第1章 異世界よりの来訪者

 5月初旬の朝。初夏しょかによる暑さが気になりだしてくる時期ではあるが、やはりこの時間は体が冷える。

 段々とかよい慣れてきた通学路を、俺——宇野うのかなではいつもよりゆったりとした歩調で歩いていた。とは言っても、特段何か特別な事情があるからとかではない。ただ単に時間があるから、少し早めに自宅を出たからというそれだけの理由に他ならない。

 

 俺はつい先月に入学式を迎えたばかりの高校1年生だ。つまりは、この通学路を約1ヶ月間通り続けている。初めこそ、そこそこの規模がある公園や、郊外ならではの商店街、都心での人通りの多さには目を奪われはしたものの、今となっては物珍しさは感じない。中学校とは真逆の方向で初めて見る景色ばかりだったが、存外慣れてしまうと早いものだ。



 (でも、やっぱりいいもんだな)



 ほほを伝う穏やかな風を感じながら、俺はしみじみとそんなことを思う。元々郊外エリアに自宅があるというのも影響しているとは思うが、俺はこんなのどかな時間が好きだ。散歩を楽しむ近隣の住民や、通学途中の小学生の談笑の声。都心エリアとは違うこのなごやかな雰囲気を感じるのがとても心地よく、毎朝の密かな楽しみになっていた。



 「......っと、さすがにゆっくりしすぎたな。少し急ぐか」


 

 いつもより歩調を遅くしていたせいかスマホで時間を確認すると、そこそこいい時間となってしまっている。

 

 というのも、俺の通う〈せいれいがくえん〉があるのは都心エリアだ。郊外から通う際には、専用の直通電車を利用する必要がある。1日の本数も限られており、しかも乗り場まではまだ距離がある。絶対に間に合わない......というほどではないが、急がなくては出発の時刻までには辿りつかないだろう。


 

 掛けていたショルダーバッグを整え、手にしていたスマホをポケットへとしまう。少し小走りになろうとしていた、まさにその時だった。



 「.........え?」



 思わずそんな間の抜けた声を発してしまう俺。しかし、目の前で起きたを考えれば無理のないことだった。


 ———端的に言うと、なんの比喩でもなく、突然のだ。その距離わずか数メートル、本当に目と鼻の先だ。

 大きさはちょうど人間1人分くらいのサイズで、そこまでの規模ではないだろうが、その異質さゆえに嫌な存在感を放っている。

 


 「ん?なんだ、あれ......?」「何、何?何かの撮影?」「すっげぇ、なんか光ってるぞ」「よくわからないけど、動画撮っとこ」「それよりも、早く逃げた方がいいんじゃ......」



 突然起きた異常事態に、周囲いた人々が何事かと集まってきてしまう。当然だ。いくら人通りが少ないと言ったってゼロというわけではない。通学途中の学生や、散歩中のご老人、通勤中の会社員など騒ぎを聞きつけた人々が次々とこちらに集まってきてはあれよこれよと言い始める。



 「というか、これってもしかして......」



 その中の1人、不安そうなつぶやきを漏らしたのは、いつの間にか近くまでやって来ていたおさげの髪が印象的な優しげな顔立ちの少女だ。まとっている制服を見る限り、俺と同じ〈せいれいがくえん〉に所属に所属している生徒だ。おそらく俺と同じ、郊外エリア出身なのだろう。

 

 というか、今はそんなことを気にしている場合ではない。そもそも、なぜ彼女がそんな呟きをしたのか。おそらく、俺と同じ考えにいたっているからだ。もし、俺たちの推測が正しいのであれば.......

 

 

 『—————ッ!!!』



 刹那、亀裂の内より激しい咆哮が響き渡る。


 ......どうやら俺たちの推測は当たってしまったらしい。内側から爪で亀裂をこじ開けるようにして、は俺たちの前に姿をあらわす。



『————————————————————————————————ッ!!!』

 


 姿を現すなり、再度激しい咆哮が周囲へと響き渡る。

———現れたのは、巨大な灰色の翼竜だ。身の丈は5メートルを超えており、鋭い鉤爪かぎづめのついた両翼を広げれば、さらに巨大さに磨きがかかることだろう。大きく空中に飛び立ってから静止したそれは、やがてその巨体に相応ふさわしい大きな金色きんいろの瞳で、呆然とする俺たちへと視線を落とす。



