Pazuzu

・前の画面に戻る

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085394269592

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 茶色のドアを抜けた先は、ほかの部屋とおもむきが違った。

 扉から向かって左・右・正面の壁には作りつけの本棚があり、隙間なく蔵書で埋まっていた。また、部屋の中央にもいくつか本棚があった。

 床はむきだしではなく、翡翠ひすい色の絨毯じゅうたんがしかれていた。もっとも翡翠色も色褪せていて、積年のほこりでところどころ黒ずんではいたが。


 ここは書斎のように思われた。

 本棚の裏……天井。

 またさっきのような悪魔に出くわさないか慎重に進みながら、そこに何者も存在しないことを確認した。

 

 この部屋は特別な感じがするが、それでもただの行き止まりでああった。

 これまで通り抜けられるすべての扉を抜けてきたのだから、逃げ場なしの状況に追い込まれたことになる。


 ――どうしたらいい?

 ワンチャン、前のところに戻って、閉ざされたドアに、この盾を使って体当たりし続ければ、もしかしたらこじ開けられるのかもしれない。

 ……その可能性は、極めて少ないのだが。


 僕は床に腰をおろした。

 かなり疲れていた。

 水もほしいし、腹も空いてきた。

 緊張を強いられここまで歩いてきたのだ。

 とりあえず休息しよう。


 向こうのドアを破るのはその後だ。


 ここにもシャンデリアが垂れ下がっている。

 もしかしたら、部屋の中央の本棚に足をかけて登れば、天井に体が届くかもしれない。

 盾の角で打ち続けていたら、天井の板を破壊して、天井裏に出ることができるのではないだろうか。

 シャンデリアの電線を敷く都合上そういったものはあってしかるべきだ。

 天井裏に出られれば、そこから外に出られるかも知れない。

 希望が見えてきた。


 ふと、書棚の一角に目がとまった。

 そこには、時代がかった怪しげな書籍がそろっていた。


 ヘレナ・ブラヴアツキ『シークレット・ドクトリン』

 アレイスター・クロウリー『法の書』

 ネーサン・ヒドゥイヤ『サザン・エト・サン』

 屍食教典儀ししょくきょうてんぎ

 死霊秘法しりょうひほう


 それらの間にはさまるようにして、背表紙になにも書かれていない一冊の本が置かれてあった。

 説明のつかない好奇心にかられた僕は、その本を手に取った。厚い皮の装丁がされてみり、日記と思われた。

 鍵がついていたのが、経年の劣化でところどころ欠けるぐらいにさびついて、金属の光沢があったであろう表面は茶色と化していた。

 ちょっと力を加えただけで、ページを開くことができた。

 最初のページにはこうあった。


 天野川鶴子日記


 明治時代の上流階級人の日記だった。社交界での人間づきあい(そのなかには歴史上の偉人の名前もあった)、家族に起こったできごと(例えば娘の結婚とか孫の誕生とか)、それから他人への不満、老いることへの恐怖……。


 天野川鶴子……。

 もしかしたら、さっき見た肖像画の人物だろうか?


 日記は人間的と思われる内容であった。途中までは。


「なんだよこれ……」

 僕は思わずつぶやいた。


 旅の行商人より買いし書物に、老化を止める秘法やあり。

 かの行商人、身なりこそ怪しかれど、その物腰たるや貴族のごとし。すすめられしままに書物を購入する。

 若き人間の血飲み込むは、命を永らえさせる効能があると、その書『死霊秘法』はうたう。


 女中のひとりが死せり。

 肺結核なり。

 身寄りないものの遺体なれば、墓より掘り出すことやすし。

 下人に命じて、女中のからだ、斯様かようのごとく処せるなり。


『死霊秘法』による、若返りの術、すべて事実なりけり。

 しかれども、血を得ることおこたれば、再び老いの襲いける怖れあり。


 しかして、我、外様からきたるもの、または、旅人にて血肉を調達せり――。


 ……気持ちが悪いにもほどがある。

 つまりは、この天野川鶴子なる婦人は、身寄りのない人や旅人を襲って、その血を飲んでいたとういうことだ。

 さらに書物を読み進めると、悪魔を召喚したとある。天野川鶴子は悪魔を使役し、その報酬として、自らの残した血肉を与えてきたのだと。


『この著者は気が狂っている』。そういいたいところだが、その悪魔なるものが実際にいたのを僕はみてきた。

 おそらく事実なのだ。ここに書かれているすべてのことが。

 全身が寒くなってきた。


 ここで時間をつぶしている場合ではない。

 盾の取っ手を握り、僕は天井に体を届かせるべく、部屋の中央の本棚のひとつに足をかけた。

 

 もしかしたら、その本棚の段を踏むことがスイッチになっていたのかもしれない。

 ギギィ。

 音がなった。

 僕の入ってきた西側のドアから、向かって正面の壁に作りつけられた本棚が、左右に観音開きに開いた。仕掛け扉だ。

 本棚が立ち退いた場所に、入口があるのが見えた。

 入口といっても、天井がせまく、って入っていかなくてはいけないような代物だった。

 どちらにせよ、このようして僕にもうひとつの道が示された。



 ・天井裏に抜けようと試みる

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085414790088


 ・隠し通路を抜けてみる

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085395336463

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