調べしないから。」

そんな時間なかったんですよ。

あなたがくるって知ってから、必死で準備したんです。

「ズルイです。」

「人は転んで起き上がる時に学習するものなのだよ。」

私は転んでばかりです。

あなたに会えると聞いたから、やっと起き上がれたんです。

だから。

想いが溢れた。


「どうして、こんなに親切にしてくれるんですか?」

「言ったろ?俺もやってもらったクチだからな。」

「私じゃなくても?」

「どういう•••」

「私じゃなくても、こんなに親切にするんですか?私は、私はっ!」

「言ったろ?好きでやってることだって。」

「だからそれはっ!」

「さっきの問いな。答えはやらない。俺はどうにか滑れるようになったら放置された。だから、オマエじゃなきゃ、放置したよ。」

「えっ?」

「お前だから、放置できない。お前だから、こうしてそばにいる。それが俺のやりたい事、だからな。」

「ズルい••••••で•••す。」

涙が溢れる。

「あなたが、いなくなって、私は落ち込みました。あなたがいない日がどんなにつまらないか。どんなに切ないか。私は意気地がなくて、想いを伝えられなくて。そんな自分が嫌で嫌で。」

「そんなに自分を卑下するなよ。」

「私は、私が嫌い。ウジウジして、誰からも嫌われたくなくて、いい子ぶって、やりたいこともやれない、言いたいことも言えない。そんな私が大嫌い。」

「そうか?俺は好きだけど?」

好きと言う言葉に思わず、彼の顔を見る。

「俺は好きだよ。みんなに好かれようと努力できるお前が好き。場の空気を壊さないように気遣えるお前が好き。文句言いながらでも、貧乏くじをすすんで引けるお前が好き。」

今、好きって。

「だからそんなに自分を卑下すんなよ。」

「いま、好きって」

「好きだぞ?だから、今ここにいる。お前がくるって言うから、ラストチャンスだと思って。」

え?今なんて?

「これを逃したら後がない。もう会えないかもしれない。だからこの機会に賭けて、俺が好きだって伝えたかった。だから、俺の好きなお前のことを、他ならぬお前が卑下にするな。俺と自分くらい、自分を好きでいようぜ。」

「うん•••••••うんっ!」

もう涙で何も見えない。

でも、私は笑えてるはずだ。

「あー、もう!そんな泣くなよ。」

誰が泣かしてると思ってるんだ。

女の涙は高いんだぞ。

それにこれは嬉し涙だ。

幸せな、幸せな涙だ。

そっと、涙が拭われた。

「泣き止んでくれよ。」

ムリ。だって嬉しすぎるから。

「泣き止まないんなら、チューしちゃうぞ?」

返事の代わりに、目を閉じた。

そっと柔らかな感触が唇に伝わる。


ちょっとだけ、私はワタシが好きになれた。


だって、彼が好きだと言ってくれたから。


大好きな人が好きでいてくれるから。


私はワタシが嫌いだった。


今は少しだけ好き。

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