 「......!もしかしてこいつ、〈ハイ•ワイヴァーン〉か......!!」


 

 ———〈ハイ•ワイヴァーン〉。ワイヴァーン種としょうされる翼竜の一種であり、中でも特に巨大とされる種類の名称だ。通常のワイヴァーン種よりも高い飛行能力を持ち、その巨体には似合わないほどの俊敏しゅんびんさを有しているとされている。縄張り意識が強く、かなり攻撃的な性格であり、一度敵意を持たれてしまうとそのたくみな飛行能力でどこまでも追ってきて攻撃すると言われている、非常に危険極まりない竜である。



 「......ッ」



 無論こんな怪物、本来であるならば人間の世界には存在しない。アレは紛れもなく、〈異世界よりの来訪者〉だ。


 

 ———20年前、ある人物が引き起こした事件をきっかけに、この世界は大きく変わってしまった。

 

 人間の世界とは異なる世界、いわゆる〈異世界〉と呼ばれる世界。存在自体は極秘裏ごくひりに解明されていたようではあるが、これまでこれと言った関わりもなく、余計な混乱を招くだけだと判断され、秘匿ひとくされ続けていたこことは全く別の世界。


 本来であるならば、そのまま関わりを持たず、並行して存在していったのであろう。しかし今人間の世界は、交えるはずのない〈異世界〉との結合けつごうを果たしてしまっている。

 

 詳しい原因は不明。〈大災厄〉と呼ばれる20年前の事件がきっかけなのは間違いないのだが、未だ打開策や状況改善にはいたっておらず、政府も対策に追われているのが現状だ。



 「ちょ.......嘘だろ!?」「きゃーーーー!!化け物!!?」「やべぇ、みんな逃げろ!!!」



 だからこそ、こういったことが起こるのは珍しい話ではない。今でこそある程度の予測ができるようにはなったが、今回のように突発的な事態の場合はそれも難しい。


 

 俺はすぐさまふところに入れてあるデバイスに手を伸ばそうとするが、数瞬すうしゅん躊躇ためらいの後、出した手を引っ込める。視線を懐の方に落とすも、俺のデバイスは全く反応を示していなかった。


 .......そう。今の俺には、これを使うことはできない。詳しい事は割愛かつあいさせてもらうが、とある事情により



 (くそ......このままじゃ......!)



 だからと言って、何もしなければ事態の解決には至らない。これさえ使えていれば......と、そんな思考ばかりが先行するが、現実俺は何一つできていない。状況が分かっているにも関わらず、行動一つ起こせていない。


 

 立ち尽くし、何もできない自らの無力さを痛感していた———次の瞬間だった。

 

 ビュンッ、というかざおんとともに、俺の横から、もとい斜め後ろ付近から1発の衝撃波が飛んでくる。



 『!?』



 衝撃波は見事命中。獲物を見定みさだめるためだろうか、しばらく周囲をキョロキョロと観察していた〈ハイ•ワイヴァーン〉だったが、命中した衝撃波により、やや後方へと体制を崩してしまう。



 「離れてください!!」



 そんな声とともに現れたのは、先程のおさげの少女だった。そのまま彼女は俺の横をゆっくりと通り過ぎ、勇敢ゆうかんにも1人、〈ハイ•ワイヴァーン〉の正面へと歩み出る。



 「あなたの相手は私。......もうこれ以上、好きにはさせないから!!」



 衝撃波を喰らい、未だ怯む〈ハイ•ワイヴァーン〉に対し強く言い放つ少女。

 と、彼女が手をかざすと、そこに1匹のキツネのような生物がやってくる。全体的に黒い毛並みだが、目元の周辺だけは明るい灰色。丸みのある尻尾を逆立て、前方の〈ハイ•ワイヴァーン〉に対し攻撃態勢を取り、全身で敵意を示している。


 無論この生物も、ただのキツネでもなければこの世界の生物でもない。間違いなく、奴と同じ〈異世界よりの来訪者〉だ。

 ただ、同じ〈異世界よりの来訪者〉と言えども、目の前の〈ハイ•ワイヴァーン〉とは決定的な違いがある。


 それは人間の———もとい、あるじたる少女の味方だという点だ。



 「いくよ、〈サウンド•フォックス〉!」


 「ガウ!」


 

