後始末の為の根回しと浮かび上がった疑問


 ブリーフィングを終えて家路に着いた塚地は自室で制服を脱いで裸になると、下着類と制服のワイシャツを母親の衣類の詰まった洗濯機に放り込み、液体洗剤と柔軟剤を入れてから洗濯。それから、シャワーを10分ほど浴びて汗を洗い流し、バスタオルで全身の雫を拭い落としていく。

 そうして、身を清めれば全裸のまま自室へと向かった。

 自室で下着を着た所で仕事用のスマートフォンを手に取り、仕事に関する部下達からの報告に目を通し始める。

 部下からの報告は通常業務に関する報告が主で、特別なトラブルは無かった。その中には好き放題ヤラかしたバカの始末殺害と死体処理完了の報告も含まれていた。

 そんな通常業務の報告を全て確認し終えると、現在進行させている東征会絡みの案件に関する報告に目を通し始める。


 (清掃チームの準備は完了。道具の支度も完了。後は時逆さんの方だけど……未だ返答は無し)


 涼介と綾子を用いるメインの支度は完了した。

 だが、同時進行で東征会を掌握する為のウェットワーク汚れ仕事を殺らせる予定の専門家……時逆 千雨からの依頼を承諾する返答は未だ来ていない。


 「参ったな。同時進行で狗の政敵を片付けたかったんだけど……予定見直すべきか?」


 東征会と言う巨大な組織を簒奪する為に潜入させている狗の政敵とも言える幹部陣をパージ……即ち、暗殺する必要があった。

 死に損ないの会長を殺すだけでは、跡目争いと言う内紛が発生する。

 ソレを回避する為にも、邪魔な存在とも言える政敵とも言える幹部陣は絶対に地獄に落ちて貰いたかった。

 そんな壮大な計画の要を時逆 千雨に担って貰いたい塚地は予定を見直すべきか? そう考え始めると、手にしていたスマートフォンが鳴り響く。

 電話して来たのは白羽の矢を立てた相手とも言える時逆 千雨であった。


 「どしたん?」


 塚地が電話に出て用件を尋ねると、千雨は問う。


 「ビンゴブック標的リスト見たけど……正気かい?」


 その問いに塚地は陽気に答える。


 「至って正気さ」


 「そうは思えないけど? ヤベェの2人綾子と涼介も投入しようとしてるし……」


 「でも、俺が本気なのは解るだろ?」


 「まぁ、良い……殺るにしても金額が釣り合わない」


 報酬の上乗せ要求に対し、塚地は怒る事も無ければ、苛立つ事も無く当たり前の様に返答した。


 「君ならそう言うと思った。幾ら欲しい?」


 「最低でも5M米ドルで500万


 要求金額に対し、塚地は平然と告げる。


 「6M出す」


 千雨の要求金額に100万ドルを上乗せした金額を提示すれば、千雨は承諾せざる得なくなった。


 「仕方無い。面倒だけど引き受けるよ」


 「ソレは良かった。あ、最初の3人は此方のリクエスト通りの順番にしてくれ……間違っても他の連中から殺るのは無しだ」


 千雨への殺害依頼にはリクエストがあった。

 塚地のリクエストは最初の3人は指定した標的から殺すと言うモノであった。

 そんなリクエストを千雨は承諾すると共に尋ねる。


 「良いよ。因みに、その3人の中なら順不同でも良いの? 後、目立っても良いとかは?」


 目立っても良いのか? ソレは銃や刃物等を用いた自然死に見せかけなくても良いのか? と、言う問いであった。

 そんな千雨からの確認に対し、塚地は肯定する。


 「順不同で良いし、目立っても構わない。出来れば、目立たずに仕事してくれる方が助かるけどね……勿論、3人以降も同様に目立っても良いし、順不同で構わない」


 「了解。なら、仕事に取り掛かるよ」


 「遣り方は全て一任する。良い狩りを」


 其処で電話を切れば、塚地はほくそ笑む。


 「何年も掛けた計画がコレで漸く始められる」


 ほくそ笑んだ塚地は計画を進めた事で生じるデメリットとも呼んでも過言ではない問題に対し、改めて思考を巡らせる。


 (一番の問題はクソジジイだ。奴はラングレーCIAと中国共産党と繋がりがある。中国共産党の方は何とかなる。中国は麻薬を絡みに対して絶対に容赦は一切しない。其処を突けば良い。だが、問題はラングレーだ)


