炉心

イスキ

炉心

 炉心


 魔術師と出会った日、私は子どもを抱いていた。

 うだるような夏の午後のこと。自宅マンションの真横にある公園の片隅の、重ったるい青葉が作る猫の額のような日陰のなかで、私はひたすらに我が子をあやしていた。

 私は途方にくれていた。何せ子どもは二時間以上も泣いていた。おしめを替えても、ミルクをあげても泣き止まず、おもちゃで音を鳴らしても、必ず寝ると評判の歌謡曲を聞かせてもだめで、結局のところ、子どもを抱いて、外に出るしかなかった。

 当時子どもは四ヶ月だった。四月生まれじゃないと可哀想だと言う夫に従い、計算して仕込んだ子どもだった。

 健康な子どもだった。溌剌として夫によく似ていた。甲高い声でよく泣き、ほとんど寝なかった。

 ミルクは飲まず、何かと乳首をくわえたがった。私は母乳というものが出にくい体質だったので、吸われてもほとんど何も出ないのに、それでも子どもは胸に頭を擦りつけたり、手で襟ぐりを引っ張ってそれをねだった。仕方なしにしゃぶらせると、やっぱり何も出ないので、また甲高い声で泣き叫ぶのだった。

 児相には三度通報された。都度保健師の見回りが来て、うち一度は警察官を伴っていた。彼らは優しく、丁寧で、一言も私を責めるようなことを言わなかったけれど、扉が閉まった瞬間「面倒だな」と思われてると思うと、やりきれない気持ちになった。

 魔術師に話しかけられたのは、そんな時だった。

「よかったら、その子ども、私にいただけませんか?」

 私は顔を顰め、はぁ? と反抗期の中学生のような相槌を返した。突然頭のおかしい男に話しかけられたと思ったから、そうした。

 私は恐怖していた。突然知らない人から「子どもをくれ」と言われたら、誰だって警戒する。それに、今思えばばかばかしいことだけれど、「こうもおかしいやつに話しかけられるのは、私が子どもを連れているからだ」とも思った。

 魔術師は終始笑顔だった。苦笑というより可愛いものを見たときのような微笑み方だった。その顔のまま魔術師は続けた。

「後悔していますよね。子どもを産んだこと。こんなはずじゃなかった。子どもに人生が塗りつぶされた、と。私にはわかるんです。だから私は、そういうひとの力になりたい」

 魔術師は派手な身ぶり手ぶりで続けた。夏の盛りにも関わらず、魔術師は黒いコットンシャツに黒いテーパードチノという全身を黒い服で覆うような格好をしていたが、一滴も汗をかいていなかった。

「馬鹿馬鹿しい」

 私はこめかみの血管が切れるほど眉間に皺を寄せて、魔術師を睨みつけた。

「軽蔑する」とも続けた。

 両方とも、冷静に口にしたつもりだったが、ほとんど喚くように響いてしまい、それにまた打ちのめされた。

「おっしゃるとおり、私は怪しいでしょう。普通に考えてどうかしていますよ。突然話しかけてきたと思ったら、子どもをくださいなんてね」

「じゃあ向こうに行ってください。それとも私がここにいるのが迷惑ですか? だったら謝ります。うるさくしてごめんなさい。よく泣く子なんです。そのうちちゃんといなくなるので、放っておいてください」

「まさか。迷惑なんてとんでもない」

 散々喚く私を見ても魔術師は特に気にしていないようだった。魔術師はオーバーに首を振り、同時に立てた人差し指を左右に振った。

「私は子どもが好きですよ」

 言いながら、泣き叫ぶ子の顔をじっと見、小声で、かわいいねえ、と囁いた。捨てる前の丸めたチラシのような、もう写真さえ撮らなくなった、私の子どもの顔を。

 その瞬間、私の目から勝手に涙が溢れていた。ここにいてもいい正当性を与えられたような気になっていた。

「抱っこしてもいいですか?」

 魔術師にそう言われたころには、差し出された手のひらに我が子を乗せていた。魔術師の手が子どもの脇の下に触れた瞬間、カバーオールから出た腕が、抵抗するようにぬうっと上にのび、更に泣き声が増した。