 少女が号令すると、それにこたえる黒いキツネ——— 〈サウンド•フォックス〉が口から衝撃波を放つ。やはり、先程の衝撃波はあの生物が発したものだったらしい。号令の度に素早い動きで体制を変えつつ、次にまた次にと衝撃波を眼前の〈ハイ•ワイヴァーン〉へと打ち込んでいく。



 『〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』



 次から次へと打ち込まれる衝撃波を受け、心底鬱陶しそうに身をよじる〈ハイ•ワイヴァーン〉。攻撃を嫌がるようなその行動は、間違いなくダメージが通っている証拠でもあるだろう。


 

 ......改めて見ると、〈サウンド•フォックス〉とおさげの少女の技量はかなりのものだ。毎回移動し、体制を変えながら衝撃波を放っている〈サウンド•フォックス〉だが、あれは様々な方向から衝撃波をぶつけるための動きに他ならない。一方向から飛ばすだけでは、いくら速度があったとしてもいずれふせがれてしまう。ましてや相手が巨大な翼を持つ〈ハイ•ワイヴァーン〉であればなおさら、だ。それを分かっている彼女は、毎回別の方向から衝撃波が飛んでいくよう、指示を出しているのだ。

 

 無論、この動きは方向だけでなくタイミングも重要になってくる。攻撃が途切れないよう一定のリズム、早すぎては最終的に攻撃が一点に集中してしまうし、遅すぎては容易に対応できてしまう。そのちょうど中間をった絶妙なタイミング。相手を錯乱さくらんしつつ隙を突く、まさに洗練された動きと言えるだろう。


 このような芸当、生半可なコンビネーションでは成し遂げることはまず不可能だ。お互いの呼吸を合わせる必要があるし、どちらかがズレればその時点で成立しなくなる。

 おそらく、2人で相当な鍛錬を積んできたのだろう。お互いがお互いを知り尽くしてるからこそできる神業かみわざ。精度に関しても凄まじく、今のところ衝撃波は全て〈ハイ•ワイヴァーン〉に命中している。

 

 ———だが、

 


 「......マズイな......」



 周囲の人々が希望を持って見守る中、ただ1人、俺は内心不安をつのらせていた。

 

 一見、おさげの少女が優勢のように見えるが、実はそうではない。......彼女は。さらに絶望的なのは、おそらく彼女自身はそれに気づいていないということだ。どうやら、おさげの少女は攻撃に集中しきってしまっているため、周りが全く見えていないようだ。あれではきっと、俺の声も届かない。

 

 

 俺の考えが正しければ、おそらく———


 


 『————————————————————————————————————————————————————————————————————————ッ!!!』




 刹那、耳をつんざくような咆哮が響き、思考が強制的に中断させられる。痛む耳を右手で押さえながら前方を見やると、〈ハイ•ワイヴァーン〉が大きく翼を広げ、怒りに染まった金色の瞳を少女へと向けているのが分かる。



 (ッ..........!遅かったか.........!!!)



 ———彼女が犯した致命的なミス。

......それは、攻撃するのが早すぎた、ということに他ならない。


 前述でも話したように、〈ハイ•ワイヴァーン〉は非常に攻撃的な性格をしており、敵と認識した相手を執拗しつように付け狙う習性がある。

 ———が、彼らが攻撃的なのは、あくまでデータ上での話だ。攻撃性が高いと言っても、所構わずケンカを売るほど知能が低い、という意味ではない。実際、奴はこの世界にやって来てからすぐに人間に攻撃を仕掛けようとはせず、ずっとキョロキョロと、周囲を観察していたのだ。

 もちろん、ターゲットが決まれば執拗しつように追い回し、獲物として仕留めにかかっていたことだろう。おさげの少女には戦う力があるため、注意を引きつけるという選択自体は間違ってはいない。

 しかし、問題なのはそのタイミングだ。

〈ハイ•ワイヴァーン〉がまだ周囲を敵視していない、しかもまだ人々が避難を終えていないタイミングで敵意を持たせてしまうのは、周囲の人々に、そして自分自身にも危険を及ぼす明確な判断ミスだ。仮に、そのまま〈ハイ•ワイヴァーン〉を倒し切ってしまえる力があるのであれば良かったのだが、見ている限り、〈サウンド•フォックス〉は器用な立ち回りはできるが決定打に欠けている。とてもじゃないが、あれほどの巨体を持つ〈ハイ•ワイヴァーン〉を倒し切るすべを持ち合わせているようには見えない。

 


 「ひっ............!」



 ———結果、〈ハイ•ワイヴァーン〉にとって、彼女は自分を攻撃してきた敵———しかも自分よりも下位の存在という認識となってしまう。

 一転攻勢。こうなってしまっては、先程のようにはいかない。ましてや、〈ハイ•ワイヴァーン〉を倒す手段がない彼女に残された道は限られてきてしまう。


 『——————————————————————————————————ッ!!!』



 けたたましい咆哮を上げながら、おさげの少女向かって急降下してくる〈ハイ•ワイヴァーン〉。どうしていいか分からず立ち尽くしている少女は、動きに反応できていない!