 中国政府は過去の経験からなのか? 麻薬絡みの犯罪に容赦が無い。

 麻薬絡みの密輸の情報を獲れば、密輸先が日本だろうが立場を抜きにして日本に情報を提供し、取り締まらせる程だ。

 そんな中国政府の高官が麻薬ビジネスに関与している事が解れば、その不届き者の高官を容赦無く死刑にしてくれる。

 しかし、問題はラングレー……CIAであった。


 (連中は冷戦期から麻薬ビジネスで活動資金を獲てる。オマケに昨今は予算を削られてるラングレーにすれば、台所事情を鑑みればクソジジイを消したら蜂の巣を蹴飛ばしたような騒ぎになるのは確実な訳だ)


 諜報活動に限らず、現代に於いてあらゆ る組織の活動に資金……カネが欠かせない。

 特に大きな組織ならば尚更、維持費も含めてカネは幾ら有っても足りない。

 そんな事情を知るからこそ、クソジジイに関しては些か面倒であった。


 「カネで解決出来るならしたい。だけど、 連中の諜報活動にも影響が出る可能性高いから難しいのも事実……マジで面倒臭ぇな」


 ただ、奪えば良い訳じゃない。

 時には、奪った後の影響を考慮して被害が出ない様に頭を巡らせる必要も有るのが現実。

 ソレ故に塚地は頭を悩ませる。

 一頻り悩ませた所で塚地は1つの案が思い付いた。


 「上手く行けば面倒が片付くかもしれないけど、あの人に借りは作りたくねぇなぁ……」


 だが、背に腹は代えられない。故に塚地は決断すると、ジーンズにボタンダウンのシャツを着ると、仕事用のスマートフォンでクルマを指定した場所に回すように命じ、財布を持って出掛ける事にした。

 徒歩で与野本町駅まで来た塚地は新宿までの切符を買い、改札を通り、やって来た新木場行きの快速電車に乗り込む。

 そうして、30分後に新宿駅に着けば、塚地は新宿駅を後にして待機していたプリウスの後部に乗り込み、運転手に行き先を告げた。


 「BAR酒場に」


 行き先を告げれば、運転手は静かにプリウスを走らせる。

 30分後。新宿某所にあるとあるビルの前にプリウスが停まると、塚地は運転手に告げる。


 「30分ほど時間を潰したら、戻って来い」


 その言葉と共にプリウスから降りた塚地はビルの中へと消えた。

 そんな塚地の後ろ姿を見届けた運転手は静かにプリウスを走らせて去った。

 ビルの中を進み、エレベーターに乗って最上階に向かった塚地はエレベーターから降りると、非常階段の方へと歩みを進める。

 非常階段を登り、屋上に出ると其処には一軒の小さなペントハウスがあった。

 塚地は『BAR Wolf's Nest』 と、言う看板が掲げられたペントハウスに赴き、扉に手を掛けて中に入る。

 ペントハウスの中は狭くも綺麗に清掃されており、幾つもの椅子が並べられたカウンターの向こうにはバーテンダーであろう独りの老人がグラスを静かに磨く姿があった。

 老バーテンダーは塚地の姿を一瞥すると何も言わずにグラス磨きを続ける。

 塚地が席に着くと、老バーテンダーは口を開いた。


 「厄介事なら他所を当たるんじゃな」


 取り付く島もない言葉に塚地は気にせず、要件を告げる。


 「ブルーに取り次いで欲しい」


 ブルー……そのキーワードを聴いた老バーテンダーの手が止まる。

 だが、塚地は気にせずに続ける。


 「彼に伝えてくれ……貴方の友人達の悩みの種を解決する為に手を貸して欲しい。と」


 塚地がそう言うと、バーテンダーは老グラスとタオルをその場に置き、塚地の前に灰皿と冷蔵庫から出したコカ・コーラのボトルと氷の入ったグラスを置いてから奥に消えた。

 独り残された塚地はコカ・コーラのボトルを手に取って栓を開けると、グラスに注いで一口飲む。それから、胸ポケットに入れていたシガレットケースと使い捨てライターを取り出し、シガレットケースから金の吸い口がある黒い煙草を1本抜き取って咥える。