 それでも魔術師はたじろがなかった。手慣れた様子で、小さな体を縦に抱き寄せた。

「よおし、よおし。おいで可愛い子」

 子どもを受け取った魔術師は声をかけながら、二、三度体を横に揺らした。

 するとどうだろう。耳を劈くような声で泣いていた子が、ふと我に帰ったように泣き止んだ。それから魔術師の目を見、重く瞬いたのち、すうすうと小さな寝息を立て始めたのである。

 嘘みたく眠る我が子を見て、私は言葉をうしなった。こんなに穏やかな顔をして眠る我が子を見たのは初めてだった。魔術師がこちらを見た。「ね?」と確認するように口角を上げていた。

「得意なんです。子どもを寝かすの」

 私は脱力した。疲労した両手から力が抜けだらりとたれて揺れていた。その場にしゃがみこんで泣きたい気分だった。私の腹から生まれてきた子どもであるはずなのに、これほど容易く寝てくれたことはなかった。彼にとって、母親とは、簡単に他者にとってかわれる存在なのだと思うと、それまで義務的に抱いていた、慈悲や愛といったものが、急速に枯れてゆくような気がしていた。

 魔術師は私を近くのファミレスに誘った。そこで詳しい話をするのだという。子どもが泣くかもしれないと言ったが、魔術師は目を細めただけだった。実際話し込む間、子どもは目を覚さなかった。

 私はジンジャエールを頼み、魔術師はアイスコーヒーのほかに、山盛りのサラダといくら丼を注文した。

「信じてはもらえないと思いますが、私は魔術師で、少しだけ不思議な力が使えます。それを世の中の役に立てたいと思っています」

 アイスコーヒーにガムシロップを入れながら魔術師は言った。魔術師は私の子どもを抱いていて手が塞がっているので、私がパッケージを開けてあげた。助かります、と小声で言われて、なぜだか私は、小学校の頃、登校中にすれ違ったおばさんに首に巻いたマフラーを褒められた時のことを思い出した。

『いい色のエリマキね』

 そのマフラーを選んだのは私だった。

「不思議な力って、たとえば、どんな?」

 私が尋ねると、魔術師は苦笑した。

「大したことじゃないですよ」

 謙遜しながら、アイスコーヒーの入ったグラスに指を添えた。魔術師が少し擦ると、たちまち結露が消え、かわりに魔術師の手のひらに小さな氷が現れた。

「ほら」

 差し出されたそれを、私はまじまじと見つめた。魔術師の赤白い手のひらの上、魔術師の体温で氷はすでに溶けかけていた。

「このように、私は念じることで物質の形状を自由に変換させることができます。まあ錬金術ってやつです」

 魔術師は手のひらの氷を握りしめた。一秒おいて、また広げる。すると、広げた手のひらの上に、バチっと稲妻のようなものが走った。私は咄嗟に身をよじり、魔術師はニッと笑った。

「氷を電気に変えてみました」

 私は急速に体温が上がるのを感じた。結露だらけの水グラスを一気に飲み干す。

「すごい」

 首元を手のひらで仰いで汗を飛ばしながら私は言った。恥ずかしいことに、ハンカチを忘れてきていた。

「エネルギー変換が一番得意なんです。机も椅子も、窓も車も、メニュー表だって、やろうと思えばなんでもエネルギーに変えれますよ」

 魔術師はメニュー立てのメニュー表に触れた。

「もしかして」その指元をみながら、私は言った。声色に期待が混ざり、少しだけ裏声になる。

「もしかして、人間も?」

 魔術師は目を細めた。イエス、とこたえる。

「人間は、いい燃料ですよ。でも大人はだめだ。不純物が多すぎる」

 彼は抱いた子どもの顎に指で触れた。

「やはり燃料にするなら子どもがいちばん! 特に赤ちゃんはすごくいい。純粋で、なのにすごくパワーがある。この子だけで、この国のエネルギー消費量の一ヶ月分はまかなえますよ」

