第3話 シェフを呼んでくれ

「シェフを呼んでくれ」


「お、お客様…ここは寿司屋なのですが……」


今朝、お風呂場で顔を洗っているとマグロが打ちあがっていた。

当然るん太郎にはさばくことなんてとてもできず、さぁどうしたものかと悩みにふけていると、学校に遅刻したのだ。


その結果何かが吹っ切れ、朝から寿司屋に行こうと、そういうことなのだ。


「シェフを、呼んでくれ」


「か、かこしこまりました…」


従業員が厨房に戻っていく。


「どうもかくかくしかじかであのお客様が」


「呼んでくれっても、ここ回転寿司だからなぁ。誰が握ったかなんて…なぁ?」


寿司職人シェフたちが頭を悩ませる。


「え、どうする、俺たち全員で行くか?」


「そうだな、そうしよう」


ぞろぞろと10人ほどのシェフが出てきて、るん太郎のいるテーブルの前に並ぶ。

そのうち一人が代表してしゃべりだした。


「いかがなさいましたか」


「いやね、あまりに美味かったもんだから礼をと」


良い方の「シェフを呼んでくれ」だった。

だが依然として誰が対象なのかわからない。


「はぁ、何をお召し上がりに?」


「あぁ、このお茶なんだが」


るん太郎は飲みかけの湯飲みを指差しながら言う。


「…でしたらシェフはあなたです」


「!!!!シェフ、鏡を持ってきてくれ」


「?あぁはい」


1人のシェフが厨房に戻り、鏡をもってきた。


「どうぞ」


「ありがとう」


るん太郎は鏡に映る自分に話し始めた。


「このお茶をつくったのは君かい」


「はい、このお茶は私がつくりました」


「なんと、実にうまい茶だった。ぜひ礼をと思ってね」


「恐縮です。こちらのお茶は茶葉に湯を注ぐことでつくられており…」




「なぁ俺たちってもう戻っていいのかな」


シェフたちは顔を見合わせる。


「いいんじゃないのか、シェフもいたことだし」


「じゃあ戻ろう」


ぞろぞろと寿司職人たちが厨房に帰っていく。



「それで湯飲みから湯をこぼさないように注ぐのがポイントでして、いえどこの湯を使っているかは企業秘密なのですが……」



平日の午前中、客は店内にるん太郎一人しかいない。

そこにトュルルルルと着信音が鳴り響く。


「るん太郎、あなた今どこにいるの?学校にまだ来てないって連絡があったのだけど…」


「わっちは今寿司屋にいるよ。そこに父さんはいるかい?」


るん太郎の母は旦那に電話を渡す。


「お父さん、るん太郎からです」


「はいお父さんです」


「いやね、この店に腕の立つシェフがいてね。そいつの淹れる茶の美味いのなんのって」


「そいつはいいなぁ、どこのみ s 」


母が旦那から電話を取り上げる。


「るん太郎、そんなとこで油売ってないで早く学校に行きなさい」


「承知」


電話の奥で父の声も聞こえてくる。


「『遅刻はいかんなぁ。全く誰に似たんだk 』

 『あなたもなんでまだ家にいるんですか?』  

 『あ』 」


ツーツーツーツー


「仕方ない、学校に行くとするか」


茶を全部すすり、るん太郎は財布を取り出す。


「へい大将、会計を頼むよ」


「おい聞いたか、大将だってよ。ここ回転寿司なんだがなぁ。で誰にする?」

タイショウッタラオレダロウヨ 

イイヤオレダッテ! 

タイショウカァナッテミテェナァ…


また厨房の方が騒がしくなる。


「おっしゃ、じゃあここら江戸っ子らしくじゃんけんで」


ジャーンケーン



「へいお待ち。えぇと皿は無しでお茶だけ、と。0円になりやす」


「じゃあこれを」


「ありがとうございます。お客様お帰りです!」


アリガトウゴザイマシタ~!



「うまいものを食って登校するってのは学業の基本だね。今日もいい朝になりそうだ」


晴れやかな気持ちでるん太郎は登校を始めた。

近づいてきた校舎からは今日もチャイムと元気な声が聞こえてくる。



キーンコーンカーンコーン


ヤッタァオヒルゴハンダァァ

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