Lord of the Underworld

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 隠し部屋をのぞき込んだ。

 なかはうす暗かったが、直進方向から光が差し込んだかろうじて見通すことができた。


 隠し部屋を抜けると、なにがある?

 それはそこを抜けて見るまで分からない。

 僕は背をかがめ、なかへと進んだ。


 ほこりが層をなして積もっている手狭な通路を僕はい進んだ。

 長さは六メートルほどだったが、百メートルにも感じられた。

 錬鉄製の床は固く、冷たく、ゴワゴワしていて進みづらかった。

 突き出た鉄片に人差し指の爪がぶつかり、痛みが走った。

 途中でネズミの死体を見つけた。血は枯れ果て、ミイラのような様相を呈していた。僕は手で払い除けた。


 光の先へとたどり着いた。

 すすで汚れたその場所が、暖炉であると気がつくのに、そう時間はかからなかった。

 

 正方形の部屋でまず目につくのは、部屋の中央に鎮座した天蓋てんがい付きのベッドだった。そこに誰かが横たわっていた。

 天蓋から下がったシルク・カーテンの向こうに人影がみえた。

 寝息が聞こえてくる。


 生きた人間か?

 いや、そんなものいるはずがない。

 いるのは悪魔だけに決まっている。

 扉から向かって、正面と左手の壁にそれぞれドアがあった。

 どちらかが出口に通じているに違いない。


 正面に向かうか、左に行くか。

 しかし、悩むだけの時間は僕には与えられていなかった。


 何の予兆もなく、ベッドがきしみを上げた。

 カーテンの向こうでシルエットが半身を起こした。


 僕は盾を構えて、成り行きを見守った。

 やがて、その人物は、ベッドをおり、カーテンをまくり上げた。

 青いケープの老婦人だった。

 長い髪は全て白髪で、乱雑に生えていた。


 悲鳴が喉の奥からついて出た。

 そんな、まさか。

 この人は……。

 僕は肖像画の人物をそこにみた。

 そして直感が告げた。

 この人間こそ、天野川鶴子その人であると。


 天野川鶴子の顔は僕に向けられていた。

 赤くにごったそのまなざし。ろうそくのように白い顔。口は耳まで裂け、そこから歯列がのぞいているのだが、犬歯だけが異様に大きく、また、先が尖っていた。

 グルル……。

 犬のような唸り声を鶴子は上げた。


 鶴子が近づいてくる。

 一歩。また一方。

 紫色の腐った口内を見せつけるようにして。

「く、来るな!」

 恐怖に僕が叫ぶと、鶴子は喜んだように見えた。

 目をカッと開き、口をあんぐりと上げ、僕に向かって飛びかかってきた。


「うわあああ!」

 盾を構え、僕は鶴子の突進を押さえようとするが、逆に壁際へと追い詰められてしまう。

 この……!

 押しのけようとしてもビクともしない。

 なんて強い力だ。

 人間というよりは重機でも相手にしているかのようだ。


 ぎゃっ。

 ぎゃっ。

 紫色の口内から漏れた吐息に混じって、唾液が鶴子の口元を垂れる。唾液は黄ばんでいて赤い粘液が混じっていて、死肉のような悪臭があった。


 鶴子の両手が伸びてきて、僕の盾をもぎ取った。

 盾は放り投げられ、天井へと突き刺さった。

 無防備な状態に晒された僕を、鶴子の濁った目がにらみつける。

 その直後、あんぐり開いた鶴子の上下の歯が僕の首に食い込んだ。


「んぐううううう!」

 鋭い痛み。首の皮膚が食いちぎられ、どばどば血があふれた。

 両手で血の流れを止めようと手で制してみるが、血は手指の隙間という隙間をすり抜けて流れ続けた。


 ぐちゃぐちゃ。

 鶴子の顎が何かを噛み砕いている。

 きっと僕の皮膚だろう。

 それが、鶴子のさらなる食欲に火がついたようだ。

 二口目を求めて、鶴子が僕に近づいてくる。


 意識が白濁としてきた。

 血を流し過ぎたせいかもしれないし、恐怖で気を失ったせいかもしれなかった。

 どちらにせよ、これから起こるであろうことを知らないままに死ねたのは幸いなことだった。

 そして、すべてが暗黒のなかに消えた。



BAD END


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