 ふわふわとしたほっぺをふにふにとつまみ、額の匂いを嗅ぐ。私の腕の中でもこうしていてくれればいいのに。泣き叫ぶしわしわの顔を思い出して、私は暗澹とした。

「この子はいい炉心になる」

 片手に持ったフォークをサラダにつっこみながら、魔術師はふとそんなことを言った。サラダにはカイワレとブロッコリースプラウトが山のように盛られていた。

「炉心?」

 私は顔を顰めた。わけがわからなかった。魔術師は鼻筋に皺をつくるように微笑む。

「小さなものにはね、パワーがあるんです。例えば、このいくら」

 魔術師はサラダの隣に置かれたいくら丼をフォークの先で差した。朱色の核をもつそれは、あまり新鮮でないらしく、表面は渇き、グレイのレイヤーをかけたようにくすんでいた。夫が見たら顔をしかめただろう。ファミレスでいくら丼を食べる人間を夫は心底軽蔑していた。

「いくらって美味しいですよね。でも、食べすぎると、どうなるか知ってますか?」

「さあ」

「痛風ですよ」

 魔術師はこたえた。盛られたいくらをフォークでざっくりとすくいとり、大雑把に口にふくむ。ぶちぶちと舌と上骨で潰し、喉を鳴らして飲み込む。

「痛風は恐ろしいですよ。風が吹いただけで節々が痛み、歩けないほど辛い。けれども、それで直接死に至ることはない。生きながら痛覚を犯し続けるだけ。彼らを食べ続けることで、わたしたちはたやすくそれに罹る。つまりこれは、彼らの呪いと言っていい」

 魔術師のフォークがカイワレの束を差しすくい、次々と口の中に運ばれてゆく。驚いたことに、魔術師はサラダにドレッシングをかけていない。

「いくら、しらす、ビールの麦芽。人を痛風にする食材は皆パワーの詰まった『小さな命』だ。カイワレも、ブロッコリースプラウトもそう。こちらは我々を痛風にはしないが、その代わり、ありあまるほどの栄養をくれる『小さな命』の一種。ではホモサピエンスにおける『小さな命』とは何か——」

 魔術師の視線が腕に抱いた子どもに向いた。それだけで、私は彼の言葉の意味を理解した。

「呪われないかしら」

「あなたが虐待なんかしてこの子を殺したら、そうなるかもしれません。ですがご安心ください。私は、彼が抱く怨嗟ごと燃料にかえられますから」

 私は気を落ち着けるように、机の下で結露で濡れた指の腹をこすりあわせた。

「子どもを炉心に変えれば、あなたが子どもを産んだ記録ごと、全てをなかったことにできる。子どもを産む前に戻りたいと思う人間は少なくないですよ。そういう人のために私はいます。記憶も記録も何もかも、燃料にして、消費してしまえば良いのですから。ええ、私は詳しいんです。何せ、こんなふうにして、何人もの母親から子どもを受け取ったのですから」

 私の表情が明るくなったのに気づいたのだろう。魔術師は手を止めて、ぱちんと片目を瞑って見せた。

 子どもを捨てるのは私ひとりではない。そう思うと、一段と気が楽になった。

 

 魔術師は二日後に子どもを引き取りに来るといった。本当はすぐにでも手放したかったのだが、子ども用品を引き取ってくれる業者の予約が取れたのがその日しかなかった。

 最後の二日間、私の日常に変化はなかった。相変わらず子どもは泣き叫び、乳は出ず、ほとんど眠れなかった。しかし気分は良かった。二日後に失った自由を取り戻せる。そう思うと、家事も捗った。

