Prince of Darkness

 足場を作るために、棚の本を取り出し、それから僕は本棚に登った。

 天井までは十センチもない。

 非常にいい位置につけた。

 足場は少し不安定だが、慎重にやれば僕のやりたいことができるはずだ。


 天井に対し盾を垂直に構えると、そこに向けて僕は打ちつけた。

 天井は想定していたよりもろかった。あるいは盾が固かったと言うべきかもしれない

 盾の角は天井板にめり込んで、破片と粉末を散らした。

 僕は目をかばい、口を閉じなくてはいけなかった。


 盾をぶつけ続けた。その結果、自分が通り抜けられるくらいの穴をうがつことができた。

 大量の板の破片と粉末が飛び散って僕の顔に降りそそいできた。そのせいで苦しかったが、やってみた甲斐はあった。


 本棚を最上段までよじ登り、僕は天井の穴へと体を忍び込ませた。


 天井裏は暗く、目が慣れるまで時間がかかった。

 天井板に落ちないように、屋敷に格子状に張り巡らされたはりの上に立った。案の定、あちこちにシャンデリア用と思われる配線が伸びていた。


 どこからか風が吹いている。ちょうとそこから光が差し込んでくる。

 僕は梁の上を歩く。

 暗闇はいろんなことを思い出させる。主によくないことを。

 あの醜い悪魔の姿。

 そして婦人の日記。


 風の吹き抜ける音がいっそう大きくなってきた。出口は近いように感じられる。

 その時、天井板の下からうなり声が聞こえてきた。

 獰猛な、血に飢えた恐ろしい声のように僕には思われた。

 どのような恐ろしい獣がそこにいるのか。

 でもそいつが僕に気づいた様子はない。

 努めて冷静さを保つようにした。


 やがて風の吹きつけてきた場所へと僕はたどり着く。天井板は半ば外れている。

 誰かが抜け出した後のようにも見えたし、経年劣化で板が腐れ落ちたようにも見えた。


 板の隙間から下を見ると、そこには外へと通じるガラスブロックの壁が見えた。そこから外の光が透けて見えた。

 僕は天井板を蹴落とした。目測二メートル半の下へと落ちた板が、粉々に砕け散った。


 天井裏から飛び降りた。降りるには高すぎた。右足に痛みが走った。

 上からのぞいた通り、ガラスブロックの壁があり、その向こうに、太陽の光が見えた。


 僕は足を引き摺りながら、出口を探した。そこはエントランスホールだった。外に面した大きなガラス扉があった。

 盾を二、三度ぶけつると、ガラス扉には僕が通り抜けられるくらいの大穴が開いた。


 屋敷の外は暴力的なまでの自然でみちあふていた。みだりに枝を伸ばす樹木。腰の高さまで伸びた草。

 エントランスの外には道があった。そのアスファルトは荒廃していて、雑草に侵食されている。


 アスファルトのえぐれたところに泥がたまっていて、そこにはタイヤのあとが残っていた。

 また、道にはタバコの吸い殻が落ちていた。

 吸い殻はまだ新しい。

 吸い口に、ピンク色の口紅のあとがついていた。


 誰がここにきていたのだ。

 それもほんのすぐ前に。

 あの女なのではないかと言う気がした。

 

 それにしても、あの女は何者なのだろう?

 この悪魔の家と何かのつながりがあるのか?

 この家の血族のものか?

 今となっては知りようもない。


 ミシ……。

 どこかから地鳴りが響いてきた。

 何か恐ろしいものがまだこの屋敷にはひそんでいる。

 こうしてはいられない。

 ここにとどまってはいられない。

 荒れ果てた道を、僕は走り出した。 



END


・スタート地点にもどる

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085373197789

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