 ———が、その鉤爪かぎづめが届く寸前、攻撃を察知した〈サウンド•フォックス〉が素早い動きでおさげの少女を突き飛ばす。



 「きゃっ!?」



 結果、地面に伏せる形となった彼女は繰り出された攻撃をかわす。

 ......間一髪だ。もし少しでもタイミングが遅れていたら、今頃彼女は一瞬で引き裂かれていただろう。

 


 「痛ッ.......!?

〈サウンド•フォックス〉!!」


 しばらくして、ゆっくりと起き上がったおさげの少女が悲痛の声を上げる。

 

 急降下攻撃をまともに喰らったのだろう、勢いよく後方へと吹っ飛ばされた〈サウンド•フォックス〉の元へ、青ざめた顔で駆け寄るおさげの少女。先程の衝撃で擦りむいたのか、その手足の所々にはじんわりと血が滲んではいるが、動く分には問題なさそうだ。

 

 ......が、彼女の相棒である〈サウンド•フォックス〉の状態はかんばしくなかった。

 無理もない、少女を守るためとはいえ、あの〈ハイ•ワイヴァーン〉の一撃をまともに喰らってしまったのだ。無事でいる方が奇跡というものだろう。幸いまだ息はあるようだが、その場にぐったりと横たわり、ピクリとも動かないままだ。



 『.......』



 涙を流しながら呼びかけ続けるおさげの少女を、敵意のこもった瞳で見下ろす〈ハイ•ワイヴァーン〉。おそらく、確実に仕留める機会......

障害となる〈サウンド•フォックス〉のことを警戒しているのだろう。すぐさま次の攻撃に移らないあたり、聞いていた以上に知能が高い。一介の学生でしかない俺たちにとっては、やはり最悪の敵だ。



 『——ッ!!!!』



 〈サウンド•フォックス〉が瀕死の状態であることを理解したのだろう。短いながらも、今日1番の殺意がこもった咆哮を上げ、体制を変える〈ハイ•ワイヴァーン〉。どうやら、これで全てを終わらせるつもりらしかった。



 「チッ......!」



 そう考えるよりも先———気がつくと、俺の足は地面を蹴っていた。少女との距離は数メートル。間に合うかは......正直微妙なところだ。



 (———ッ!————間に——合え———ッ!!!!!!)



 ———物語の主人公のように、何か策があるわけでも、奥の手があるわけでもない。ただひたすらに、彼女の元へ足を運ばせる。本当にそれだけだった。

 実のところ、なぜこんなことをしているのか、自分自身でもよく分かっていない。うまく頭が働かない。

 

 脳内で冷めた目をした自分自身が問いかける。「無謀だ。行くだけ無駄だ。今のお前には、戦う力なんてないのに」と。どこまでも冷淡れいたんな表情で、必死に足掻あがく俺に正論を突き立てる。


 確かにそうだ。今の俺に、現状を打破する力なんてない。

 ......いや。多分、だからこそなんだ。戦う力がないからこそ、今の自分にはこれぐらいのことしかできないからこそ、体が勝手に動いたんだ!



 「...........ッ!!!!!」


 

 突き出した手が、確かに人の温もりを捉える。そのまま水に飛び込むかのような姿勢をとる俺の後方を、一筋の突風が通り過ぎていくのが分かった。......まさに間一髪だ。

 


 結果的に、おさげの少女を勢いよく突き飛ばしたような形になった俺は、そのまま前方にスライディング。地面にうつ伏せになった状態で、少女の体躯たいくを受け止める。

 

 スライディングの時の勢いと突き飛ばされた少女の体重両方が同時に襲い掛かり、そのままの勢いで地面と少女の間に挟まれるような構図となる。



 「??な、何が......?

