Baal

 赤い扉に手をかける。扉のてっぺんから下の方まで目の覚めるような赤色だった。

 赤は警告の色だ。

 なにか危険がひそんでいるのだろうか?

 真鍮しんちゅうの取っ手を握るのがためらわれた。

 それでも僕は勇気をふりしぼり、扉を開けた。


 ぎいい。

 音を鳴らして、少しずつドアを開いた。

 またしても同じ作りの正方形の部屋に出た。

 部屋の入ると、突き当り――南側にドアがあるのが見えた。

 このまままっすぐ突っ切れということか。


 最初の一歩を踏み出したとき、猿のような鳴き声が右の方から聞こえてきた。

 視線を向けようとしたとき、強い衝撃を感じた。

 なにかをぶつかられた。

 とっさに身を守る行動を取っていたので、盾によって塞がれたのだ。

 足元を見ると、鋭いものが床に落ちていた。

 それは、矢のように見えた。


 ぎぎぎぎぎ……。

 猿のような鳴き声がふたたび聞こえてきた。

 僕の視線がとらえた。その生き物の正体を。そいつは子どものような背丈だった。赤子のようなしわくちゃな顔、豚の鼻、上半身は裸で、下半身は茶色く汚らしい被毛におおわれていた。まるで中世の戯画ぎがにあらわれる悪魔の姿そのものだった。

 手に持っているのは弓。

 いまや二発目の矢がつがえられているところだった。


「AZDLKNKEOMOLE」

 意味のわからない音声が、悪魔の口からこぼれる。声は甲高く、まるでバイオリンの最も高い音をならしたかのようだった。

 悪魔が弓を引きしぼる。罵倒の声をひびかせ、高らかに笑い声を上げる。

 

 殺される。

 真に恐ろしいできごとにあったら身がすくみ、なすすべなく死んでいくタイプだと、自分を認識していた。

 我知らず、僕は立ち向かった。

 はたして「立ち向かった」という言葉が適切だったかは分からない。

 僕は怯えきっていた。

 そんな僕は、回避的な行動よりも、攻撃的な行動を取った。

 盾を構え、悪魔に突撃していったのだ。


「MZOLABCLOEIIILOO」

 ドシン。

 僕の盾と壁とに挟まれた悪魔が、叫び声をあげた。苦しげな悲鳴だった。

 それを聞くと、僕は心の底に悦びがわき上がってくるのを感じた。もっと苦しめたい。もっとさいなませてやりたい。


「ああああああ!」

 ありったけの力を盾にこめた。

 逃れようと悪魔はじたばたするが、力比べはどうやら僕のほうが上手だったようだ。

 いつしか悪魔は動かなくなった。


 僕の身体は汗でじっとりと濡れていた。

 盾から力をゆるめると、動かなくなった悪魔の体が、フローリングの床に倒れた。白目をむき、苦しげに口を歪めていた。おそらく圧迫死したと思われる。

 必死の行動が報われた結果だが、僕は特に達成感を覚えなかった。


 なんだよあれは……。

 恐怖が全身を駆け抜けた。

 この屋敷は……どうなっているんだ?


 とにかく先に進むにはここから南側のドアを開けるしかない。

 盾の取っ手を僕は握りしめた。 



・南のドアを開ける

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085394269592

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