「いいね」

 片付いた部屋を見て、夫は言った。ちょうどベビーベットを畳んで小さくしたところだった。

「そう?」

 私はわざとらしく、きょとんとして見せた。夫が私に整頓された部屋の維持を求めていることも、そして妊娠してからそれができなくなった私に落胆していることも知っていた。

「君の機嫌がいいと、僕も嬉しい」

 夫は上機嫌で上着を脱いだ。ラグに寝かされた我が子の顔を覗き込む。

「僕に似ているね」

 そう呟く声を聞きながら、私は夫から子どもの記憶がなくなったら、スペアリブを煮ろうと考えた。夫の記憶を糧にした電気は、調子よくIHグリルに活力を与え、きっといい煮込み料理が作れるに違いなかった。

 

 約束の日の朝、魔術師は子どもを引き取りにきた。彼のほかに、助手と思わしき女がいて、ばかにおおきなベビーバスケットを引いていた。

「何度見ても可愛らしい子どもだ。あなたの子どもは、最高の炉心になる」

 子どもを受け取った魔術師は、嬉しそうに声色を弾ませた。少しは罪悪感が芽生えるかと思ったが、魔術師に子どもを渡しても、魔術師が抱いた子をベビーバスケットに乗せても、私の心はちっとも痛まなかった。

 私は用意していたものを渡した。瓶漬けのいくらと、ブロッコリースプラウトだった。

「驚いた。よく私の好物がわかりましたね。嬉しいな」

 魔術師の褒め言葉に、私は得意げに鼻を鳴らした。

 まるで襟巻きを褒められた子どものように。

 

 子どもがいなくなってから、私は細々とした作業を始めた。予約した業者にベビーベッドやベビーカーを引き取ってもらい、哺乳瓶や搾乳器を燃えるゴミにまとめて捨てた。

 住空間を抑圧していたベビー用品がなくなると、随分と部屋が広くなった。私は両手を広げて息を吸った。すがすがしい気分だった。 

 その日の夜帰ってきた夫は、子どもがいないことにも、部屋ががらりとしていることにも言及しなかった。自分に子どもがいたことをすっかり忘れているのだろう。

 魔術師が言ったように、私が子を産んだ記録や記憶は、何もかも全て——一切がっさい——なくなっていたようだった。試しに市役所で戸籍を取ると、驚いたことに、そこに子どもの名前がなかった。

 しかし、私の身体だけは子を産んだ記憶を覚えていた。

 子どもがいなくなったとたん、乳腺が張りはじめ、下腹にはくっきりとした妊娠線が残っていた。

 岩のように膨れた乳を見て、私は途方に暮れた。表向き、出産した記録がない以上、医者にかかるわけにもいかず、仕方なく、乳房を押して乳を出し、食事を抜いて体を軽くした。

 私は恨めしくなった。子を手放したとたん母乳が出るなんて、まるで肉体が私を責めているようで、気分が悪かった。

 しばらくして、私は夫と離婚した。鎹のいなくなったわたしたちに、共に暮らす理由はなかった。

「どうしてそんなことを言うの?」

 夫は顔を顰めてそう言ったが、私にはなにもこたえられなかった。私が夫に対して抱く得体の知れない気持ち悪さを口語化するのは難しかった。

 家を出た私は、上京し、八王子のショッピングモールの靴売り場で働き始めた。バツイチで子どものいない私は、面接の受けもよく、すぐに採用された。きっと子どもを産むリスクがないと判断されたのだろう。

 一人暮らしをはじめた木造のワンルームは古く、近代的ではなかったが、それでも居心地はよかった。畳に敷いた薄い布団の上で惰眠を貪り、あげく高く昇った日でめをさますとき、私は、孤独である喜びを思い出した。

 ごくたまに夢を見た。

 それは海外の、まずしい国にあるコンクリートの建物の中で、黒髪の子ども達が静かにくらしている夢だった。子どもたちは皆健康ではあるが、目の奥はくすんでいた。まるであの日魔術師が食べていたファミレスのいくらのようだった。

 こどものひとりがこちらを見た。そしてその薄っぺらい唇を小さく動かした。

 ——ママ

 私は不愉快な気分になった。

 