 ......って!あなた、大丈夫!?」



 ようやく事態を把握したのか、必死の形相で呼びかけてくるおさげの少女。

 ......この様子では、ケガもない。なんとか間に合ったようだった。



 「ケガ、それに......血!?

 ご、ごめんなさい......!私、私......っ!!」


 「......いい。今はそれより——」



 口の中に広がりつつある血の味を無視し、俺は上空へと視線を上げる。

 未だ上空に佇む〈ハイ•ワイヴァーン〉は、俺たちを見下ろしながら、いぶかしげな表情を浮かべていた。

 おそらく、奴は今何が起きているのか分かっていない。攻撃性が非常に高い性格故ゆえ、敵以外の周囲が見えていなかったのだろう。ずっと近くにいただけの俺など、奴にとって背景でしかなかったのだ。

 

 だからこそ、突如目の前に現れ、自分を邪魔してきた俺という存在は、奴にとって不可思議ふかしぎ極まりないものだ。知能の高さ故、次の行動をどうしていいか分からないでいるんだろう。これは絶好の好機だ。



 「早くこの場を離れろ。そいつもあまり良い状態じゃない。奴が混乱している今が好機だ」


 「でも......あなたは?」


 「俺はいい。......どちらにせよ、すぐに動けそうにないからな」

 


 心配そうに尋ねてくる少女に、そう肩をすくめる俺。

 骨が折れている———とまではいかないとは思うが、多分、全身打撲にはなっているような気がする。スライディングの際顔面だけでなく頭部も打ってしまったのだろうか、少し意識もぼんやりとしてきている。とてもじゃないが、すぐに動ける状態ではないだろう。


 


 ———と、次の瞬間だった。



 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!』



 しばらく上空を佇んでいた〈ハイ•ワイヴァーン〉が再び咆哮を上げ、(空中ではあるが)地団駄じだんだを踏むような動きをし始める。

 

 ......どうやら困惑が怒りへと変換されたらしい。敵意のこもった視線は、おさげの少女ではなく、完全に俺の方へと向いている。だが、これは逆に好都合でもあった。



 「奴の意識は俺に向いている、お前だけでも早く逃げろ」


 「できないよ、そんなこと!あなただけ置いていくことなんてできない!!」


 「んなこと言ってる場合か!このままじゃ、2人ともやられちまうんだぞ!」


 「それでも、私だけが助かるなんて

絶対イヤ!!」



 意外にも強情な少女は、無理矢理俺の体を起こそうとしてくる。多分、動けない俺をおぶろうとしてくれているのだろう。小柄な体躯を、俺の前方へとねじ込もうとしているのが分かる。

 ......というか、正直痛い。お世辞にも、ケガ人の扱いが上手いとは言えなかった。

 


 (......って、言ってる場合か!そろそろ次が来るぞ!!)



うまく働かない頭をフル回転させ、現状打破を考えようとするも、やはり状況は絶望的だ。

 

 俺たちには対抗する手段も無く、ケガで逃げるのも困難。〈ハイ•ワイヴァーン〉も既に次の攻撃体制へと移行してしまっている。


 どう考えても、2人とも助からない。次の一撃が来たら、それで終わりだ。



 『!!!!』



 遂に〈ハイ•ワイヴァーン〉が急降下攻撃を始めてしまう。......速い。あの速度では、間違いなく避けることも不可能だ。



 「「........ッ!!!」」



 次の瞬間訪れるであろう激痛を、俺と少女は目をつむって覚悟する。


 ———しかし、


 (............?痛......く、ない?)



 いくら待てども、その身に激痛が訪れることはなかった。

 ......おかしい。あの攻撃速度であれば回避は不可能だ。少女ともども俺は引き裂かれ、確実に肉片と化していたはずである。

 一体何が起こっているのだろうか?状況確認のためにも、俺は瞑っていた目をうっすらと開く。



 「な———ッ、なんだこれ!?」


 

 目の前に広がる奇妙な光景を前に、思わずすっとんきょうな声をあげてしまう俺。


 端的に言うと、それはだった。大きさは数十メートル、ちょうど〈ハイ•ワイヴァーン〉と同じくらい。俺たちと〈ハイ•ワイヴァーン〉の間に、それは淡い光を発しながら佇んでいた。

 

  

