第7話
そして半年が経った。
例えば、その間僕は彼女と話していないので、彼女と話せることは無い。
なので、申し訳ない限りだが、少しだけ僕の話をせざる負えない。
半年のあいだ、僕はあの日から続くふわふわとした自分の存在を、頭の上についていた キーホルダーが外れた人形のように、ぶら下がることもできず、存在意義すらわからず、とりあえず漫然と生活を送っているだけだった。
なにせ人生の半分以上を誰かの所有物として過ごしてきた人間なので、例えは悪いが、奴隷が急に足かせをとられて解放され、なにかバランスがとれないのと同時に、新たな職探しに奔走しなければいけないという、なにか人間の根源的な帰属性質を感じるような感覚――まあ、はたまたそれも含めての僕の奴隷根性なのか、ともかく落ち着かない日々だった。
一方の彼女と言えば、遠くで見ているだけだが、彼女はあれから常に楽しそうで、なにか以前より他の女子と話している時間が多くなっているし、笑顔も溢れている。
「二人は別れたの?」
と勘のいい男と間の悪い女に訊かれもしたが、適当な回答が浮かばなかったので、
「まあ、天気がいいよね、今日は」
と自慢の天気の話に持っていくテクニックを何度か見せた。
まあ、もともとアレをやって、壊れるなら彼女ではなく僕だと思っていた。予想の範囲内である。そして、彼女の蔵が燃えてしまえば、僕の他の彼女の所有物ともに僕も燃え尽きるのは当然に思えた。しかし、それでも日々は続くもので、日常が僕にも返ってきて、あの蔵で過ごしていた期間が嘘のように、僕の生活からも徐々に消え始めているのを感じていた。
そして半年経って、それは僕の誕生日だった。
○
誕生日プレゼント、というのを彼女は僕にくれたことはない。
当たり前だが、彼女がお金を出して人にものを買う、ということがまずないし、買った時点で彼女のものになってしまうことも考えると、それをくれるということについては、絶対に起こりえない事象であった。だから物理的にも論理的にも、絶対にもらうことはできないのが誕生日プレゼントというものである——いや、今思えば絶対にそんなことないはずなのだが。
その日、何か起こるかも、などという予感もなかった。
僕の誕生日。
彼女はその日の朝、
「おはよう、おはよう」
家の下から、僕に話しかけた。
「……おはよう」
僕が夢であることを半分以上確信しつつもそう返すと、
「学校終わったら、私の家に来なさい」
彼女はそう言った。
「……」
僕は学校の終わり、彼女の家に行く。
そして、
「約束しなさい」
それは、初っ端からそうだったのだ。
「私以外の女には見向きしない、自分から話しかけたりもしない、私にあれこれしてほしいと言わない、基本的には今までと変わらない、お互いちゃんと思っていることを話す、きちんとした形をごまかさずに作る、ちゃんと結婚のことを考えてこれから――」
正直、意外だった。これほど直接的に、彼女がこんなことを言うとは、全く予想していなかった。
先々まで考え尽くしているのが彼女らしいな、と思う。もしかしたら婚姻届を出す日も決めているのかもしれない。
もしかしたら、この半年間も僕が別段誰かと付き合う様子もなく、何か居心地悪そうに過ごしているのを見てから、決断したのかもしれない。
それを一息に言った後、普通に彼女は僕を自宅に招き入れ、料理を作ってくれた。
誕生日ということで、ご馳走を。
「おいしい」
「そりゃそうよ」
半年ぶりにきた彼女の家には、まだあまりものはない。土台、この家は一人暮らしには大きすぎる。それでも新しく買った冷蔵庫もあるし、少しずつ彼女の家は彼女のもので埋められてきているのが見て取れる。
恐らく、彼女のその生来の癖は変わることは無いだろう。彼女が物を集め、そしてそれを捨てることを躊躇する。これからも何度でも過去に引き戻されるだろうし、あの蔵のことを忘れることもないのだろう。しかし、全てが終わればまた始まるしかない、彼女の言う通り、そういうことになるのだろう。
結局、そうなるしかないのだ。僕らはこれからどこにでもいるようなカップルになり、おそらく結婚をして、僕は多少尻に敷かれながらも、うまくやって人生を終える。僕はこれ以上ないほどに彼女を愛し、彼女も僕を死ぬまで愛すのだろう。それはとても幸せなことだ。これ以上はない。
でも僕はたぶん、いつでも思い出すのだ。自分勝手に思い起こすのだ。あの日々を。さくらと僕だけしかいなかった、あの世界を。
開
閉蔵(さくら) Task111 @Task111
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