 そして、火を点して紫煙を吐き出した。


 「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……」


 煙草を燻らせ、コカ・コーラを飲んでいると程無くして老バーテンダーが戻って来た。

 老バーテンダーが塚地の前に1台の古めかしい携帯電話を差し出すようにして置くと、携帯電話が無機質な電子音と共に鳴り響く。

 塚地は携帯電話を取ると、件の相手……ブルーから語り掛けられる。


 「君が私に御願い事をするとは珍しい」


 そんな言葉に答える事無く塚地は告げる。


 「頭痛の種は東南アジアの老人が水源地である可能性が高い」


 「ほう……流石は才能溢れる有能な若者だ。昨日の電話から少しもしない内に私の頭痛の種の原因を特定してくれるとは」


 昨晩、電話して来た相手でもある海外の大物……ブルーが感心すると、塚地は要求する。


 「クソジジイは此方で始末する。だが、始末した際に大きな面倒が生じる。私がお願いしたいのは面倒を取り除いて戴きたい」


 「ふむ……対価は?」


 「貴方は、あのクソジジイに手を焼いてる。そんなクソジジイを貴方に代わって地獄に叩き込む……ソレだけでは不足ですか?」


 「魅力的な提案だ。だが、流石の私でも厄介な話だ」


 「何が欲しいんです?」


 要求を問えば、ブルーは告げる。


 「君が私の手下になる……と、言うのはどうかな?」


 「つまり、日本に於ける経済活動に手を貸せと?」


 「そう捉えてくれても構わない。だが、一番欲しいのは……君の持つ日本に於ける情報と密輸ネットワークだ」


 要求に対し、塚地は答える。


 「俺が猿山のボス猿を続けられるなら貸す……と、言う形なら、喜んで提供しましょう。しかし、私が整えた生態を台無しにするなら話は無しです」


 塚地の答えにブルーは興味無さげに返した。


 「君のシマやビジネスは要らない。日本という莫大な大金を稼げる環境は魅力的であるがね……」


 「ビジネスパートナーと言う形の対等の関係を結んでくれるなら、俺は貴方の手下になりますよ」


 「君がビジネスパートナーになってくれるなら私は君を歓迎しよう」


 「ありがとう御座います」


 取り引きは成立した。

 コレで計画完了後の面倒が取り除かれた。

 だが、それでも釘は刺す。


 「貴方が取り引きを御破算にしたら、私は全てを投げ打って貴方を殺す」


 「その様な事になったら、何時でも来たまえ……ドアの鍵は開けておこう」


 無礼極まりない殺意に満ちた塚地の言葉にブルーは喜びと共に歓迎すれば「では、健闘を祈る」 と、言い残して電話を切った。

 塚地は携帯電話を老バーテンダーに返すと、財布を取り出して中から1万円札を1枚取って注文する。


 「バレンタインの30年を」


 注文と共に1万円札を差し出せば、老バーテンダーは無言のまま後ろの棚に置かれたバレンタイン30年のボトルを取り、ショットグラスに注いで塚地に差し出した。

 目の前に差し出されたバランタイン30年が注がれたショットグラスを手に取った塚地は一気に咽る事無く飲み干し、大きく息を吐く。


 「ふぅぅぅ……」


 そんな塚地の姿に老バーテンダーは懐かしさと共に言葉を漏らす。


 「お前さんを見てると、お前の親父さんを思い出すわい」


 「そうですか」


 老バーテンダーの言葉に塚地は興味無さげに返すと、おかわりを求める。

 ショットグラスに2杯目が注がれると、塚地はショットグラスを手に取って言う。


 「クソ親父に」


 今は地獄で鬼達に呵責されているだろう父親に献杯すると共にショットグラスを呷った塚地は静かに煙草を燻らせる。

 そんな塚地に老バーテンダーは問い掛ける。


 「東南アジアのクソジジイを標的にするとは……父親の敵討ちの為か?」


 その問いに対し、塚地は煙草を燻らせて紫煙を吐き出すと素っ気なく答えた。


 「すぅぅ……ふぅぅ……客が語らない限り、客の中に立ち入らないのが良いバーテンダーの条件でしょう?」


 答える気は無い。と、遠回しに返せば、老バーテンダーは謝罪する。


 「すまなかった」


 「……どっちにしろ、貴方にも協力を依頼するつもりでしたし、良いですよ」


 老バーテンダーは小さな酒場のオヤジ。

 だが、ソレは表向きの事。裏の顔は様々な情報を商品として提供する情報屋である。