 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!』



 何度も何度も邪魔をされ、遂に怒りが頂点に達した〈ハイ•ワイヴァーン〉が、光の壁向かって再び攻撃を仕掛ける。


 ———が、光の壁は砕けるどころか、傷一つすらつく様子はない。何度攻撃を受けても、どんな攻撃をされてもびくともしていない。まさに鉄壁。先程の攻撃から俺たちを守ったのもこの光の壁と見て間違いなさそうだった。



 「一体どうなって———って、誰かいる?」



 光の壁ばかりに目が行ってしまい今まで気づかなかったが、よく目をらすとそこに人影があるのが分かった。

 

 

 「.............」



 腰の辺りまで伸びるブロンドの髪をなびかせている長身の人物だ。俺たちに背を向けて立っているため顔は見えないが、背格好から男性と見て間違いないだろう。特徴的なマントのついた軍服のような服にその身を包んでおり、非常に凛々りりしいといった印象をいだかせる。

 


 「行け」


 「え?」


 「行け。今のうちにこの場から離れろ」



 男が正面を向いたまま、淡々たんたんと言い放つ。低く、そして渋みのある声がその場に響渡る。

 一瞬何を言われているのか理解できないでいた俺に、男はさらに淡々と続けてくる。



 「どうした?時間はない、早くこの場から離脱しろ」


 「いや、んなこと言われても......」


 「こ、この人、ケガしてるんです!!さっき全身を強く打ったみたいで、動けるような状態じゃないんです」



 言いよどむ俺にフォローを入れてくれたのは、一緒にいたおさげの少女だった。先ほどまてずっと目を瞑っていたのだが、ようやく事態を把握したらしい。必死な様子で、ブロンドの髪の男に講義してくれる。



 「嘘......ではないようだな。

 .......仕方ない。ならせめて、邪魔にならないところにいろ」



 心底面倒そうに前を向いたまま、なおも淡々たんたんと言い放つブロンド髪の男。ああ見えて感情豊かなのか、口調は淡々としているのにそれが伝わってくるのが本当に不思議だ。どうやら彼にとって、俺たちは足手まといでしかないようだ。




 『———————ッ!!!

 ———————ッ!!!!

 ———————ッ!!!!!!』



 と、ずっと無視されているのがお気に召さなかったのか、さらに激しく咆哮を上げ始める

〈ハイ•ワイヴァーン〉。

 空中で斜め下を向くような体制をとり、空を蹴るかのような動きで勢いをつける。

 

 滑空攻撃———しかも、とてつもない速度だ。いくら頑丈な光の壁といっても、あの速度では耐え切れる保証はない。あの壁が砕かれれば、今度こそ奴を止める手段はなくなる。周囲共々、とんでもない被害が出るのは明らかだ。


 

 ———と、まさに光の壁と〈ハイ•ワイヴァーン〉がぶつかり合おうとしていた、その刹那。



 『——!?——!!!!!??

 ———————!!!!????———』



 突如、けたたましい断末魔だんまつまをあげながら倒れ、光の粒子となって消えていく〈ハイ•ワイヴァーン〉。あっという間に残骸ざんがいは消えさり、その場には何ひとつなくなってしまう。


———静寂。つい先ほどまであれほど混沌としていたはずなのに、今この場に広がっているのは朝の静けさだけだった。



 (な、なんだ......?一体、何が起きたんだ......??)


 

 一体何がどうなったのか、俺の脳は完全に理解が追いついていない。ただ分かるのは、俺たちがあれだけ苦戦をいていた相手が、一瞬で倒されたという事実だけだった。

 おそらく彼が何かをしたのだろうが、残念ながら俺の目には全くえていない。何かしたのかすらよく分かってないというのが本音だ。


 

 まさに化け物。おさげの少女とは、それこそ俺なんかとは雲泥の差がある。それくらいの、別次元の強さだった。



 (もう、わけわかんね———って、あれ?)



 突如襲ってきた脱力感を前に、俺の思考は中断させられる。うまく手足が動かない、視界がかすむ。なんだか意識もぼんやりとしてきて、気がつくと、座っていることすら叶わず、俺は地面に這いつくばっていた。



 (あ.......これ、マジなやつだ......)



 段々と体の先々から温かいものが抜けてゆき、もはやぴくりとも動かせなくなる。何やら周囲が騒がしい気もするが、もはや聞き取ることすらできなかった。


 


 そうした不愉快ふゆかいな脱力感に包まれながら、俺の意識は、暗闇へとフェードアウトしていくのだった。

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