神憑きの巫女

リラックス夢土

第1話 神憑きの巫女

 ある日、私は自宅で友人Aさんと一緒にお茶を飲みながら話をしていた。

 Aさんは私が結婚してこの場所に移り住んでから知り合った友人。


 近所に住んでいて若い頃は働いていたそうだが病気を理由に退職し今は療養を兼ねながら専業主婦をしているAさん。

 私も専業主婦をしていて子供もまだいないので昼間はよくAさんとお茶を飲みながら世間話をすることが多かった。


「だからこないだ話した私の旦那を職場でイジメてた二人は一人は足に何針も縫うケガをしてもう一人は病気で胃を切除することになったみたい。いい気味だわ」


「人の不幸をそんなふうに言っちゃダメよ」


「私の旦那をイジメるなんて私が怒っても仕方なくない?」


「気持ちは分かるけど」


 Aさんは時々旦那さんの職場の話をする。


「それに他にもイジメてる奴がいたらしいけど突然職場を異動になっていなくなってくれたみたいなの。噂ではある時から旦那の姿を見て怯えるようになったらしいわ。何に怯えてたのかしらね」


「それは何でしょうね。でも職場を異動したらその人の顔を見なくて済むから良かったわね」


 正直、私は人の不幸を喜ぶことはできないがイジメられた旦那さんにも同情はするのでAさんの話に合わせた。


 部屋のテレビはついていて二人でおしゃべりしながらも時々テレビも見ている感じ。

 するとテレビの番組が「神社の巫女」の特集を始めた。


 それまでAさんは私とおしゃべりしていたのだがAさんはテレビを見て急に押し黙る。


 どうかしたのかと私が声をかけようとしたらAさんが口を開いた。


「ねえ、あなたは『巫女』が実在すると思う?」


 そう問いかけてきたAさんの顔はどこか真剣な表情。

 テレビで「巫女」の特集が流れていたからそんなことを言い出したのかと思った私はAさんの表情に戸惑いながらも答える。


「バイトで巫女をやる人は違うかもだけどもしかしたらどこかには神秘的な力を持った巫女はいるかもね」


「そうね。私も昔は巫女に関する感想はそんな感じだったわ。あの噂の巫女の一族を知るまでわね」


「噂の巫女の一族?」


「私の生まれた田舎町にはね。ある噂を持つ一族がいたの。『神憑かみつきの巫女』の血を引くという噂の一族」


 Aさんの故郷がかなり田舎の方だとは以前聞いていた。

 田舎だから古い因習があったりして窮屈に思ったAさんは都会に出て働く道を選んだらしい。


「その『神憑きの巫女』は普通の巫女とは違うの?」


「世間が思っている巫女のイメージとは違うわね。こっちだと巫女は神様に祈りを捧げて人々の幸せを願うような存在でしょ?」


「まあ、そうね」


 私は巫女といえば神社で舞を奉納したりお札を売ってるイメージが強い。


「神憑きの巫女はその名前のとおり『神』に『憑かれている』巫女よ。私が知っている噂で聞いた『神憑きの巫女』の話をしてあげるわ」


 Aさんはお茶を一口飲んで話し始めた。


「神憑きの巫女の一族の始まりは大昔にその地方で代々神社の巫女を務める家系の女性がその一族に嫁いだことから始まってるらしいわ」


「神社の巫女の血がその一族に混ざったってことね」


「そうね。ただその巫女は普通の巫女ではなかった。自分だけの神を自分に宿すという巫女だったの」


「神が自分の身体に宿っているということ?」


「ええ。そして巫女に宿って憑いた神は巫女を害する者を徹底的に排除するの。まるで巫女は自分だけのモノだと主張するように」


「排除ってどういうこと?」


「具体的にいうとある巫女は自分の親が危篤だった時に自宅に帰らせてくれと上司に頼んだ。しかし上司は勤務時間中の退社を認めなかった。そのためその巫女は勤務時間が終わってから急いで家に帰った。でも親はもう亡くなっていた。その時その巫女は絶対にその上司を許さないと怒ったらしいわ。普段は温厚な人物だったのに心の底からその上司を憎んだのよ。巫女に憑いていた神はその上司を巫女を害したモノだと判断したみたい」


「それでどうなったの?」


「その上司は一か月後に転勤になった後に二か月もしない間に自殺したそうよ。自殺の理由は分からなかったらしいわ」


「でもそれは偶然なんじゃ…」


「そうかもしれないけど、その一族の話はそれだけではないの。その巫女には娘がいた。そしてその神は娘にも憑いていたのよ」


「娘にも?」


「その娘の周囲にも不可思議なことが起こるの。その娘が働いていた会社は娘がいる時はとても商売が栄えるの。でもその娘が辞めると会社が全焼したり破産したり酷い目に合うのよ」


「まさかそれを取り憑いた神様がやっているというの?」


「分からないわ。証拠がある訳じゃないし。その娘にいたっては『神憑きの巫女』ってより『座敷わらし』に近いものがあるかも」


 私はAさんの話を聞いて半信半疑だった。

 偶然と言われれば偶然かもしれないしAさんの言うように取り憑いた神の力と言えばそうも思える。


「そしてその娘がこの世から去った日が数年前からこの世界を悩ませている感染症の患者の第一号がこの国で確認された日なのよ」


「え? そうなの?」


「そう、まるでこの感染症が蔓延した世界は『座敷わらし』がこの世を去ったために起こったのかと私は思ったわ。もしくは自分の巫女を奪われた娘に憑いていた『神』のこの世界に対する怒りかと」


「ま、まさか…」


 私は嫌な汗が背筋に流れた。

 Aさんはまるでそのことを見て来たように語るからだ。

 するとAさんはニコリと笑う。


「でも安心して。その亡くなった娘には娘がいたの。その娘は『神憑きの巫女』として自分だけの『神』を身体に憑かせて『座敷わらし』のような力も受け継いでいるわ。だから彼女がこの世に存在している限りはこの国は存在できるはずよ」


「じゃ、じゃあ、この国は安心ね!」


「でも問題はあるわ。その娘に子供はいない。だからその娘は最後の『神憑きの巫女』になるかもしれない。だからその娘が亡くなったらこの国にどんな災いが起こるか分からない」


「そ、そう。お茶のお代わり飲む?」


 私はAさんの話をこれ以上聞いてはいけない気がしたので話を終わらせようとした。

 だがAさんの話は止まらない。


「その娘は幼い頃からいじめを受けていたけどなぜかそのいじめてくる相手がある日いろんな理由でいなくなるの。親が離婚して急に引っ越してしまったり病気になって死んでしまったり。それは大人になっても続いているわ。大人になった方がさらに力を増してるわね。その娘を怒らせると相手が人であれ企業であれ全てに災いが降りかかるの。全てその取り憑いた神が起こすことだから娘にはどうすることもできないのよ」


「そ、それは、大変なことね…」


「そうよ。娘にできることは自分が「怒らないこと」だけ。でも怒らないでいることは人間として難しいわよね?」


「そ、そうね! 彼女が静かに穏やかに過ごせることを祈るわ!」


「ありがとう。やっぱりあなたは私の友人だわ。だからあなたは「私」を怒らせないでね。私はこれ以上知り合いにいなくなって欲しくないのよ」


 Aさんは冷たくなったお茶を飲み微笑んだ。


「お茶、もらえる?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

神憑きの巫女 リラックス夢土 @wakitatomohiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