 まぁ、時には銃器も売っていたり、殺し屋を斡旋したりもしているが……


 「儂にも協力を求めるとはの……何が欲しいんじゃ?」


 「クソジジイとクソジジイが仕えてる人物。それと、東征会の厄ネタな女親分のねぐらの具体的な位置を」


 塚地の要求に老バーテンダーは答える。


 「クソジジイとクソジジイの主に関しては時間が掛かる。じゃが、女親分のねぐらは掌握してる知ってる


 「なら、先ずはねぐらを」


 その要求と共に老バーテンダーはメモ帳とボールペンを取り出すと、メモ帳に何かを書き記し始めた。

 程無くして書き終えると、メモ帳に書き記したページを破いて塚地に差し出し、補足する。


 「奴等は其処の住所にある雑居ビルを拠点にしておる。基本的には仕事が無い限りは集まらん……じゃが、東征会本家から命令が下れば、女親分は5人の手下を其処に招集する」


 「その5人以外に構成員は?」


 「おらん居ない。連中は少数精鋭って言う奴で、東征会から見れば厄介な面倒が発生した際に投入する謂わば、特殊部隊みたいなものじゃ」


 「なるほど」


 東征会に潜ませたスパイにも探らせていたが、女親分と女親分が率いる者達に関する具体的な情報は得られなかった。

 そんな情報をアッサリと簡単に提供する老バーテンダーに塚地は感心する。


 「流石は裏社会の生き字引ですね。俺が知りたい情報をこんな簡単に提供してくれる」


 「褒めても何も出んぞ。じゃが、気を付けろ……連中は容赦無い。お前さんも知ってるじゃろうが、東征会のシマを荒らしたクソガキ連中半グレを攫って生きたまま豚に喰わせた事も有るばかりか、東征会を内偵調査していた


 老バーテンダーの警告も含まれた女親分と手下達がヤラかした事は塚地の耳にも入っていた。

 勿論、後者の本庁の刑事を家族……5つにも満たぬ小さく幼い2人の娘と妻ごと刑事を皆殺しにして、死体を跡形も無く消した事も塚地は既に知っている。

 そんな塚地に老バーテンダーは続ける。


 「連中……女親分も含めて奴等は得体のしれぬ謎の力を使う」


 老バーテンダーから女親分と手下達が謎の力を使って来る事を聞けば、塚地は別の事を尋ねた。


 「骨董屋のババアとクソジジイとクソジジイの主の繋がりって解りますか?」


 その問いに老バーテンダーは敢えて塚地に質問で返す。


 「何でアイツ麻倉が出て来るんじゃ?」


 「良いから、知ってたら教えて下さい」


 理由を告げない塚地に老バーテンダーは不満を覚えながらも、裏社会の商売人の流儀として聴くのを辞めて正直に答えた。


 「流石に儂も知らん。クソジジイとアイツに繋がりが有る事すら初めて知ったぞい」


 老バーテンダーの答えに塚地は疑問を覚える。


 (この人老バーテンダーすら何かしらの繋がりが有った事すら知らない? じゃあ、何の為に麻倉は俺に連中を始末させようとしている? 自分の手駒を使わない理由も解らない。麻倉と連中の繋がりと連中を殺したい理由は何だ?)


 依頼された時、麻倉は理由を告げなかった。

 だが、何かしらの繋がりが無ければ、誰かを殺そうと言う気にはならないのが人間。例え、得体の知れぬ魔女であってもコレは変わらない。

 しかし、疑問は他にも有った。


 (クソ親父父親を殺したクソ野郎は、この件とどう繋がる?)


 麻倉が依頼して来た時に出た塚地の父親を殺し、塚地が裏社会に生きる理由になった憎き存在がどう繋がるのか? 幾ら考えても答えは出なかった。

 しかし、答えのヒントになりそうな事を思い出す事が出来た。


 (あの時、麻倉は俺に確保して欲しいブツが存在すると言った。だが、奴から渡された資料にはブツに関する記録は無かった……そうなると、麻倉が欲するブツが全ての発端とも言える鍵と見るべきか?)


 そう仮定した塚地は灰皿に手を伸ばして煙草を吸おうとする。

 だが、煙草はフィルターの根元まで燃え尽きていた。

 塚地は再びシガレットケースを取り出すと、中から煙草を1本引き抜いて咥えて火を点して紫煙を吐き出す。


 「すぅぅ……ふぅぅ……やっぱ、直接聞きに行くしかないのか?」


 紫煙と共にそうボヤいた塚地は仕事用のスマートフォンで運転手に迎えに行く様に命じると、煙草を静かに燻らせて迎えが来るまでノンビリと待つのであった。



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