 働きはじめてしばらくして、私は、靴の修理に来た男性客と親しくなった。彼とは二度食事をして、三度目の食事の後に性行為をした。

 男性客は、私よりいくつか年上で、私と同じように婚姻に失敗していた。

 行為中、卵管を縛っていることを伝えると、彼は両目をぱっと広げた。それから、「本当に?」とトーンの高い声を出した。驚きというより歓喜しているようだった。わずかにあげられた口角の端が、ピクピクと小刻みに震えていた。

 一緒に住もうと言われたが、私はこたえなかった。それから、その男性客と会うことは二度となかった。

 

 魔術師が逮捕されたことを知ったのは、ショッピングモールの従業員用休憩室で、少し遅い昼食をとっているときだった。手錠をかけられた魔術師が警察に連行されてゆく様子が休憩室のテレビに映し出されていた。

 口に入れかけたヌードルを容器に戻し、しばし画面に見入った。魔術師は前と変わらず黒い服を着ていた。カメラに向かって目を細め、まるで反省などしていないかのように、ふんわりとわらっていた。

 アナウンサーが読み上げるニュースによれば、彼は日本で生まれたばかりの乳幼児を誘拐し、東南アジアの奥地に建てられた保養所で密かに育てていたそうだ。ある程度成長したところで、臓器ドナーとして先進国に売り出していたらしい。

 ニュース映像が魔術師から保養所にきりかわり、そこで育てられていたらしい子どもたちの姿が写された。

 映っていたのは、十歳くらいの黒髪の男の子で、カメラを見つけると、おかあさん、と口にした。

 かわいそうねぇ、と隣の机で幕内弁当を摘んでいたおばさんがテレビに向かって呟いた。そうね、と私は適当に相槌をうつ。魔術師が逮捕されたことに驚きはしたが、正直どうでもいいニュースのひとつだった。

 ニュース読みが一段落したところで、スタジオのコメンテーターたちが話しはじめた。

『たしかこれって、子どもたちの身元確認に手こずってるんですよね』

『彼らは日本から誘拐されてきたはずなのに、まったくといっていいほど、保護者が名乗り出て来ないんですよ。そのせいで、身元の特定ができないそうで』

『子どもたちは、自分の名前を覚えていないんですか?』

『みんな赤ちゃんのときに連れてこられていますからね。名前どころか、パパとママの顔も覚えていない』

『となると、つまり一層保護者からの申し出が必要になるわけですね。どうか、心当たりのある方は、近くの警察署までお知らせください』

 そこで話題は次のニュースに移る。名乗り出るひとなんかいるのだろうか。私はヌードルの汁を飲み干す。

「げぇ、また汁飲んだの?」

 幕内弁当のおばさんが、私の空になったヌードルの容器を見て、わざとらしく大きな声を出した。

「そうだけど?」

 私が得意げに眉山をはねさせると、おばさんはあからさまに顔を顰めた。

「そんなんだから太っちゃうんだよ。ここにきたばかりの頃は、スラッとしてたのにさぁ」

「何年前の話よ」

 私は苦笑して、洟をすすった。彼女のいうとおり、ここで働きはじめてから、私は十キロ以上太っていた。肉体のあらゆるところに脂肪がついて、下腹などは肉割れで妊娠線がわからなくなったほどだ。醜いが、出産の痕跡を隠すにはちょうど良かった。

 ふと、テレビの向こうに映った黒髪の少年のことを思い出す。

 ——お母さん、僕だよ

 どこかで顔を見たような気がするが、どこ誰だか、まるで何も思い出せない。

 割り箸を割って、空の容器に突っ込む。

 そうだ。仕事終わりに、テナントのスーパーでしらすとカイワレを買って帰ろう。小さな命の結晶は、下手な煮込み料理よりずっと効率的に腹を満たすに違いない。私は時計を見、休憩室をあとにした。

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炉心 イスキ @N-Kingdom

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